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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

143.自分のことは相変わらず棚上げしています

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 相変わらず暑さは厳しいが日が短くなってきたように感じられる頃、紅児の月一の休みがきた。今回も紅夏からの申請があり、頤和園に行くことにしたらしい。頤和園を貸切とか本当に贅沢だなと香子は思う。

(そのうち私も行きたいな)

 香子が向かうとなると行列ができるに違いない。さすがにこの暑い最中にそんなわがままを言うわけにはいかなかった。
 前回紅児は頤和園から戻ってくると、積極的にこの国のことを学び始めた。紅夏から、『紅児は字が読めるようになりたいそうです』と言われ香子は喜んだ。紅児は客人なのでそれをもてなすという意味でいろいろ手配しやすい。主官である趙文英を多少走らせてしまったが、紅児に老師を頼むことができた。老師には四日に一度来てもらうことになり、勉強は主に四神宮の食堂でさせることにした。紅児はひどく恐縮したが、

『この国を知ろうとしてくれるのが嬉しいのよ』

 香子は手をひらひら振って取り合わなかった。書というほどではないが、紅児も老師に習い、字を練習し始めたらしい。たまに聞くと、

『漢字、とても面白いです』

 という答えが返ってくる。それは社交辞令ではなく本気でそう思っているようで、香子はつい顔をほころばせてしまうのだった。
 今回の頤和園行きは、前回周り切れなかったところを回るらしい。香子は元の世界にいた時二、三度行ったことがあるが、部分部分しか見ることができなかった。

(秋になったら老佛爷におねだりしようかな)

 そうすれば少し贅沢への罪悪感が減るだろうという姑息な考えである。
 紅児と紅夏は朝食をとってすぐに出かけたらしい。

『景山にはまだ行けないのかなぁ』

 低い人工的な山ではあるが、何より王城を出てすぐのところにあるというのがいい。

『景山とは王城の北にある山で間違いありませんか?』

 部屋でぼやいていたら延夕玲が反応した。

『ええ、綺麗なところよ』

 今は緑でいっぱいなのだろうかと香子は想像する。あそこならそれほど暑さも気にせず登れるのではないかと思ったのだ。

『確認して参ります』

 夕玲は香子の部屋を出、黒月と二言三言交わした後どこかへ行ってしまった。きっと白雲へ言付けをしに向かったのだろう。少し悪いことをしたなと香子は思った。
 趙からの返答はその日の内に届いた。曰く、もう少し気候がよくなれば許可を出す。できれば秋の大祭が終ってからにしてほしいとのことだった。

『えー……』
(秋の大祭後って中秋節の後じゃん。あと一月以上も先じゃない)

 香子の不満そうな声に夕玲は咎めるような視線を向けた。どっちがえらい? のかわからないと香子は内心舌を出す。だが自然体でいいと香子を甘やかす四神や四神宮の面々と違い、律してくれる人がいるというのは貴重だった。

(これで恋バナができればなー)

 皇太后も少しは付き合ってくれるが、皇太后は白虎に嫁げと暗に言ってくる。純粋に恋バナができる相手がほしいと香子は切実に思うのだった。
 青龍の室でまったり過ごす。何かしなければと思うのだが、紅児が出かけているということがなんとも落ち着かない。
 香子が紅児の保護者だということもあり、嫁入り前だというのにほぼ毎晩紅夏と過ごしているというのも気になる。まだ最後の一線は越えていないと聞いて思わず、『意外と忍耐強いのね』と呟いてしまったが、違う、そうじゃないと香子は思うのだ。

香子シャンズ

 青龍の腕の中に優しく囚われる。青龍以外のことを考えていることはとっくにお見通しだ。それでも咎めるでもなくこうして包み込んでくれる腕が好きだなぁと香子は思う。

『いいかげん妬けるぞ』

 茶化すように言う青龍は優しい。紅児と紅夏の関係には物申したい気持ちはあるが今回はそれだけではなかった。

『……そういうんじゃないんです。ちょっと気になったことがあって』
『なにか』

 先を促され、香子は懸念を話すことにした。

『私の考えすぎならいいんですけど、もしかしたらエリーザは船に乗ることが怖いのかなと』
『何故そう思う』
『前回清漪園(頤和園)で、エリーザたちは石の船の上で昼食を取りました。石舫は見た通り船の形をしています。そこで昼食が用意されていると聞いた時、彼女は冷汗をかき倒れそうになったというのです』
『たまたま体調が悪かったという可能性は?』
『その可能性はあります。ただ、石舫が湖の縁に作られた物で動かないものだと聞いたら震えなどがおさまったというのです』
『ふむ』
『もしかしたら、帰国の途につくはずの船が難破したという経験が影響しているのではないかと思うんです』
『人というのは難しいものだな』
『けっこう複雑なんですよ?』

 香子はそう言って、青龍の胸にこてんと頭をもたせかけた。今考えてもしかたないことを話してしまったことへのお詫びのようなものである。
 そう、実際に紅児が帰ってくるまでそれは仮説に過ぎないのだ。

(たまたま体調が悪かっただけでありますように)

 香子はそう願い、青龍の首に腕を回した。



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「貴方色に染まる」60話辺りです
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
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