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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
144.想定しておくことが大事だと思うのです
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残念ながら香子の懸念は当たってしまったらしい。
そんなの思い違いであってほしかったのに、と香子は内心嘆息した。
紅夏から一日デート後の帰還の報告を朱雀と共に受ける。
『そう、やっぱりそうだったのね……』
紅児が船に乗れなかった時の様子を聞き、香子は呟いた。
『お言葉ですが、花嫁さまは前回の報告の際に気づいていらしたのではないのですか?』
珍しく紅夏からそんなことを言われた。
『それは……確かにそうかもしれないとは思っていたけど、そうでなければいいとも思っていたわ』
可能性という話は紅夏にとって些か奇異に映ったようだった。
『エリーザは帰国したがっているでしょう? なのに船に乗れなかったら帰れないじゃない。だから気のせいだったらいいと思ったのよ』
『気のせい、ですか』
『もちろん目の前でその状態を見たわけじゃないからなんともいえないわ。それは紅夏の方がよくわかっているのではなくて?』
『はい』
『明日、エリーザが直接話してくれるということでいいのね?』
『はい』
『わかった。下がれ』
『失礼します』
朱雀がもういいだろうと紅夏を追い出す。紅夏のおかげで最近は朱雀と過ごす時間も増えた。そうなってくると玄武とも一緒にいたいと香子は思ってしまう。朱雀の腕の中も安心できないことはないのだが、玄武の安定した包容力とはまた違うのだ。
『迎えがきたとしても船に乗れないかもしれないなんて……』
香子は筋肉質に見える朱雀の腕を下から抱えるようにして抱きしめる。紅児はまだ十四歳なのになんて数奇な運命なのだろうと香子は同情した。
『……我にはわからぬが、何故そのような反応をするのか』
『乗っていた船が難破した影響でしょうね。船に乗ったらひどい目に遭うのだと心と身体が反応してしまったのかと』
『……身を守る為か』
船自体がトラウマなのだろうと香子は思ったが、朱雀の科白に防衛本能という言葉を思い出した。
『そうですね。きっとそうなんですよね』
セレスト王国からの貿易船には直接ではないが加護を与えているので難破することはない。だが紅児はそんなことは知らないだろうし、例えそうなのだと伝えてもそう簡単に身体の反応はなくならないだろう。その防衛本能が強すぎる場合、無理に船に乗せようとすればかえって命が危険にさらされる可能性もある。
『朱雀さま、眷属の”つがい”が人であった場合、人でなくなるきっかけってなんでしたっけ?』
以前聞いたような気がしたが思い出せないので改めて聞く。
『性交すれば人ではなくなるだろう』
『そうなのですね』
ということは侍女頭である陳秀美はもう人ではないのだろう。白雲と生きる未来しかもう陳にはない。なんだかなぁと香子は思うが、陳もそれを忌避していないようなので忘れることにした。うまくいっているのならそれにこしたことはない。
今は紅児のことである。
(ってことは、やっぱり迎えが来たら紅夏と番わせるしかないわよね。人でなくなれば万が一船が難破したとしても死ぬことはないだろうし)
最悪の事態を想定しながらも、香子は紅夏が絶対に紅児を離さないだろうことはわかっていた。ある意味安心と言えば安心である。
これ以上紅児のことを考えていると朱雀の機嫌が悪くなるかもしれないと思い、香子はもう今日は考えないことにした。
翌日、紅児が黒月を通して『花嫁さまに話したいことがあります』と伝えてきた。
デリケートな話題故に香子の部屋で話すにしても人払いをしなければならないだろう。今日は白虎と過ごす。昼食が終ってから時間をとることにした。
紅児の面持ちを見て香子は人払いをした。こればかりは人に聞かせていいことではない。紅児にお茶を淹れされ口をつける。お茶の淹れ方も洗練されてきたなと香子は評価した。
思いつめたような紅児の表情に、香子は軽く口火を切った。それからは船に乗れないかもしれないことの確認をする。香子は紅児の症状を詳しく聞き取り、それによって起こる可能性を一つずつ丁寧に説明していった。
人というのは単純でもあり複雑でもある。きっかけによってその症状が好転することもあれば悪化することもある。
言いたくはなかったが、最後に「迎えが来ない可能性」についても話した。すでに紅児がセレスト王国を離れて四年近くが経っている。それだけの時間見つからなかったら探す方も諦めてしまう可能性は高いのだ。紅児は青ざめていたが、これはどうしても言わなければいけないことだった。
もう今日は休んでもいいと伝えたが、紅児は顔色が悪いまま下がろうとはしなかった。
本当に真面目な子なのだなと、香子はそんな紅児を不憫に思う。だがそんな紅児を慰められるのはきっと香子ではない。それを少しくやしく思いながらも、香子は紅児の望みが叶うよう祈った。
ーーーー
「貴方色に染まる」61、62話辺りです。紅児との会話の内容の詳細は62話で書いています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
そんなの思い違いであってほしかったのに、と香子は内心嘆息した。
紅夏から一日デート後の帰還の報告を朱雀と共に受ける。
『そう、やっぱりそうだったのね……』
紅児が船に乗れなかった時の様子を聞き、香子は呟いた。
『お言葉ですが、花嫁さまは前回の報告の際に気づいていらしたのではないのですか?』
珍しく紅夏からそんなことを言われた。
『それは……確かにそうかもしれないとは思っていたけど、そうでなければいいとも思っていたわ』
可能性という話は紅夏にとって些か奇異に映ったようだった。
『エリーザは帰国したがっているでしょう? なのに船に乗れなかったら帰れないじゃない。だから気のせいだったらいいと思ったのよ』
『気のせい、ですか』
『もちろん目の前でその状態を見たわけじゃないからなんともいえないわ。それは紅夏の方がよくわかっているのではなくて?』
『はい』
『明日、エリーザが直接話してくれるということでいいのね?』
『はい』
『わかった。下がれ』
『失礼します』
朱雀がもういいだろうと紅夏を追い出す。紅夏のおかげで最近は朱雀と過ごす時間も増えた。そうなってくると玄武とも一緒にいたいと香子は思ってしまう。朱雀の腕の中も安心できないことはないのだが、玄武の安定した包容力とはまた違うのだ。
『迎えがきたとしても船に乗れないかもしれないなんて……』
香子は筋肉質に見える朱雀の腕を下から抱えるようにして抱きしめる。紅児はまだ十四歳なのになんて数奇な運命なのだろうと香子は同情した。
『……我にはわからぬが、何故そのような反応をするのか』
『乗っていた船が難破した影響でしょうね。船に乗ったらひどい目に遭うのだと心と身体が反応してしまったのかと』
『……身を守る為か』
船自体がトラウマなのだろうと香子は思ったが、朱雀の科白に防衛本能という言葉を思い出した。
『そうですね。きっとそうなんですよね』
セレスト王国からの貿易船には直接ではないが加護を与えているので難破することはない。だが紅児はそんなことは知らないだろうし、例えそうなのだと伝えてもそう簡単に身体の反応はなくならないだろう。その防衛本能が強すぎる場合、無理に船に乗せようとすればかえって命が危険にさらされる可能性もある。
『朱雀さま、眷属の”つがい”が人であった場合、人でなくなるきっかけってなんでしたっけ?』
以前聞いたような気がしたが思い出せないので改めて聞く。
『性交すれば人ではなくなるだろう』
『そうなのですね』
ということは侍女頭である陳秀美はもう人ではないのだろう。白雲と生きる未来しかもう陳にはない。なんだかなぁと香子は思うが、陳もそれを忌避していないようなので忘れることにした。うまくいっているのならそれにこしたことはない。
今は紅児のことである。
(ってことは、やっぱり迎えが来たら紅夏と番わせるしかないわよね。人でなくなれば万が一船が難破したとしても死ぬことはないだろうし)
最悪の事態を想定しながらも、香子は紅夏が絶対に紅児を離さないだろうことはわかっていた。ある意味安心と言えば安心である。
これ以上紅児のことを考えていると朱雀の機嫌が悪くなるかもしれないと思い、香子はもう今日は考えないことにした。
翌日、紅児が黒月を通して『花嫁さまに話したいことがあります』と伝えてきた。
デリケートな話題故に香子の部屋で話すにしても人払いをしなければならないだろう。今日は白虎と過ごす。昼食が終ってから時間をとることにした。
紅児の面持ちを見て香子は人払いをした。こればかりは人に聞かせていいことではない。紅児にお茶を淹れされ口をつける。お茶の淹れ方も洗練されてきたなと香子は評価した。
思いつめたような紅児の表情に、香子は軽く口火を切った。それからは船に乗れないかもしれないことの確認をする。香子は紅児の症状を詳しく聞き取り、それによって起こる可能性を一つずつ丁寧に説明していった。
人というのは単純でもあり複雑でもある。きっかけによってその症状が好転することもあれば悪化することもある。
言いたくはなかったが、最後に「迎えが来ない可能性」についても話した。すでに紅児がセレスト王国を離れて四年近くが経っている。それだけの時間見つからなかったら探す方も諦めてしまう可能性は高いのだ。紅児は青ざめていたが、これはどうしても言わなければいけないことだった。
もう今日は休んでもいいと伝えたが、紅児は顔色が悪いまま下がろうとはしなかった。
本当に真面目な子なのだなと、香子はそんな紅児を不憫に思う。だがそんな紅児を慰められるのはきっと香子ではない。それを少しくやしく思いながらも、香子は紅児の望みが叶うよう祈った。
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「貴方色に染まる」61、62話辺りです。紅児との会話の内容の詳細は62話で書いています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
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