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第六章

114話

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 ザカリーとの打ち合わせを終え、一葉に着いた俺達はいつものように裏口から入る。
 この裏口を入ると厨房に繋がっている。

「ただいま」

 厨房には伯父が出入り業者と話をしていた。

 なんともタイミングのいい時に帰ってきたな。
 あの人は確か……

「ハンスさん、こんにちは」
「やぁドルテナ君。皆揃ってどこか出かけてたのかい?」
「えぇ、エルビラのお店の打ち合わせに」

 このハンスは、店舗を構えず一葉のように食堂を持っている宿や、飲食店などに商品を卸している。毎朝御用聞きに来て、昼前に商品を持ってくる。
 不足分があればこの時間にも来ることもある。
 エルビラもメニュー作りの食材を、何かと良くしてくれているハンスから購入している。

「皆の顔を見ると、順調に進んでいるようだね。良かった」

 良かったと言う割にはハンスの表情は冴えない。
 いつも笑顔ニコニコのハンスだけに気になってしまう。

「ハンスさんは夕方の追加分の配達ですか?」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっとクストディオさんに相談がね」

 頭をポリポリと掻きながら足下の方へ視線を向けた。
 そこにはちょっと大きめの袋が2つ置いてあった。

「その袋は……小麦?ですか?」

 何度か伯父に頼まれて運んだことのある袋だ。

「そう、小麦だ。ちょっと在庫を抱えていてね、少しでもいいから買ってもらえないかと相談に……」
「うちもハンスには世話になってるし頑張っているから応援してはやりたいが、うちも消費できるかどうか怪しい在庫をもってるからな。いくら値段が破格でもこれ以上は無理なんだ」

 さっきザカリーから聞いた話がまさにこれだ。

「この時期だと値段を下げないと厳しいらしいですね。因みに、いくらなんですか?」
「今クストディオさんに伝えたのはこれだよ」

 そう言ってハンスはイレーキいう計算道具を見せてきた。
 このイレーキ、見た目まんまソロバンなのだ!
 商業ギルドではこのイレーキ(ソロバン)の使い方も教えてくれるらしい。
 らしいが、俺は前世で少しソロバンを習っていたので見方も勿論使うこともできる。
 初めてイレーキを見せてくれたのもハンスで、懐かしさのあまり思わず使わせてもらいハンスに驚かれた。

「1袋?」
「そう、1袋」

 普段の仕入れ値を知らないが、それでもそこに示されている数字が1袋の価格ではあり得ないとわかる。

「いつもクストディオさんに卸している価格の8割かな」
「は、8割……。ハンスさん、もしかしてかなり在庫が?」

 ザカリーの話だと、この時期は凡そ半値くらいになると聞いていた。なのにハンスが提示したのは8割の価格。

「あははは……、例年だと殆ど在庫がない時期なんだけどね。去年の大豊作のお陰でうちに入ってきた量がちょっとヤバくてね。例年通りの割合で入札したのにこの有様だよ。そりゃ全体量が多いとこうなるのはわかってるさ。それにしても去年は多過ぎだよ。値段を下げてカツカツで売ってきたけど、結局売り捌けそうにない。うちだけじゃない、他の同業者も頭を抱えてるよ」

 いつも笑顔ニコニコのハンスがここまで愚痴を言うとは、相当まいってるな。

「どれくらい在庫があるんです?」
「後100袋はあるよ。次の小麦を入れる場所も確保しなきゃいけないのに……」
「そ、それは大変ですね」

 小麦は1袋30㎏位だ。これが100袋……。ほぼ確実に腐らすな。
 まぁハンスにはエルビラも世話になってるし、あの話をしてみるかな。

「ハンスさん、ちょっと聞いてみるんですが、その小麦、冒険者の私でも売ってもらえますか?」
「ドルテナ君に?そりゃ買ってくれるなら売るよ。でも小売はしていないから1袋は買ってもらうことになるけど、個人で消費できる量じゃないよ」
「はい、それは大丈夫です。それで、モノは相談なんですが……」

 俺は、徐にテーブルの上に置いてあったイレーキを手に取り珠を弾いていく。

「これでどうですか?」
「ドルテナ君、いくらなんでもこれは」

 1袋の価格をイレーキで提示すると、ハンスは少し渋い顔をした。
 俺が提示したのは、一葉の仕入れ価格の8割6分、つまり86%OFF!
 そりゃぁ渋い顔をしても可笑しくはない。だが……

「ハンスさんの在庫全てでもダメですか?」
「ぜ、全部!?いや、だって ── 」
「それと、倉庫まで引き取りに行きます」

 余剰在庫の全て買い取り、更にこちらから倉庫まで取りに行くから運搬費もかからない。
 ハンスは一気に商人の表情になり、少し考えた後、首を縦に振った。

「1つ確認ですが、お売りする小麦は昨年の物です。今年の冬、寒くなると食べられなくなりますがご存じですよね?」
「はい」
「……わかりました。それをご承知なら私からないか言うことはありません。代金は商品引き渡しの時に。お支払いは現金一括となりますがよろしいですか?」
「はい、それで結構です。いつ伺えばいいですか?ハンスさんさえよければ、今からでも私は構いませんよ」
「では今からお願いします。表に馬車を止めていますので、それに乗ってください。クストディオさん、ありがとうございました。また明日伺います。では皆さんも」

 一通り挨拶をしたハンスは表の方へ歩いて行った。

「そう言うことだから、ちょっと出てくる。エルビラは夕方から一葉のお手伝いだよね?頑張って。リアナとラモーナは部屋でゆっくりしてて。マリンは……うん、ラモーナよろしく」
『ご主人様、お気を付けて。子供達のことはお任せを』

 マリンを抱きかかえていたラモーナが寂しそうな顔をするので、連れて行くとこは諦めた。
 俺は先に表へ向かったハンスを追いかけるように表へ出た。

 そこには御者台に座るハンスが、自分の横に座るように手招きしてくる。

「ドルテナ君、こちらに。すまないね、荷台に人が乗れるスペースがなくて」

 そう言って後ろの荷台に振り向く。
 その荷台には所狭しと商品が積まれており、とても人が座れるような所は見当たらなかった。

「あぁ、気にしないでください」
「ありがとう。じゃ早速行こうか」

 一葉を出た馬車は20分位移動して、とある倉庫街に入っていく。
 たくさんある倉庫の1つの前でハンスの馬車は止まった。

「さぁ、着きました。ここが私の倉庫です」

 馬車も入られるようになっている大きなドアを開けて中に入る。
 倉庫の中はたくさんの種類の食材、調味料が保管されていた。
 その奥に一際目立つ袋の山。たぶんあれが小麦の袋だろう。

「何袋あるのか数えるので少し待っててください」

 そういうと、予想通り奥にある袋の山へ向かっていき、在庫を数え始めた。

「……102……103。ドルテナ君、小麦は103袋あるけど、本当に全部でいいんだね?」
「はい、全て買わせていただきます。ハンスさんは大丈夫ですか?小麦を全て売ってしまうと、他の人からの注文が大変なのでは?」
「なぁに、その時は他の人から仕入れればいい。この時期は殆どの問屋が在庫を処分したがっているからね。簡単に手に入るよ」

 それもそうか。なら気にせず買わせてもらおう。

「では、103袋全ていただきます。で、いくらになります?」
「えっと(パチ…パチ…)713,790バルになります」

 イレーキを弾いて計算した金額をハンスに支払った。

「はい、確かに。毎度ありがとうございます。さすが冒険者ですね。その若さでこの金額の支払いが可能とは。さてと、小麦は明日にでも取りに来られますか?時間を言って頂ければここで待ってますが?」
「あ、それには及びません。及ばないんですが……今からすることを人に言わないでもらえると助かるんですが」
「はぁ、商売上知り得たことは漏らさないのが商人ですので。但し、犯罪行為は別ですけどね」
「では……」

 俺は目の前にある小麦が入った103もの袋を次々とアイテムボックスに入れていく。
 山のようにあった小麦の袋が見る見るうちに消えていく様子を目の当たりにしたハンスは、口を半開きにし、目を大きく見開き、信じられないモノを見て固まっていた。
 一般的なアイテムボックスの最大容量(ランドセル約3個分)を遙かに超えているはずなのに、俺は尚アイテムボックスへと小麦の袋を入れている。
 
「よし、入れ残しはないな。うん、アイテムボックスにも小麦30㎏103袋となっている。ハンスさん、確かに103袋ありました。それで、ここにあ……ハンスさん?」

 カップラーメンが出来上がるより早い時間で、倉庫内にあった小麦の袋を全てアイテムボックスに入れ終わってもハンスは固まっていた。
 俺が声をかけてやっと再起動したようだ。

「ッハ!な、何で全部収納できるんですか?!」
「何でなんでしょうね。とりあえず、あまり人に知られるのは嫌なんで内密にお願いしますね」
「え、えぇ、勿論です。それが商人の心得ですからね。しかしとんでもない容量のアイテムボックスをお持ちなんですね。冒険者を辞めて商人になりませんか?」
「残念ですが冒険者を辞める気はありませんので。それで、ここにある物は全て売り物ですよね?」
「多少商売上の備品はありますが、殆ど商品です。どうかされましたか?」
「ちょっと気になる物がありまして……」

 この倉庫にはハンスが仕入れた様々な物が置かれていた。
 一般人向けの商店で塩やコショウといった香辛料を少しずつ買っていたのだが、ハンスから問屋価格で購入した方が安くなるはずだ。
 そして気になった物は倉庫の隅に立てかけられていた鉄の棒。
 使ったことはないけど、前世では見たことがある。
 棒は3本に別れていて、手元で1つにまとめられている。
 手元には取っ手が付いており、しっかりと握られるようにしてある。
 その棒の横には、専用のスタンドや台が置かれていた。
 そう、豚の丸焼きなどをするときに使う、あのクルクル回すやつだ。

 この世界でも豚やウサギの丸焼き料理はあるらしい。
 前世でも家庭でこんなことをする人はいないだろう。やったとしても大人数のバーベキューの時にするくらいか。そもそもそういう道具を持っている人が珍しいだろうけど。
 飲食店だってこんな物はない。というか、こんなので焼いていたら時間がかかってしょうがない。きちんとフライパン等で焼いた方が早いしロスがない。

 そんな丸焼き料理を食べているのは貴族ぐらいだろうな。
 なのに何故そんな道具がここに?
 
「あの鉄の棒って……丸焼きを作るときに使うやつですか?」

 俺が指差した方を見たハンスは「よく知ってたね」といって頷いた。
 やっぱり、そうか。
 ハンスは貴族の屋敷にも出入りしてるのか?

「珍しいだろ?普通なら見ない道具だからね。冒険者に頼まれて仕入れたんだけど、その冒険者がもう1年以上経っても来ないんだ。たぶんもう来ることはないだろうけどね。前金で代金はもらってるから赤字ではないけど……。まぁだから処分に困ってるんだけど」

 1年以上も姿を現さないとなると、その冒険者はもう生きてはいないだろう。

「それ、ハンスさんさえよければ売ってくれませんか?」
「これをかい?う~ん……わかった、ドルテナ君に買ってもらおう。いつまでもここにあっても困るからね。もしあの冒険者が現れたらまた手配するよ」

 少し悩んだ様子だったが、あの丸焼きセットを売ってくれるようだ。

「ありがとうございます。それと、アレとアレと、あとこれと ── 」

 折角の機会なので、目についた香辛料や食材を片っ端から購入していった。
 結局、小麦の代金とほぼ同じ額をハンスに支払うこととなった。
 思わぬ臨時収入にハンスもホクホク顔だ。
 帰りも馬車で送ってもらい、一葉に帰った。

 
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