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第四章『領主代行』

103話 人材補強

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「おー、きたきた。アモン君のほうはうまくいったの?」

 扉を開けた先で待っていたのは、小人族の血を引く小さなお姉さん、オーニィさんである。彼女も以前村に来た監査官の一人だ。

 聖堂派に属するパイソン家のご令嬢で、極度のマヨラー。僕の数少ない貴族の知り合いでもある。

「ええ。スムーズすぎて拍子抜けです」

「まぁ、アモン君そろそろ危なそうだし、必死なんじゃない?」

 当たり前のように言うが、本人が聞いたらショックを受けそうだ。

「このままうまくいくと良いんですけどね。ところで、パイソン子爵領の開発はどうなってるんです?」

「んー。順調だよー。魔物をある程度減らして、塩泉は確保できたみたい。砦の建設は途中だけど、塩はもう出荷できそう」

 僕らは賢人ギルドの美容研究から、温泉の記録を探り、塩泉がありそうな場所を絞り込んだ。そこから冒険者ギルドに調査の依頼をして、結構な数の塩泉を発見した。

 このうち、宰相様の領地であるドネット侯爵領はコンストラクタ村と遜色ないレベルで出荷が始まっていて、その次がパイソン子爵領、最後がパール伯爵領となっている。

 その後、数カ所ほど開発可能な塩泉を見つけているが、塩泉は例外なく魔境の中にある。魔境を領地に持つのは、広大な領地を持っていてたまたま魔境が含まれている大貴族か、うちのような零細貴族かのどちらかしかない。

 魔境が近いと魔物の被害が増えるため、被害を防ぐために費用がかかったり、住人が引っ越してしまったりして発展しにくくなる。結果的に零細貴族は貧乏で、塩の開発のためには資金の融資が不可欠になってしまう。

 大貴族で資金は充分にあるはずだった宰相様やオーニィさんも、銀行の仕組みに興味津々で、塩泉開発に当たってうちの出資を受けたせいで、うちの資産残額は金貨二万枚を割り込んでしまった。

 親父からは新騎士団の設立費用に金貨一万枚を回せと言われてしまったので、実質的な残金は金貨一万枚以下である。闘技場の補修費用や突発的な出費を考えると、これ以上の出資は厳しそうだ。

「ちゃんと配当は納めてくださいよ~」

 教会の教え的に、貸したお金の利子を直接取るのはまずいらしい。なので、僕らは取れた塩の二割を配当として物納してもらうことにした。

 王家が物納二割の塩泉税を求めて来ているので、開発者が手に入れる塩は六割にほどになるだろうか。塩の高騰のおかげで、作業者や護衛などへの報酬を差し引いても、今なら莫大な利益がでるはずだ。

「楽しみにしといて~。あ、あとね、これは個人的なお願いなんだけど、卵を融通してくれない? 酢は領内でマヨネーズに合うのいろいろ試してて、塩もこれで何とかなったんだけど、卵がね~。小さいのしか手に入らないんだ」

 またマヨネーズの話か。材料が卵と酢と塩という話は、国王陛下に言われてレシピを提出したことがあるだけで、オーニィさんには教えていないはずだ。見学の時に見ていたのか、村の誰かから聞いたのか、舌で再現したのか、いずれにせよ侮れない。

「跳鳥の卵ですか? あの魔物、割とどこにでもいるって聞いてるんですけど」

 跳鳥というのは、森に住むニワトリ大の魔物で、鳥型なのに空を飛ばずにぴょんぴょん跳ね、鉤爪や嘴で攻撃してくる。

 生態系的には下位であるらしく、成長すると人間の腰ぐらいまで成長するようだが、それまでに大半が他の魔物に食われてしまう。ただ、繁殖力はすさまじく、森の中から姿を消すことはない。

 秘密は卵の数である。個体のサイズにもよるが、巣に毎日のように産卵するのだ。巣を見つけるのは難しいが、一度見つければ卵には困らなくなる。その卵が、マヨネーズの欠かせない材料の一つだ。

「いや、そうなんだけど、巣はね。群れだし、リーダーがいるからね」

 そうか。僕もあまり経験がないのでわからないが、巣には跳鳥の群れのリーダーがいると聞いた事がある。成長しきった跳鳥で、土を巻き込んだ突風で標的をズタズタにするらしい。

 そういえばうちの狩人さんたちは、気配を消すのが上手だったっけか。気配が消せないと、卵を得るためには巣を全滅させなきゃならないとかになりそうだ。

「いいですよ。少しで良いなら融通します。でも、長距離輸送は厳しい気がするかなぁ」

 卵はナマモノなので、輸送に時間がかかると腐りそうな気がする。うちの村から王都までは、馬車で七日以上はかかるし、冷蔵とかできないし。

「大丈夫だよー! 今コンストラクタ領に王家からの役人って一人もいないんでしょ? これ、陛下からの命令書。今月はイント君の仕事手伝って、来月コンストラクタ村に赴任するから」

「へ?」

 意図せず声が出た。マイナ先生と顔を見合わせ、命令書を開く。国王の署名が入った正式なもので、オーニィさんを含め、5人の名前が並んでいる。任務は領主代行の監察官。しかし、書かれている業務内容はほとんどが僕の補佐だ。
 
「えっと、これってどういう?」

 良くわからないものは、放置せずに相手に聞く。それが処世術というものだ。

「うーん。理由はいくつかあるよ。まず、あそこが国境だからというのが一つ。砦とか勝手に作られたら困るんだよ。戦争になるから」

 確かにうちの領内に、王国のルールに明るい人材がいない。それどころか、文官と呼べるような人材ですら、村長だけしかいない。
 あんな小規模な砦建設が、外交問題になるかもしれないとか、国王に許可を取らないといけないとか、わかるはずもない。
 実際に、ナログ共和国とは国交もないはずなのに、抗議の外交使節が来ていたあたり、洒落ですまないことになりかけていた。

「でもまぁ、国王陛下と宰相閣下がイント君を気にしてるっていうのが一番大きいかな。ルールに違反しない限り、ただの補佐役だよ。ちゃんと働くから、住むところとご飯は用意して欲しいかな。あとマヨネーズは食べ放題で」

 オーニィさんは聖堂派だから敵対派閥ではないし、陛下のご命令とあらば断われない。でも、僕が判断してしまって良いものだろうか?
 いや、陛下は親父より上だから、事後報告でも良いのか?

 判断に迷って、マイナ先生の方を見る。

「イント君、このまま事業拡大すると人員不足になるし、賢人ギルド経由でこれから誰か募集するにしても、領地経営の経験者は必要だと思うよ」

 マイナ先生はエスパーか何かかな? 考えを読まれたみたいだ。

「そうそう。ボクたちは役に立つよー」

 よくよく考えれば、前世でも市役所とかがあって、役人がいた。市長だけで全部の事務を回せるわけもない。迷う必要などないか。

 村の現在の人口は三百人だが、騎士団への派兵で百人ほど減る予定である。そのかわりに冒険者が流入していて、親方が三十人ほど職人を連れて移住してくれると言っていた。
 多分それ以外にも入れ替わりはあるだろうから、村長だけで対応するのは無理だろう。

「じゃあ、お願いしようかな。王都からの移住希望者がけっこういるんだけど、何したら良いかわからなくて」

 僕が言うと、オーニィさんがにっこり笑った。

「リストを貰えれば、王都からの移住手続きはこちらでやれるよー。荷物運搬の馬車の手配と住むところの確保、あとどこで働くかの手配は終わってる?」

「えっと、まだ増えるかもしれない途中のリストはあるけど、それ以外は何にもできてないかな?」

 よくよく考えると、親方とその弟子たちは村のどこに住んで、どこに工房を建てるか、何も決まってない。

「はいはい。じゃあ移住計画からやりますね。他の四人への指示は、ボクがやらせて貰っても?」

 オーニィさん以外に知っている人もいなかったし、異存はない。

「うん。それで大丈夫」

「そういえば、冒険者ギルドと行商人ギルド、あとは賢人ギルドが支部を作るために人員を派遣しようとしているみたいです。そちらも段取りしましょうか?」

 おや? そんな情報、どこから仕入れてきたのだろう? 聞いた覚えがない話だ。

「はじめて聞いたけど、冒険者ギルドは王都の副ギルドマスターのモモさん、行商人ギルドはハーディさん、賢人ギルドはここにいるマイナ先生を通して調整してもらえたら良いよ」

 言いながらマイナ先生に目をやると、怪訝な顔をしていた。

「オーニィ様、賢人ギルドの話をどこで聞かれました? 今朝届いた父からの手紙に、シーゲン領とコンストラクタ領の境に、学校を建てる計画が書かれていましたが、それが支部という扱いになっていませんか?」

 マイナ先生が口を開く。その話も初めて聞いた気がする。

 アスキーさんたち、興味は持ってたみたいだけど、ついに学校作るのか。学校の勉強が社会に出て役立つかというのはあるけど、これまでなかったのもおかしな話だ。

「”ガッコウ”というものが分からないけど、領地の境に作るって話だったから合ってると思う。ちなみに情報源は宰相閣下だよ~」

「そうですか……。それ、まだ賢人ギルドでも一部の人しか知らないはずなんだけど……」

 なるほど。さすが宰相様。よくわからないけど、情報収集力がすごいんだろうな。

 それにしても、新しくできる学校は、小、中、高、大学のどれだろう? 大学だったら入学したいけど、また受験勉強か。それはそれで嫌だなぁ……
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