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第四章『領主代行』
102話 アモンとの交渉
しおりを挟む「塩の値段が下がらーん」
塩は、それはもう飛ぶように売れる。そして、売れば売るほど儲かった。
「儲かってるんだから、これはこれで良いんじゃないの?」
僕が呟いた言葉に、マイナ先生が反応した。
儲かってるのは、コンストラクタ村からシーゲンの街への移動する時に、僕が助けた行商人のハーディさんのおかげだ。
最初は護衛代すら払えずに見捨てられかけていたが、王都で再会した時には立て直して商売を軌道に乗せていた。僕が村の商品を取り扱うことを条件に、数十台の馬車と潤沢な資金を貸し出してみると、行商人ギルドを利用してたった半月ほどの間に販路を拡大してくれた。
村へは塩水を煮るため炭や、新築ラッシュに対応するための建材、食料品などが運びこまれ、村からは塩や塩漬け燻製肉、毛皮なんかが運び出されている。塩人気の陰で不人気だった毛皮も、安定して売れているようだ。
塩が100倍近くに高騰したおかげもあり、ハーディさんに投資した分は、たった半月で回収できてしまった。ここから先は丸儲けなので、塩の高騰が終わっても利益はで続けるだろう。
嬉しい悲鳴だが、問題はそこではない。
「マイナ先生、忘れてない? フォートラン伯爵から出された婚約の条件は塩不足の解消だよ? 売っても売っても値段が上がるってことは、まだ塩不足は解消されてないんだよ!」
僕が必死の訴えると、そっと頭を撫でられた。
知っている貴族は皆、備蓄の塩を売っているし、国王陛下は飢饉用の倉庫から民に塩を配給している。確実に供給が増えているのに、値段が下がらないのはなぜだろうか。
これは教科書に嘘をつかれたかもしれない。
「はいはい。まだ8歳なんだから、そんな焦らなくても良いでしょ。婚約しても結婚まではだいぶかかるだろうし、塩不足解消に期限はないんだし」
「もうすぐ9歳だよ!」
やっぱりマイナ先生はわかっていない。
『ヒッサン訓蒙』を発売した論文発表会以降、その聡明さと美貌で、マイナ先生の人気はうなぎのぼりになっている。
そして、マイナ先生の中での僕の扱いは、恋人というよりは弟だろう。
マイナ先生は十五歳で、こちらの世界的には結婚適齢期である。うかうかしていると、マイナ先生の気が変わってライバルに掻っ攫われる可能性もないではない。
ハーディさんから送られてきた塩の売り上げ報告書を、書類の山にもどかしさを乗せて投げつける。
宿屋『涼風亭』に滞在して一ヶ月。いつの間にか、僕の部屋はもどかしさとともに書類まみれになってしまった。
もうすぐ王都で購入した中古の館の修繕が終わるので、そろそろここを引き払う準備をしないといけないのだが、いかんせん忙しすぎる。
ちなみにクソ親父と義母さんも忙しいらしく、こちらの仕事については全権委任で丸投げされてしまった。領主の息子だからって、児童労働が当たり前になっているのには強く抗議したい。
「坊ちゃ~ん。約束してたアモン様が来られられましたよ~。応接間までお願いしま~す」
護衛のシーピュが、ノックもせずに部屋に入ってくる。
アモンさんというのは、前にコンストラクタ村に来た3人の監査官の一人で、敵対派閥に属するパール一門の人だ。
パール一門は、妙な誇りを抱いていて、読み書きでさえ高貴な人間のすることではないという方針を持っていた。
アモンさんもそう教育されたようだが、読み書きできない人は、どうしても身近な人の話を重要視してしまうので、騙されやすい。
彼は誰かに偏見を吹き込まれ、うちの親父が最も嫌う暴言を吐いて斬られかけた。
その後、いろいろあって自分が捨て駒に使われた事に気づき、家に反感を持ちはじめたらしい。人格的に問題がないわけではないが、敵の敵は味方ともいうので、アモンさんにパール伯爵領内で塩が発見された情報を流し、開発資金の融資も持ち掛けた。
結果はこの通り。びっくりするぐらい簡単に食らいついてきた。僕は騙すつもりはないが、まだ騙される素養はありそうな気がする。
「すぐ行く」
宿屋のワンフロアを貸し切りにしているとは言え、さほど広いわけではない。1分もかからず、応接室に辿り着く。
「アモン様、ようこそいらっしゃいました」
アモンさんはソファから立ち上がり、頭を下げて僕を迎えてくれた。彼は伯爵家の人なので、男爵家の嫡男より立場は上のはずである。この丁寧さはおかしい。
「イント殿、このたびはお声がけありがとうございました。いただいた情報は本物でした。マイナ殿も初めまして。いろいろとご助力ありがとうございます」
身分的な話で言うと、こちらから出向かねばならないし、先に頭を下げるならこちらからというのが本来のマナーらしいのだが。
「顔をお上げください。それで、開発の許可は取れましたか?」
応接室のソファに、マイナ先生と並んで座る。僕らの後ろには、シーピュさんと、お茶出しを終えたパッケが並んだ。
一方のアモンさんは、護衛や執事を一切つけずに、一人でソファに座っている。やはり、僕と会うのを家の人間に知られたくないのだろう。
「はい。父は今、新たな騎士団に対抗するための戦力増強に駆けまわっているので、こちらには興味もなさそうでした。上の空で、簡単に許可してくれましたよ」
アモンさんがパール伯爵の開発許可証の現物を見せてくれる。僕にはサインの真贋は見分けられないが、冒険者ギルドから確度の高い別ルートの情報を得ているので、多分本物で間違いないだろう。
その情報によれば、アモンさんの父であるパール伯爵は、シーゲン子爵を騎士団長とする新たな騎士団の創設が決まって以降、自ら派閥とゆかりの深い騎士団の騎士団長に就任し、戦力増強を始めたらしい。
騎士団の維持費は、王家の他は騎士団に参加する領地持ちの貴族と、その支援貴族が負担する。その関係で、領内で新たな資金源となりそうな塩泉の開発を許可したのだろう。
「それはちょうど良かったですね。融資条件は満たしましたので、そのまま興味を持たれないように、こっそり進めてしまいしょうか。シーピュ、あれ持ってきて」
アモンさんとは、すでに正式な契約書を取り交わしている。内容は融資条件や利益の配分、責任の範囲などが定められたものだ。
双方が保管している2通の他に、貴族院と王都の大聖堂に奉納されているので、約束を破った場合は相応のペナルティがあるだろう。
ちなみに融資の条件は、国王陛下と領主から開発の許可を受け、開発を支援する冒険者ギルドや賢人ギルドと、事前に条件面で合意を取っておくことだ。
「イント殿に根回ししていただけたおかげで、円滑に合意が取れました。ありがとうございます」
アモンさんがまた頭を下げる。よく見るとアモンさんの身体は少し引き締まっていた。表情もすっきりしていて、一体何があったのだろうか?
身分が下でなおかつ子どもである僕にすら丁寧な態度で、そのあまりの豹変っぷりが逆に気持ち悪い。
「それにしても、僕らの話に乗ってしまって良かったんですか?」
あまりに違和感が強い。
「陛下の勅命に協力して、何か問題がありますか?」
問題はない。頂点である国王陛下の意思の実現は、全貴族の義務でもある。
「でも、パール伯爵が戦力を増強しているのは、父上たちの騎士団に対抗するためでしょう?」
派閥は反目しあっているのに、大丈夫だろうか?
「父が戦力を増強しているのは、あの大会で仙術士に対する認識を改めたからですよ。うちの家が凋落したのは、武門の家柄でありながら、先の戦争で活躍できなかったからなので、このままでは同じことになると気付いたのでしょう。それに―――」
それに気づくのに十年か。ちょっと遅いかも。
「あの後、気になって調べたら、学問も剣術も、嫡子である長女や、継承順位2位の長男には秘密裏に教えられていました。私は四男で継ぐべき家もなく、実家からも捨て駒に使われる程度の立場でしかありません。高貴な立場で居続けるためには、こんなチャンスを逃せるほど余裕はないんです」
アモンさんの口から出てくる言葉は、本当に違和感しかない。あの時とはまるで別人だ。
「そうですか。変なことを聞いて申し訳ない」
雑談をしている間に、シーピュがかなり重そうな背負い袋を抱えて戻ってくる。
中に詰まっているのは大量の金貨だ。枚数にして五千枚。僕が持とうとしても、仙術なしでは持ち上がらないほど、ズッシリとした重みがある。
「これがお約束していた融資のお金です。確認してください」
背負い袋を机に置くと、アモンさんの顔がほころぶ。
「ここで枚数を数えさせていただいても?」
ふむ。慎重なのは良いことだ。しかし、五千枚ともなると、一人で数えるには相当時間がかかるだろう。
「はい。シーピュを残していきますので、数え終わったらこの受け取りにサインして渡してください。帰り道に護衛は必要ですか?」
「不要です」
僕の提案に、アモンさんはキッパリと断った。この辺りも慎重だ。僕は敵対派閥なので信用ならないだろうが、かと言ってこんな大金を一人で持ち歩くのは危険だ。
「では、僕たちはここで失礼しますね」
僕は、パッケとマイナ先生とともに部屋を出た。
「イント君、どう思う?」
扉を出たところで、マイナ先生が小声で声をかけてくる。
「一人で来たのが気になるね。少なくとも、パール家を説得できたわけではなさそうかな。パッケ、念のため帰りに尾行をつけといてもらっても良い?」
「わかりました。誰かに声をかけてきます」
パッケは護衛としてついてきた狩人さんたちが待機している部屋に向かった。護衛は外れるが、まぁ大丈夫だろう。
そのまま、別の部屋の扉を開ける。
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