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第1章「始まり」

第28話「不可抗力、わざとじゃないんだ!」

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「ただいまぁ~~」
「あ、おかえりお兄ちゃん!」

 帰宅するといつものように妹の雫が出迎えてくれた。
 普段と違うのは今日は色々あった弊害で雫もついさっき帰ってきたらしい。珍しく中学の制服のままのお迎えだった。

 いつものエプロン姿もいいが、こっちもこっちでいいな。これは俺が中学生でクラスメイトなら人目するレベルだ。家では一つにまとめているポニーテールがおろすとこうも清楚になるのか。

 誰にも見せたくはない姿だな。
 まぁ、でも。あまりに過保護だと子供はよく育たないっていうし、干渉するのは良くないだろう。

「っお兄ちゃん、どうしたの? そんなに見つめてさ」
「いやぁ、雫が可愛くて、ついな? 見ないうちに一段と綺麗になってないか?」
「んもぉ、お兄ちゃんのシスコン! 私はお兄ちゃんだけのものじゃないんだからね?」
「はははっ。そうだな。雫はみんなのものだな」
「そういうわけでもないんだけど……まぁ、いいや。それで黒崎さんは?」

 誤魔化すように笑うとどうやら見逃してくれるらしく、ジト目で一瞥された。
 雫に言われて振り向くと、未だに玄関に入れずじまいの黒崎さんの姿があった。

 足はプルプルと震えていて、顔は少し赤い。極めつけにはエメラルドグリーンの綺麗な瞳がさっきから泳いでいた。

 様子を見るに他人の家に入るのが怖いらしい。
 にしても、怖がりすぎだ。妹もいるし二人きりってわけでもないのに、俺は随分と警戒されているようだな。

「黒崎さん、大丈夫だから入ってきてくださいよ」
「っう、うぅ……」

 語彙力を失ったのかうるうると煌めく瞳で訴えかけられる。
 そんな顔されてもなぁ。家入るだけだし、ちょっと大袈裟な気もしなくもない。

 そう思う俺とは裏腹に真面目に怖がっていたようで、今度は頭を左右に振り始めた。

 これじゃあ俺では手に負えないと雫の方に視線を移すと「はぁ」と呆れた顔でため息を吐かれて、そのまま二度目のジト目睨み。

 お兄ちゃんをいじめないでくれよ。

「黒崎さんっ! 兄からお聞きしています、妹の雫って言います! 今日は夜も遅い中足を運んでいただきありがとうございますっ」

 社交辞令の整った挨拶に黒崎さんはなぜか驚いていて、するとすぐに両手で頬を叩いた。

 ――パシッ!

「え、黒崎さん、ちょっと!?」
「だ、大丈夫ですか!!」
 
 あまりにも急な行動に驚いて俺も雫も思わず身を乗り出すように駆け寄った。
 しかし、どうやらただの気合い入れだったらしく。彼女はそのまま玄関の中に入ってきた。

 まるでS級探索者とは言えない足の動きだったが、頑張っている姿に笑うことはできなかった。

「お、おじゃ、お邪魔しますっ」

 震える挨拶で靴を脱いで、リビングへ案内する。
 後から聞いたことだが、黒崎さんは高校生になってから今まで誰とも一緒に遊んだことがないらしいようで、そう言われたらこのオドオドとした姿は納得がいった。

 俺のことを怖がっているだけではないと聞いて少し安心していると早速雫のコミュ力の高さで、ものの数分で会話に花が咲いていた。

「——それでお兄ちゃんってね、いっつもこんな感じで。わたしも迷惑してるんですよ? 黒崎さんも大丈夫ですか?」
「わ、私はそうね。少しだけかもかしら……」
「何かあったら言ってくださいね? わたしがなんでもやっちゃいますから!」

 拳を掲げて上腕二頭筋をポフポフと叩くマイシスター。
 さすがに、そんな物騒なこと言っちゃダメでしょうに。

 しかし、どうやらそれが受けたようで黒崎さんはおもしろそうに笑っていた。

「それじゃ、出前も頼みましたし、一緒に女子トークしながら待ちましょうか!」

 くすくすと笑う黒崎さんにそういうと、彼女の方はハッとして恐る恐る探るように尋ねてきた。

「あ、あの……私さっきまで戦っていたので、よかったらお風呂貸してもらってもいいかしら?」

 そういえばそうだった。
 俺も忘れていた。
 妙に服の肌触りが悪いなと思っていたのはこのせいだったか。合点だ。

「臭いまま上がるのもちょっとアレなので……いいかしら、ね?」

 同じく汚れた俺と雫の方をチラチラと行き来しながら見つめると、雫はすぐに頷いて言い返した。

「あ、ごめんなさい! そっちが先ですよね。じゃあ、お風呂は沸かしてあるので先に入ってきてください!」
「く、國田くんはどうするの?」

 すると、視線の先は俺になる。
 こんな人の家まで来て心配してくれるとは、ちょっと嬉しいな。あったかい気持ちになる。

 しかし、ここはレディーファースト。
 妹にいい顔したいからじゃなくて心の底から譲る精神で、笑みを浮かべた。

「俺は後で入るんで、先に入っててください。それと……着替えは俺の古着でもいいですか?」
「あ、うん……大丈夫よ」
「それじゃあ、そういうことで。着替えは後で持って行きます」
「ありがと……」
「じゃあ私が案内しますね、こっちです」

 そんなわけで雫が脱衣所まで案内することなり、俺は汚れた制服をカゴに入れて自分の部屋に向かった。



―――――――――――――――――――――――――――――


 部屋のクローゼットからあまり着ていない上下のジャージをせしめ、雫からは大きめで履けなかったパンツを渡されてしまい脱衣所までやってきた。

 雫のパンツ、いるのかな。雫の優しさなんだろうけど、クマさん柄のパンツを黒崎さんが履いていることは想像できない。

 まぁ、今回ってる洗濯機の中にきっと黒崎さんのパンツが入ってるから確認しようと思えばできるけど……生憎と俺は変態じゃない。ここで下着を漁る趣味を持つようなエロ漫画的発想はしないのだ。

 しかしまぁ、男と言うのは単純で魔が差して伸びる右手を左手で抑え込み、頭を横に振った。

「あの、黒崎さんっ。ここに着替え、置いておくので!」

 しんとしたお風呂に向けて大きな声で呼びかけると、湯船の水だろうか、ザバンッと音が聞こえてきた。

『く、國田くんっ……びび、ビックリしたわよっ……』
「あぁ、すみません。一応声掛けておこうと思って」
『そ、そうね……ありがと』
 
 すると、悶々とした声が返ってくる。
 湯船が揺れる音がして、ふと考える。

 あれ、この先に黒崎さんいるんだよな。
 なんか普通に話してるけど……生まれたままの姿の黒崎さんがそこに。

 ぼろっ。

 そう考えると鼻から血が垂れてきた。

「っ」
『ど、どうかしたの? 大丈夫っ?』
「だ、だいじょうぶでず……っちょっと、鼻血が出てきて……っごめんなさい」
『血、え、大丈夫なの? ほんとにっ——』

 変なことを考えてたから出てきた血なのに当の本人は優しかった。俺のことを心配してくれるなんて。最初はほんと酷いことしてくる女探索者だなと思っていたけど、心はやっぱり優しいな。

『私、ティッシュ持ってきてるから――』
「え、ティッシュ? あるから大丈夫ですよ!」
『でも、なんかあれだし——っ』
 
 なんかあれだし? べつにここは俺の家だから大丈夫なんだけど、やっぱり優しい。

 すると、ドタバタと風呂場から聞こえてくる。
 さすがに心配しすぎだ。そこまで大ごとじゃないから。

 しかし、俺の考えは甘々だった。

 黒崎さんの優しさに胸をポカポカさせているとバタンと扉が開く音がした。

「えっ」

 心の底から飛び出た音。
 急な出来事に胸がバクバクと爆音を鳴らしているのが聞こえてきて、徐々に顔が熱くなってくるのが手に取る様に理解できた。

 そう、なぜか黒崎さんが焦った顔で風呂場の扉を開けていたのだから。
 エメラルドグリーンの瞳が湯気で色っぽく煌いて、銀色の長髪からは水がしたたり落ちる。

 もちろん、目の前の黒崎さんは一糸纏わぬ姿。
 起伏のある体に、大きな大きな平和の象徴が目に入る。

 俺は動揺していた。
 本来ならここで目を背け、「何も見てない!」と叫ぶのが正解なのだろう。
 しかし、この時は動揺していたせいで正常な判断が出来なくなっていた。

 俺は凝視していた。
 何も言わず、生まれたままの姿の彼女をひたすらに見つめていた。

 やってしまった。
 そう思いながらも身体は動かない。

 そして——みるみると真っ赤になっていく黒崎さんの久々の平手《あれ》が飛んできた。

「きゃああああああああああああっ‼‼‼‼‼」
「ちょっとこれはふかこ――ふげふぁっ⁉」

 直後、俺の意識は吹っ飛んだ。

 
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