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第1章「始まり」

第29話「彼Tシャツはイイ!」

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 そんなこんなで俺も風呂に入り、上がると黒崎さんと雫は律儀にも届いたピザを食べずに待っていた。

 右頬がひりひりするがなんだかんだで優しいのは最近気づいた黒崎さんの良いところでもある。もてはやされていても礼儀正しいのも好印象だ。ほんと、俺にはもったいない女性だ。

「二人とも、別に食べててよかったんだよ?」

 会話を遮る様に声を掛けてしまい、雫にやや睨まれるもラブリーマイシスタ―エンジェル雫たんの綺麗な瞳は優しさを隠せていなかった。

「ツカサちゃんがね、お兄ちゃんを待ってって言うんだよ~~。私はもう食べたかったのにさぁ~~」
「一応、國田君のお金で買ったし、三人で食べたほうがおいしいでしょ?」
「それはそうだけどさぁ~~」

 我が妹。
 そのワガママは百点だ。
 理想の妹節、俺じゃなきゃ怒っちゃうね。

 ってそうじゃないな。黒崎さん、本当に気を配れて凄い人だな。俺が彼女と立場なら雫に色々言われて口付けちゃうって言うのに。

 そして、雫のやつはいつの間に「ツカサちゃん」なんてあだ名で呼んでいるんだか。コミュ力お化けの力は伊達ではないようだ。

「お気遣いありがとうございますっ」
「いいのよ、別に。私こそ、なんか流れで連れてこられちゃってるんだし」
「なんで変に責任感じてるんですか? いっつも俺と雫で寂しかったので、黒崎さんが来てくれて俺たちは嬉しいですよ?」
「そ、それなら……いいんだけれども」

 正直に言うと、嬉しかったのか黒崎さんは頬を赤く染め上げた。
 
 そう言えば、黒崎さん。
 俺のジャージ着てくれていたんだな。

 視線を少し落とすと依然中学生の頃に着ていた「國田」という名前入りの学校ジャージが目に入る。

 サイズはぴったりのようで特段あっていないわけではないように見えたが——うん、なんかこうしてみているとちょっとエロいというか、色っぽく感じる。

 恋愛系の漫画とかでも見る「彼Tシャツ」ってやつなのだろうか。ちょっと胸元が苦しそうなのであんまり凝視は出来なさそうだ。

「——ねぇ、お兄ちゃん。目がエロいんだけど?」
「えっ、何かな? お兄ちゃんがエロいって?」
「お兄ちゃんじゃなくて目が。ツカサちゃんのこと、そう言う目で見るならわたし許さないからね?」
「まさかぁ~~俺が黒崎さんのこと、そんな目で見ないって」
「……そぅ」

 あれ、ジト目向けてくる雫とは違って黒崎さんの目が若干残念そう。
 もしかして、そう言う目で見てほしいのか? ってなわけない。清楚な黒崎さんからしてみれば興味がないだけだろう。普段から色々と視線を向けられてる人だしな。

 その場に立ち止まっていると雫は渋々こう言った。

「お兄ちゃん、早く食べようよ」
「え、あぁ、そうだな。それじゃあ食べましょうかっ」

 そんなわけで、俺と雫、そして黒崎さんの初めてのホームパーティが幕を開けたのである。




 ピザパーティは順調に進み、いつの間にかめちゃくちゃ仲が良くなっていた雫と黒崎さんの独壇場になっていた。俺の方はというと、二人の会話を盗み聞ぎしながらボーっとピザを食らっていたわけだが、楽しそうに会話する二人をみて戻ってきた日常を秘かに噛み締める。

 結局、あの魔物の大量発生の根本的な原因はなんだったのか。どうしてあんなにも発生してしまうほどにBランクの迷宮区はそのままにされていたのか、そしてどうして早く気が付かなかったのか。

 俺はF級探索者でその辺の秘密を教えられるわけもないだろうけど、二人の笑顔を横にもの凄く不思議に感じていた。

「お兄ちゃん、さっきから話さないけどどうしたの?」
「えっ——あぁ、ごめんな。考え事」
「ふぅん。でも、せっかくツカサちゃんいるんだからもっと話しなよ?」
「そう、だな。黒崎さんはもともとどこら辺に住んでいたんだ?」
「え、それは——」

 ただ、この場で考えるのも二人に悪い。その間は考えるのをやめて会話を続けることにした。




「すぅ……すぅ……すぅ……っ」

 そして、ピザも食べ終わりパーティが終わる。楽しい時間はあっという間で黒崎さんも少し悲しそうにしていたが……ソファーですっかり寝息をついてる雫を二人で見つめていた。

「この子、本当に可愛いわねっ」
「ですよね。俺の自慢の妹なんで、可愛いのは当たり前ですけど、黒崎さんに負けず劣らずの美人ですよ」
「わ、私は別に美人じゃないわよっ」

 褒めると露骨に顔を真っ赤にさせて否定した。
 彼女がどう思っているのかはおいておいて、黒崎さんが美人なのは誰もが知っていることだった。

 長く煌びやかに輝く銀髪、純粋に光るエメラルドグリーン色の瞳。
 スタイルは完璧で胸も大きく、探索者の証ともいえる脚の筋肉。
 少し太い太ももがいい感じにムッチリっぽく見えて俺の好みにマッチしていた。

「ちょ、ちょっと——見ないでよ、そんなにっ」

 そんなことを考えているとどうやら俺は彼女の事を見つめていたらしく、黒崎さんはそっぽを向きながらぼそっと呟いた。

「あ、ごめんなさいっ。つい、見惚れてしまって……」
「見惚れっ————ば、馬鹿ねっ」
「あははは……」

 すると、照れ隠しの様に雫の頬を指で押しこむ黒崎さん。
 
「んんみゃぁ……すぅ……」

 雫の寝言に口元が緩んではにかんだ。
 でも、見つめるその瞳はなんだか悲しそうで、どこか物寂しさを感じる。

「あの、黒崎さんって兄妹とかいるんですか?」
「兄妹ね……」

 ふと質問をすると彼女は意味深に俯いた。
 ヤバい質問しちゃったかなと慌てて、言い直そうとするとつづけて呟いた。

「ほしいなって思っているけど、いないわね」
「あ、えと……」
「そんなに慌てなくても大丈夫よ、なんでもないから」
「そ、そうですか……ならよかったです」
「えぇ」

 どうやら俺の心配は特に問題はなかったようだ。
 ツンツンと触って満足したのか、黒崎さんは立ち上がり、俺の方を向いた。

「——それじゃあ、私は帰ろうかしらね。あんまり遅くまでいるとよくないし、明日も学校あるしね」
「泊ってもいいですけど……学校ありますもんね」
「う、うん。そうね。流石に帰るわ」

 さすがに、雫はいるとはいえ男女でお泊りは危ないよな。
 俺も我慢できるか分からないし。

「それと——お昼、一緒に食べれるかしら?」

 お昼?
 黒崎さんからのお誘いは珍しくて少し驚いた。

「いけますっ」
「じゃあ、そういうことで」
「あのっ、送った方がいいですか?」
「ううん。大丈夫。これでもS級探索者なんだからね」
「そ、そうです、よね……あははは」
「でも、気づかいは嬉しかったわ。ありがとう」

 そう言って荷物をまとめて玄関へ歩いていく。
 靴を履いて、扉を開いた。

「それじゃあ、ね」
「はい。また明日」

 手を振って、背中が見える。
 ふと見えた横顔に、俺の胸はボっと熱くなった気がした。
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