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最大のミス

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翌日。
今日のあたしのシフトは早番、修史さんは今日も開店から閉店までのシフト。
夕べは結局夜遅くまで資料に目を通していたらしい修史さんは、今朝はなんとなく疲れているように見えた。

「…大丈夫?」

さすがにちょっと心配になる。
だって、水曜日の定休日は休めているけど、それ以外はほとんどが仕事仕事だから。
あたしが心配して声をかけると、修史さんはいつも通りの様子で言った。

「ん、平気」
「あ、でも明日休みだったよね?」
「そう。でも店長の研修があるから本社に行く予定」
「え、そうなの」
「そう」

シフト上の休みは、こうやって研修やら会議で潰されるのは今じゃ修史さんは当たり前だ。
あたしはどうしても心配で、修史さんに言った。

「…引っ越す日は、大丈夫?」
「ああ、それは大丈夫。定休日だから完全に休みだし」
「じゃなくて、一日しか休みがないのに、引っ越しで予定潰しちゃって大丈夫?」
「…」

出来ればあたしは修史さんには一日ゆっくり休んでほしいな。
だって出張に行く前にまだ休みは二日くらいあるけれど、またそうやって会議とかで潰されそうだし。
あたしはそう思うと、言った。

「…引っ越しはもっと先でも良かったのに」

だけどあたしがそう言うと、修史さんが言う。

「それはだめ」
「何で?」
「鏡子のマンションのこともあるし、まぁ…(アユミと広喜くんのこともあるし)…色々あるじゃん」
「でもちょっと心配だな。無理しないでね」
「…」

あたしがそう言うと、修史さんはあたしの頭をぐしゃ、と撫でて言った。

「…ごめんね。心配ばっかかけて」
「そんなんじゃっ、」
「でも引っ越したら…」
「…?」
「……もうちょっと。もうちょっとだから」

修史さんは何かを言いかけて、でもやめて、何かを誤魔化した。
…何の話を言おうとしたんだろう?
だけどそう言う前に、修史さんが言った。

「じゃあ俺先行くね」
「ん、行ってらっしゃい」
「…今日、仕事終わったら鏡子は自分のマンションに戻るんだっけ」
「うん。今日だけね」

そしてそう話しながら玄関で見送ると、

「広喜くんには、気をつけてね」

修史さんが、心配そうにそう言った。

「…うん」
「チャイムが鳴っても簡単に出ちゃだめだよ」
「わかってるよ」

あたしは昨日広喜くんに送ったメッセージのミスに気付かずに、修史さんのその言葉に頷く。
戸締りはちゃんとするし、広喜くんが来るのは明後日って言ってたし。きっと大丈夫でしょ。
あたしは修史さんと少し言葉を交わすと、やがて修史さんを見送った。

「いってらっしゃい」
「いってきます」

…こういうのが、毎日当たり前になる日がきたらいいな。


…………


その日の夕方。
あたしは早番で仕事を終えて、店を後にする。
仕事の後に歩いて自分のマンションに帰るのは久しぶり。
今日も疲れたなー…。
でも修史さんはあたしよりもっと仕事がハードだから凄い。

今日は一晩だけ帰る予定だから、夕飯は作らなくてもいっか。
とりあえずコンビニに寄ってパスタを買って、その後はまた歩いて自分のマンションまでの道を急ぐ。
数分くらい歩いたらやがてマンションが見えてきて、あたしは周りを気にしながら、マンションの中に入った。
…まさか、広喜くんがいるわけないか。心配しすぎだな。

しかしその後、部屋に到着して、鍵を開けて中に入ると…それは起こった。
もうすっかり段ボール箱だらけになった部屋にカバンを置いて、ソファーに寝転がった…その時。

「…鏡子」
「っ、!?」

ふいにどこからか聞き覚えのある声が聞こえてきて、気が付いた頃にはもう遅かった。
いつのまにか広喜くんが合いカギを使って先に中に入ってきていて、慌ててソファーから起き上がろうとした瞬間、広喜くんがあたしのお腹のあたりに馬乗りになってきた。

「っ…あ、な、なんで…」
「…」
「明日来るんじゃ…なんで、」

あたしが震える声でそう言うと、広喜くんがあたしの両手首をソファーに押し付けて言う。

「…ほんっとお前抜けてるとこあるよな。合鍵、元カレに持たせたままなんてさ」
「…っ、」
「普通言う?ラインで、“明日の夜来る”とか」
「!!」
「恨むんなら昨日の自分を恨むんだな」

広喜くんはそう言うと、ようやく自分の失態に気が付いたあたしをあざ笑う。
思わず泣きそうになるけれど、でも泣くのは必至でこらえて、言った。

「…ひ、広喜くんの服なら、クローゼットの中だよ」
「んー、それも大事だけど、でも服は後ででいいや。とりあえず先にお前」

広喜くんはそう言うと、怯えたままのあたしに言葉を続けた。

「今付き合ってる彼氏と別れろ」
「!」
「鏡子に今すぐ俺のとこに来てほしい」
「っ、」
「この前言ったじゃん。俺今度こそ頑張るからさ。あいつのこと裏切ってよ」

広喜くんはそう言ってあたしの目を真剣に見つめる。
でも、出来ない。今はあたしには修史さんしか見えない。

「っ…退いてよ」
「やだ。鏡子が頷くまで退かない」
「あたし頷かないよ!広喜くんとはもう一緒にならない!」
「いいコにしてたらこのまま俺帰ってもいいのに?」
「!」

そう言われて、思わず心が揺らぐ。
もしかしたら頷かなければこのまま…なんて、広喜くんだったらありえなくもない。

「どうする?鏡子」
「~っ、」

広喜くんはあたしに問うと、怖いくらいの余裕の笑みを浮かべる。
その笑みを、思わずあたしはキッと睨みつけた。
でもわかってる。これはあたしにも非があること。
あたしはしばらく考えると、やがてを決意して口を開いた…。





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