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彼女の異変

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「大丈夫ですか?」
「え、」
「なんか、顔色悪くありません?」

あと1時間で閉店。と、いうところで、売り場でエリナちゃんにそう言われた。
今日の閉店作業は遅番で出勤のエリナちゃんと一緒。
つもりに積もった疲労を我慢してレジにいたら、エリナちゃんにそう声をかけられたのだ。
…やべ。俺何してんだ。
俺はそう思うと、何とか誤魔化して言う。

「や、ほら、北海道の出張控えてるから、考えること多くて」
「ああ、それでですか。でも一週間もあるから観光とか出来ないんですか?」
「あー…どうだろね?」
「お土産いっぱいほしいです!」
「や、遊びに行くんじゃないからね」

エリナちゃんのそんな言葉に、俺はそう言って笑う。
…何とか誤魔化せたかな。
俺はそう思うと、とりあえず売り場のチェックをするべくエリナちゃんから離れた。

でも確かに、開店から閉店までのオール勤務がこう何日も続けばさすがに疲労が凄い。
ただの社員ならまだそこまでじゃないかもしれないけど、その上に大きな責任や出張も控えてるし、最近は本当にマンションで一緒に暮らしている鏡子が唯一の癒しだ。
…その癒しに今、大きな悲劇が起こっているとも全く知るはずもなく、俺は静かな店内で少しずつ閉店の準備を始めた。


…………


閉店後。
エリナちゃんが帰ったのを確認して、俺は店内の最終チェックをする。
会社の裏口の鍵を締めて、だけど帰る前に一旦たばこを取り出した。
たばこにライターをつけて、何気なく腕時計に目をやる。
…時刻は19時半近く。鏡子は平気かな。
本当は今日も会って一緒にいたいけれど(何より心配だし)、会いに行ったら行ったで今度は俺が帰らないかもしれない。

…ま、いいや。会いに行こ。
そう思ってスマホを取り出すと、画面には1時間ほど前に着信の通知が来ていた。
あれ…鏡子からだ。
それに気づいた俺は、少し嫌な予感がしてすぐに電話をかける。

「……」

…だけど、いくら待っても繋がらない。
タイミングが悪かったのか?
俺はたばこの火を消すと、すぐに車に乗って鏡子のマンションに向かった。

鏡子から着信があったのは一回だけ。
何もなければいいけどな。
そう思いながら車を走らせることほんの数分くらい。
マンションにはすぐに到着して、車から降りるとエレベーターで鏡子の部屋まで上がった。

…確か、ここだっけか。
前にも一度来た番号を思い出して、やがて部屋の前に到着する。
インターホンを一度鳴らして待ってみたけど鏡子は出てこなくて、もう一度鳴らして待ってみても結果は同じ。
不思議に思った俺はドアノブを回してみると鍵はかけられていなくて、玄関や廊下の電気も点いていた。

「鏡子?」

…鍵、かかってないとかスゲー不用心だな。
とりあえず中に入って奥に進むけど、鏡子はリビングにもいない。
その他お風呂場やトイレ、寝室も見てみたけど、何故かどこにも鏡子の姿はない。
…どこかに出かけた?コンビニとか?…すぐ戻ってくるかな。
だけど何だか嫌な予感はおさまらなくて、俺は再度鏡子の番号に電話を掛ける。

「……」

だけど、結果は同じ。繋がらない。
仕方ない。探しに行くか。
もしかしたら心配しすぎなのかもしれないけど、俺はとりあえず近くのコンビニから探してみることにした。

マンションの近くにある数軒のコンビニ、公園、スーパー、本屋…。
とにかく色んな場所を探し回る。
だけど、玄関の鍵が開いていて、電気も点けっぱなしということは、たぶんすぐ戻るつもりでちょっと出かけたんだろう。普通なら。
鏡子のマンションを出てから散々探し回ったけれど、それでも鏡子はどこにもいなくて、一旦鏡子の部屋に戻ってみても鏡子の姿は無く、その後電話をかけてみても彼女は出なかった。
…くっそ。どこにいんだよ。

とりあえず鏡子のマンションの電気を消して、合鍵は持ってないからそのままドアを閉めて車に戻る。
納得がいかないなか一旦自分のマンションに車を走らせると、そこに到着した時、俺は目を疑った。
マンションの入り口に、鏡子らしき女のコがいる…。
まさかのその姿に、俺は車をいつもの場所に停めると、鏡子がいるところに急いだ。
まさか、俺のマンションにいるとは思わなくて。
その上、同時にこうも考える。
鏡子には合鍵を渡している。何で中に入らないんだろう。
不思議に思いながら鏡子のそばに駆け寄ると、俺は鏡子に声をかけた。

「鏡子!」
「!」

そして、「ここで何してるの」と言いかけて、だけど、俺はその言葉を飲み込んだ。
近くに寄った鏡子は、何故か目いっぱいに涙を浮かべていて、体が少し震えていたから。

「…修史さん」

俺の名前を呟く鏡子の声も、震えている。
どうしたの、なんて言えない。さっきからずっとある「嫌な予感」はだんだん大きくなっていく。
俺が言葉を失っていると、先に鏡子が言った。

「…ごめんなさい」
「…え」
「修史さん、あたしと…別れて下さい」
「!」

鏡子は震える声で一言そう言うと、言葉とは裏腹にぽろぽろと涙をこぼす。
そして、俺に手渡すのは俺のマンションの合鍵。
その手も、震えていて。
そんな鏡子の言葉に、俺も絞り出すように鏡子に言った。

「な、んで…意味がわかんね、」
「ごめ、なさいっ…あたしが、悪いのっ…」
「…?」
「あたしと、別れてっ…修史さんっ…」

鏡子はそう言うと、本音は逆なのか、わんわん泣き出すから。
一方、鏡子に何があったのか、はっきりとはわからない俺は、鏡子の前でただただ混乱するしかない。

「…俺離さないって言ったじゃん」
「~っ、」
「鏡子がもう嫌って言っても、俺は離してやんないって」

『もし鏡子ちゃんがもう嫌って言っても、絶対離してやんないよ、俺』

俺がそう言うと、鏡子はより泣き崩れて、俺に言った。

「ごめんなさいっ…」
「いいから、ちょっと落ち着いて。ね?」

俺はそんな彼女の肩を、とりあえず両手で支える。
だけど鏡子は、止まらない。

「修史さんっ…ごめ、なさっ…」
「…、」

止まらないから、とにかく謝ってくる鏡子に、俺は問いかけた。

「…どした?鏡子何があったの、」

しかし、俺がそう問いかけても、鏡子はただただ謝りながら泣くだけ。

「ごめんなさいっ…修史さんっ…」
「…」

でも…この感じ、俺、知ってる。
そうやって気が付いた時にはもう、手遅れだった。
一生懸命こうならないように守ってきたはずが、結局俺は鏡子を泣かせてしまった。
俺は現実でも、ただただ泣きじゃくる鏡子を抱きしめることしかできなかった。

それは、昔夢で見た悪夢の光景そのものだった。






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