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浮気現場を押さえにいくよ!

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「…………怪しい」

僕は真央ちゃんが振り返った時咄嗟にポケットへと押し込んだスマホを取り出す。

プルルルルと言う音が真央ちゃんの部屋と廊下に響く。
プとコール音が消えて、漸くかかった。

「千景が俺に電話するとは思わなかったぞ」
「開口一番に言う?」

僕はその言葉を鼻で笑ってあげるんだ。
認めてはいるけど気に食わない。
これはお互いが思っていることだろう。


「まあいいけど。俊介、真央ちゃんの浮気現場押さえに行くよ!」

暫くの沈黙後、「はぁ!?」という俊介のかつて聞いたことのない素っ頓狂な声に僕は満足して家に来いと命令するのだった。



「遅い。もう十五分も経ってるんだけど!?」
「十分弱で出てきたんだから早いだろ。電話かかってきてから起きたんだよ」

確かに普通なら早いと言えるだろう。
しかし、真央ちゃんはとっくに家を出ているんだ。
既に浮気相手と会って、会話を始めているかもしれないんだから、十五分は遅い。

「喧嘩?」
「ああ」

軽く頷かれて僕は驚く。
僕は、俊介は何も執着できるものがなくて一番楽でちょっとは楽しいからという理由で喧嘩行なっているんだと思っていたから。

(普通に喧嘩が好きでもあるのか)

初めて知った。
別に知れなくてもよかった。


「つーか真央が浮気ってなんだよ」
「それは僕もわかんない!」
「は?おめえ言い出した張本人だろ」

凄まれても僕には効かないから意味がない。

「早く真央ちゃんを追いかけるよ!」
「場所分かるのかよ」
「勿論。真央ちゃんのスマホには見守り機能をいれてるからね」
「見守り機能。…………GPS」

俊介が言い方よくしても内容はよくねぇよなんて呟いているけどさらりと流す。

「本人公認か?」
「んなわけないでしょ。真央ちゃん絶対嫌がるじゃん」
「だろうな。俺もついてたらこえぇって思うわ」
「うん、僕もつけたくない」

ならつけるなよ、という視線ももらうけどかわす。


「だって心配でしよ?家族満場一致でナイショで入れたんだよ」
「おめえの家族おかしいぞ」
「イコール真央ちゃんの家族おかしいってなってもいいならどうぞ」
「………………おめえの家族はおかしくねぇぞ」

とても葛藤してるんだとわかるほど苦しげに言われる。

「あははっ!」

腹を抱えて思いっきり笑ってやった。





僕達はジーピ……見守り機能を活用して真央ちゃんを追った。
尾行とも言う。

俊介がずっと顰めっ面だから悪目立ちして仕方がないだろうに、僕達がイケメンだというだけで不審者には見られないのだから世の人々というのは世話がない。

(ま、楽だけど)


そう思いながら見た真央ちゃんの浮気相手の顔は、僕のチームの幹部であるトーヤだった。

(は?何真央ちゃんと普通の友達みたく喋ってるの?)

僕は青筋が浮かぶのを感じる。


「……あ?見たことあるきぃする」
「だろうね。僕のトコの幹部だよ」
「ああ」

トーヤはそこまで印象が薄いだろうか。

とりあえず真央ちゃんに見つからない内にと席に座る。
勿論真央ちゃんの背が見える位置に。
トーヤにはバレようが、真央ちゃんに言わないんだったらかまわない。

「トーヤってさ、オタクなんだよ。だからそっち系の話をたまに真央ちゃんとするくらいなら、赤の他人が真央ちゃんと喋るよりはいいかなって思ってたんだよ」

僕は片手で机を叩く仕草を、片手で真央ちゃん達を指差して小声で叫ぶ。

「でもあれってどう考えても普通の仲良い友達の図じゃん!?」

即座に頷かれる。
同意がもらえたようで結構。


しかし、トーヤが真央ちゃんの友達になることを反対しなかったのは僕で、今更ころっと真央ちゃん相手に意見を変えるわけにはいかない。

僕は不貞腐れながらレシートのQRコードを読み取り、メニューを開く。

(真央ちゃんのはどれだ?)

真央ちゃんの背後のため少ししか見えない料理を必死にメニューから探し当てる。

せめて同じものが食べられなきゃやってらんないよ。

デザートもセットにできるらしく、真央ちゃんは大の甘党だから絶対頼むと思って、僕は真央ちゃんの好きそうなものを選ぶ。



会話があまり聞こえない。

二人とも声が大きくないから話があまり聞こえてこない上に、話の推測ができないからさらに僕は苛立つ。

オタク用語やら作品の題名やらキャラ名やらでついていけないのだ。
僕も真央ちゃんに語られていたことに加えその殆どを覚えているのに、だ。

(真央ちゃんが僕の知らない内容で盛り上がってるんだと思うとなんかヤダ)


気持ちを少しでも落ち着かせるために、さっき来たブラックのコーヒーに手をつける。
そして一口飲んだところで俊介が目に入り気がつく。

僕と俊介は同じものを飲んでいるのだと。

途端に美味しかったコーヒーが不味くなる。

「何で一緒なの」
「こっちのセリフだ」

お互いに眉を顰めあい、いつも以上の険悪度になるが真央ちゃんに気づかれるわけにはいかないからお互い加減して、険悪な雰囲気が薄れる。


ここで嫌な予感は既にしていた。

けど僕はそうなってほしくなくて、その予感に見て見ぬふりをしていたんだ。
きっと俊介も。


しばらくして運ばれてきたランチは、見事に被っていた。

「「…………」」

僕達は何も喋ることなく黙々と食べ進める。

(サイアクだ。真央ちゃんと一緒なのは嬉しいけど、席的にコイツと同じって認識されてるよね。ホント嬉しくない。何で同じの頼むのさ!)

いや、原因はわかってる。
俊介も真央ちゃんと同じものにしたから被っているのだと。
俊介のことなんて全く考慮に入れていなかった僕のミスだ。



僕がまだロコモコを食べている中、真央ちゃん達はもうデザートがきた。

そして僕の予想が当たり、真央ちゃんと僕はデザートまでお揃いが確定したことで少しだけ気分が浮上する。

しかしここでやってきた店員に目を向けたことで、その後ろにいる僕達にトーヤが気がついた。
それは別にいい。
でも。

(真央ちゃんは絶対こっち向かないで!!)

念を送るが、それも伝わると良くないのかもしれないと思って無心でいるよう心がけた。


店員が去り、真央ちゃん達が会話にまた集中してきた頃、俊介が呆れたように言う。

「おまえ、何で急にすんと真顔になってんだよ」
「そりゃあ真央ちゃんに気づかれないために決まってるでしょ」
「アホ」
「は俊介だから」

鼻で笑われた。


むかついたから脚をテーブルの下で蹴ろうとしたがかわされ、かわした勢いのまま逆に僕を蹴ろうとしてくる。
僕もサッとかわしたけど、本気でなかったにせよ俊介にかわされたという事実が気に入らない。

僕は俊介のつま先を踏もうとしたけどまたも寸前でかわされ、好機とばかりにかわした方とは反対の足でつま先を踏まれそうになり、急いで足を引っ込める。

舌打ちをしてしまいそうになり、でも真央ちゃんに聞こえちゃいけないと寸前で我慢する。

そんな僕の様子にまた俊介が鼻で笑う。

(シンプルにムカつく。けど耐えぬくんだ僕!)

青筋が出るほど、拳を机の下で固く握る。



店員が近づいてくる気配で僕は即座に作り笑顔を浮かべ、和やかに話の途中です感を醸し出す。

真央ちゃんと一緒であるデザートが置かれ、紛い物ではない本当の笑顔を浮かべる。

「ありがとうございます」

店員はにこやかにぺこりと頭を下げて去る。

「おまえ器用な」
「そうだよ、俊介に比べてめちゃくちゃ器用なんだからね!」

嫌がらせでえへんと可愛く胸を張ってやる。

「可愛くねぇからやめろ」

即座に切り捨てられた。


僕達の一連の動作を見ていたらしいトーヤの視線は完全に不審さが込められている。
それでも真央ちゃんに何も言わないのは、僕が途中で口に指を添える仕草で言うなと牽制したせいだろう。
その時少し目を輝かせていた気がするから、ネタも提供できたようだ。






カフェを出る最後まで、真央ちゃんは僕達に気が付かなかった。
それはよかった。
少しでも僕に対する感情で負を持たれるのは嫌だから。

でも真央ちゃんとトーヤは二時間も楽しそうに僕の知らない話をしていたのかと思うと、沸々とねちっこくてドス黒い負の感情や嫉妬が湧く。


デザートを食べ終えたらもう用無しなこの店は直ぐに出て、近くの公園にいるトーヤの元へ。

二人が店を出てすぐ、トーヤからLINEがきたんだ。


「何故、と尋ねても?」
「そんなの真央ちゃんが心配だったからに決まってるじゃん」
「心配は消えた?」
「全然?むしろ増えたよ」

トーヤから呆れたような眼差しが向けられる。
今日はそんな視線ばかりだなとどうでもいいことを思う。

「だから、真央ちゃんとは弁えた友達でいてね」
「…………」
「返事は?」
「はいはい」

ため息と共に返事が返される。


そしてもう用はないと言わんばかりに無言で踵を返される。

「おまえんとこの幹部でさえ呆れてんぞ」
「俊介も一緒にね」

なんとなくトーヤの後ろ姿を見送りながらちらりと俊介を盗み見ると、撫然とした表情をしている。

「俺は連れてこられただけだぞ」
「でも真央ちゃんの浮気相手が気になって大人しく連れてこられたのは俊介でしょ」

ダンマリな俊介に、僕は今日一番の爽快さを感じていた。
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