天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第20章 渦紋を描く

16.気の弱い裏切り者(2)

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■■■前書き■■■
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今回は第三者視点でのお話です。
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「なんだこれは?あれ、いない?」

ジェマの街の眼前にある迷いの森に入ると、速いスピードで駆けていた馬が、急に歩く速度を落とし、やがて完全に止まった。御者の呟きが聞こえたユオシは、馬車の四方にあるカーテンを引いた小窓のうち、御者の背後が見える小窓を少し開けた。


「一体どうした?」
「ヘビガラスの大群に取り囲まれておりまして。馬が怖がって動かなくなってしまいました」

様子を確認しようと他の3つの小窓のカーテンも開けてみたが、魔力の光が照らすのは木々の幹だけで、その周囲は闇に飲まれて全く見えない。しかし、無数の何かにジッと見られているような異様な空気を感じた。
 

「ラージュ様達に対処をお願いしなさい」
「それが、いつの間にか姿が見えなくなっておりまして…。ひとまず私が追い払ってきますので、お待ち下さい」

青いローブを羽織り、歩いて行った御者を見ようと前方の小窓を見ていると、魔法で起きた風に追い払われた鳥達が、バサバサと羽音を立てながら逃げ惑いはじめた。四方八方から聞こえる無数の羽音が気になって、四方向の窓を順に巡るようにして周囲を見ていると、馬車の後方から魔力の光を手に持った誰かが近づいてくるのが見えた。ラージュ様が来たのだろう、これで一安心だと思っていると、次第に見えてきた見覚えのある顔に驚愕した。
茶色の髪をサラサラと靡かせ、目の覚めるような美丈夫が無表情で抜き身の剣を握っている。エメラルドのような深い緑の目がこちらを見据えている姿を見て、断罪のために現れたのだと悟った。


「ジェ、ジェネルド様っ…!ち、違う。違うのです。私は、私はローズ様の傀儡と言われ、除け者にされるのが辛かったのです。そんな時、あの人達からシェニカ様の話をするだけで、ローズ様から離れた国の首都で神官長になる手助けをすると言われて…!
ダーファスにいる限り、神官長の会議に出席しても、私はただローズ様の意向を伝えるだけの存在だからと孤立して、不憫に思われて、嗤われて…。ローズ様の顔色を窺い続ける毎日に耐えられなかったのです!」

窓ガラス越しにそう叫んだ瞬間、「ぎゃぁぁぁ」というヘビガラスの鳴き声があちこちから聞こえ、馬車がガタンと大きく揺れた。馬は悲鳴のような鳴き声に驚いたようで、大きくいななくと急に動き出した。ガタガタ震えながら後方の窓を再度覗くと、ジェネルドの姿は見えなくなっていたが、道のない森の中を疾走していた。


「うわぁぁぁぁ!」

座席から放り出されるような強い揺れと衝撃を感じた時、馬と馬車を繋ぐ部品が一気に外れ、制御不能となった馬車は大きな音を立てて岩にぶつかり、横転して止まった。


「う…ぅ。一体何が起こったのだ」

魔力の光を生み出し、あちこちを打撲した状態で馬車の外に這い出ると、そこは真っ暗な森の中で、枯れ葉が積もった地面に道はなく、逃げ出した馬も見えず、ユオシを除いて誰もいなかった。大きな怪我はしなかったが、強打して痛めた右足をかばうようにして歩かなければならない状態であった。


「このわだちを辿れば元に戻れる…。まったくとんだ災難だ。どうして私ばかりこんな目に…」

ブツブツと文句を言いつつ、痛む右足を引きずるように歩いているから気付いていないが、彼のすぐ後ろの木の枝からボトリ、ボトリといくつもの音を立てて何かが落ちている。それは、枯葉の下をくぐりながら、着実に白い神官服を着た男に忍び寄った。


「ここにもヘビガラスか。なんと不吉な」

いつの間にか周囲の木々に集まっていた無数のヘビガラスは、鳴き声はあげないものの、上からユオシをジッと見つめて異様な存在感を出している。その空気に身震いをしたユオシが足を止めている間、地面から這い寄る物は距離を詰め、ユオシのブーツから器用に這い上がり、頭の方へと向かっている。重さなどの違和感を感じるはずなのに、ユオシは周囲の異様な空気のせいかまったく気付いていない。


「ユオシ様!ユオシ様、ご無事ですか?」
「ここだ!ここにいる!」

車輪の痕跡を辿ってきたのか、大声を張り上げる御者の声が聞こえ、遠くから近づいてくる小さな光が見えた。ユオシがホッと安心の溜息を吐くと、不意に背中と頭に違和感を覚えた。不思議に思いながら頭に手を置くと、嫌に冷たい感触がする。それを掴んで目の前に手を持っていくと。


「へ、蛇っ!!」

ユオシの裏返った大きな声と、木に向かって投げつけられた蛇に驚いた周囲のヘビガラスは、一斉に飛び立つとユオシの頭や背中、足元から這い上がってきている無数の蛇に襲いかかってきた。
 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

ヘビガラスがユオシを取り囲んで身体についた蛇を襲い始めたが、背中に居た蛇達は逃げ惑っているのか、服だけでなく、耳や口、鼻の中にまで無理矢理入ってくる。それをヘビガラスは容赦なく鋭い嘴でつつくのだが、うねる蛇のせいで嘴は蛇ではなく、その下のユオシの皮膚を遠慮なく傷つける。
我先にと蛇をつつくヘビガラスは、ユオシの必死の抵抗など物ともせずに襲いかかった。


「ユオシ様!今、お助けします!」

御者はユオシを助けようと鞘に入れたままの剣を振り回すが、ヘビガラスは叩き落されたり息の根を止められても、次々に現れる。地面に倒れたユオシのくぐもった絶叫が響く中、御者が手でヘビガラスを剥ぎ取って行くと、ユオシの顔は目玉は抉られ、顔中穴だらけで血が溢れた状態になっていた。そしてくぐもった音を出す場所には、ヘビガラスの羽と舌の残骸が見えた。


「ユ、ユオシ様…」

あまりの惨状に御者が腰を抜かすと、再びユオシにヘビガラスが群がった。呆然とする御者の後ろから炎の矢が飛んできて、ヘビガラスの塊に直撃した。


「大丈夫ですか!? ユオシ様はどこですか?」

絶句した御者は、息を切らして走ってきたラージュに眼前で燃え盛る炎を指差した。


「あ、あそこに…。ユオシ様はヘビガラスに襲われて…」
「え!ユオシ様っ!」

ラージュが慌てて氷の魔法を放って炎を消すと、そこにはヘビガラスの焼け焦げた無数の死骸と、手遅れだと分かる黒焦げの人型の塊があった。もう手の施しようのない状態にも関わらず、辛うじて息をしている真っ黒焦げのユオシは、小さな声で呻いていた。


「ユオシ様、ユオシ様!」

副官が黒焦げのユオシを肩を掴むと、言葉にならない呻き声を出して動きを止めた。2人がそんな様子に呆然としていると、後方からいくつもの魔力の光が見えた。はぐれた兵士たちが来たのだと思っていた2人だったが、近付いてきたのは真っ黒のマントを身につけ、無表情でボソボソと呟きながら歩くジェマの住民達であった。御者と副官が異様な空気に圧倒されていると、その集団の中から杖をついた老人が歩いてきて、黒焦げのユオシを確認した。


「番人様は裏切り者に死をお与えになった。明日生贄を捧げねば」
「い、生贄?一体どういう…」

声を絞り出した副官に、老人は冷たい視線を向けた。


「番人様は不幸をもたらす者を追い払い、裏切り者には死をお与えになる。番人様がお役目を果たした時、我々は生贄を捧げるのだ」

住民達は静かに去って行ったが、御者と副官は圧倒されたまま動けずにいた。



翌朝。ローズの部屋には真っ黒のマントで身を隠し、黒のヴェールで頭部を隠した一行がやってきた。一行の中でも格がある老人は、昨晩迷いの森でネドアニアの神官長がヘビガラスに襲われて死亡したこと、ヘビガラスへの感謝の儀式をするため、生贄となる蛇か金を寄付してほしいと話してきた。話を聞いたローズは、シャオムに金が詰まった革袋を5つ持って来させた。


「ご寄付をありがとうございます」
「番人様には感謝をお伝え下さい」

一行が部屋を静かに立ち去った後、シャオムが窓の外を眺めていると、真っ黒なマントとヴェールを身に付けた住民達が、周囲の宿や店に出入りしては、同じように寄付を集めているのを見た。また、近くにある領主の屋敷からは、黒のマントとヴェールを身につけた子ども達が、無数の蛇が入った鉄製の網籠を運び出し、迷いの森に向かって行く姿も見えた。
路地を歩いている傭兵や兵士たちは気味悪がり、足早に建物に入って窓から外の様子を窺っている。そんな異様な様子を見て、シャオムは昨晩ネドアニアの王太子と筆頭将軍がローズを訪ねてきた時のことを思い出し、優雅に茶を飲む背中に声をかけた。


「ネドアニア王太子殿下は、ローズ様の何も知らないという説明に渋々納得した様子でしたが、ユオシ様はかなりの錯乱状態だったそうですから、幻惑蝶の影響があったのではないでしょうか」

「気が動転した様子で馬車に逃げ込んだのは私から問い詰められた結果でしょうが、あの鱗粉に蛇とヘビガラスを呼び寄せる効果なんてありません。ゼドットによれば、迷いの森の蛇は白いものに集まる習性があるということなので、ユオシは神官服でウロウロしていたんでしょう。こうなったのは、ただの偶然とユオシの日頃の行いが悪かっただけですよ。
こうならずとも、ジェネルド殿が手を下していましたから、そのうち死んでいたでしょうよ」

「高額の寄付をされたのは、ヘビガラスが代わりに殺してくれたからですか?」

「旅の目的を果たしてくれたのです。対価は惜しんではなりませんよ」

「ユオシ様を断罪することが旅の目的だったのですか?」

「シェニカと会うことも目的でしたよ。さて、ダーファスに戻りましょうかね」

「では、これからルニットを迎えに行きますか?」

「あの子は正式に弟子になりましたから、準備が出来たら迎えに行きます。今は私たちだけで帰国します」

「準備?」

「まぁ、楽しみにしておいてください」

音にならないため息を吐いたシャオムは、帰国の準備を伝えために扉の外に出た。
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