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しおりを挟む「自分の心が決まったら教えて。もう一度言うけど、これが最後よ。バーチェル国へ帰る手助けをするのはこの一度だけ。もし今後やっぱりバーチェル国へ帰りたいと思ったのなら国境を超えて自分で帰りなさい。
たくさん悩んでほしい、それは本心よ。それでも期間は設けるわ。1ヶ月、1ヶ月間悩んで納得する答えを見つけなさい」
私は彼等の前から少し離れ、カイン小隊長と話をする。
「小隊長、申し訳ないのですが、辺境伯に急ぎお手紙を届けて頂きたいのですが」
「分かりました」
私はシャルクから紙とペンを受け取り手紙を書いた。
こちらは女性は私とニーナしかいない。孤児院の子供達のお世話をする女性がいない。辺境の街で募集するにも辺境伯へ一度声をかけた方がいい。辺境伯の許可が出たらダグラスさんに頼もうと思う。
『ではこれを』手紙を渡すと騎士の一人が馬でかけていった。
「ねぇ僕、中を見させてもらってもいい?」
私は男の子に声をかけた。
「ジルだ」
「そう、ならジル、中を案内してほしいんだけどいいかしら」
ジルは何も言わず建物へ歩き出した。これは『付いて来い』でいいわよね?
建物の中に入り見渡す。
「貴方達のお世話をしていた人は何人いたの?」
「2人」
「女性?男性?」
「男」
「2人とも?」
ジルは頷いた。
「食事や洗濯、掃除とかはどうしていたの?それにまだ小さい子もいるわ、その子達のお世話は?服だって湯浴みだってお世話が必要でしょう?」
「自分達でやっていたに決まってるだろ」
だから建物の中は最低限の家具しかないのね。それに無造作に積まれた服の山。
シャルクの報告では男性一人でお世話をしていると書いてあった。シャルクも男性一人しか見ていないと。きっと対応していたのは一人の男性だけ。シャルクが毎度通されただろう部屋、その部屋だけ異様に綺麗。使い古された家具ではあるけど、それでも部屋と言える。机や椅子、本棚、ソファーに絵も飾ってある。
それに比べ子供達は数人で一部屋を使っている。ベッドではなく布団を敷きその上で寝ると言った。
本一冊すらない。あるのは外に無造作に置かれた木刀だけ。でもそうね、孤児院は基本寄付。本や玩具は貴族の寄付。寄付する者がいなければわざわざ購入はしない。国からの支援は食材など子供達が最低限の生活をおくる為に使われる。
見た所痩せ細った子はいない。繕いながらも破れた服をそのまま着ている子もいない。皆で協力しながら暮らしていたのが分かる。
「ジル、貴方の年齢なら字は読めるの?」
「俺は2年前にここに来たから」
「2年前?」
「父さんが死んで母さんも死んだ」
「そう…」
平民は親が文字の読み書きを教える。お金の使い方、買い物の仕方、生活する中で教えていく。
「なら元々ここで暮らしていた子達はどう?」
「あいつらは…」
教える大人がいなければ覚える術もない。言葉は耳で聞いて覚えられても、文字を見る機会がなければ文字に興味もわかない。そういう意味ではここは遮断している。知識というものを。
「だと働くのも大変ね」
「そこは俺も分かんねぇ。俺もここではよそ者だから。でも、」
男の子は辺りをキョロキョロと見渡している。
「たまに女の人が来て女の子達はどこかの部屋に連れて行かれる。それに気づいたら男の子達もどこかに行ってるんだ。一緒に付いて行こうとしたら俺は止められた」
「何をしていたのか聞いた事は?」
「孤児院には12歳までしかいられない。働く為の訓練だと言っていた」
働く為の訓練ね…。何の訓練をしていたのかしら。
「小さい子達もどこかに連れて行かれていたの?」
「5歳のマリーがこの前初めて連れて行かれた」
「へぇ…」
マリーちゃんね。何をしていたのかしら。
「5歳になったら訓練を受けるのね」
「それがそうでもない」
「どういう事?」
「俺も詳しくは知らないけど、ここに暮らしていても皆が皆じゃない。連れて行かれる子と連れて行かれない子がいる」
「その違いは?」
「分かんねぇ。でも、あの赤ん坊は一昨日ここに連れてこられた。その時先生が言っていたんだ。『赤ん坊なんかもうここに連れて来るな。あっちに連れて行け』って」
先生と呼ばれる人はきっとシャルクと対応した男性。赤子を連れて来たのはきっともう一人の男性かたまに来る女性?もしくはまた別人?
「マリーちゃんは赤ん坊の時からここで暮らしているのかしら」
「俺が入る前だから詳しくは知らない。ただここは男の子にはルト女の子にはリーが付く子が多いんだ。たまに名前を間違える」
「男の子ならアルトとかクルトとかそんな感じ?」
ジルは『うんうん』と顔を立てに振った。
「なら女の子ならリリーとかエリーとか?」
「そうそう。マリーでもエリーでもよくある名前っちゃあよくある名前だけどさ」
そうね、よくある名前。でも同じ孤児院に何人もルトやリーが付く名前の子が多いのは変。
孤児院には親を亡くし入る子と親に捨てられ入る子がいる。親に捨てられる子のほとんどが赤子の頃。赤子の時に捨てられた子は孤児院で名前をつける。
赤子を買っていた?
でも赤子にはお乳が必要だわ。そのお乳は誰が?
ここの孤児院は何か異様。エーネ国の孤児院と比べると、だけど。でもバーチェル国ではこの異様さが当たり前だったのかもしれない。
子供達のお世話をするのが男性なのも、よくある名前だとしてもまるで区別しているみたい。
まぁ、それも子供達が教えてくれるわね。
応援ありがとうございます!
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