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見捨てない人
しおりを挟む辺境での生活も慣れてきた。
殿下は殿下で、私は私で、今は別々に行動している。
殿下が矢面に立たないように地盤もできた。私の協力もここまで。後は殿下一人でも大丈夫。
後は…、
「奥様、旦那様が動きました」
天幕の外からシャルクは声をかけた。
私は天幕から外に出た。心配そうに見つめているニーナ。
「ありがとう。シャルクはニーナの側に居てあげてね」
『お気をつけて』と見送られ私はリーストファー様の後を追う。
「お供します」
「リックも悪いわね」
「こんな時間に一人で行かせる方が心配です」
今は皆が寝静まった夜更け。
私の天幕の隣にはリーストファー様とシャルクの天幕。私の天幕を囲うように公爵家の騎士達の天幕。
リーストファー様はシャルクと同じ天幕で領地の現状を聞いている。剣しか持ってこなかったリーストファー様にとって領地経営は素人。今は毎晩シャルクに教えてもらい勉学中。
当主と執事、今後二人には信頼関係が必要となる。同じ天幕で一緒に過ごし会話をする。初めて会う二人には二人きりの時間が必要。互いを信頼する為にも。
同じ天幕で寝起きしていれば、相手が外に出て行く事にも気づく。
ある日シャルクに言われた。
『皆が寝静まると旦那様はお一人でどこかへ行かれます。時間にしてそんなに長く空ける訳ではありませんが』
私はその話を聞いて一度後をつけた。
『ルイス、俺はお前が赦せない。俺の妻の首を締めた事を赦すつもりはない。だがなお前が処刑されればいいと思っている訳でもない。
なぁルイス、お前は態度を改めろ。お前は誰に何をしたかもう一度考えろ』
何も話そうとしないルイス様にリーストファー様はこうして説得をしている。
私も処刑を望んでいる訳ではない。
『お前だって分かっているんだろ?リースティンが誰の子か、レティーが今も誰を思っているのか、お前は分かっていて見て見ぬ振りをしている。どうしてそこまでこだわる。俺とレティーを夫婦にして何がしたいんだ。人の心はそんな簡単には変えられない。お前が何を望もうと、俺はミシェルを愛しているし、レティーは今もテオンを愛している。
ルイス、人は反省しやり直す事が出来る。俺はお前がやり直すと信じているからな』
頑ななルイス様の心の内は分からない。それでも貴方を見捨てない人がここに一人いるという事を忘れないでほしい。
リーストファー様まで邪険に扱うのは止めて欲しい。
小隊長に聞けば、辺境隊でルイス様を擁護する者はいないと言う。
牢屋に入り、自分達が謀反を起こしていたと知った。騎士達は謀反を起こすという事がどれだけ重罪か知っている。辺境を護る辺境隊は王宮軍と同様、国の抑止力。
我等は止める方であり止められる方ではない。
己で己の誇りを穢した。悔い改めた者は牢屋から出て行き、今は初心にかえり稽古に励んでいると聞く。
今牢屋にはルイス様一人しかいない。
「黙ってないで何か言えよ」
牢屋の外まで聞こえるリーストファー様の大きな声。
「なぁリーストファー、俺の最後の頼みだ。レティーの夫になりリースティンの父親になってくれ」
「だからそれは無理だと何度も言っているだろ。俺には妻がいる。俺はミシェルしか愛せない」
「貴族に愛なんていらないだろ。お前の親が愛し合う夫婦か?お前は親に愛されたのか?」
「そういう貴族もいる。だが俺は違う」
「愛人でいいじゃないか」
「愛人って、お前な、愛人は日陰者なんだぞ、分かっているのか。そもそも俺は妻一筋だ。愛人を囲う趣味はない。
なぁルイス、仮にだ、もし俺がレティーを愛人にするとしよう。愛してもいない愛人を誰が囲う。愛してもいない愛人に割く時間はない。無駄な金を使うつもりもない。レティーを愛人にする利点がない。
ならリースティンか?リースティンは可愛いとは思うが、俺は俺の子供しか愛さない。慈しみ可愛がるのは自分の子供だけだ」
「愛人にするのをあの女にすればいいだろ」
「どうして妻を愛人にしないといけない。ふざけるのもいい加減にしろ」
ガシャンと大きな音が外の私にも聞こえた。ここからは中の様子は見えない。
リーストファー様に叱られてもいい、そう覚悟を決めて私は中に入ろうと一歩足を出した。
「頼むよリーストファー、レティーを妻にしてやってくれ。そしたらレティーは貴族でいられる。愛せなんて言わない、お前の愛はあの女のものだ、それでいい。だから頼むよ、レティーをまた貴族に戻してやってほしい」
ルイス様の声に私の足は止まった。
『ああ、そういう事ね』と思わず納得してしまった。
レティアナ様は元男爵令嬢。望んで平民になったとはいえ、貴族令嬢が平民になるのには相応の覚悟がいる。
今はメイドとして働き、エレンさんと一緒にリースティン君を育てている。私には生き生きしているように見えた。
それでもきっと街で暮らしていた頃は違ったのだろう。金銭的援助はリーストファー様がしていても『心』、誰も頼れる人がいない街で、一人で出産し赤子を育てるレティアナ様は窶れていたのだろう。
お腹の子を、テオン様との子を守る為に望んで平民になった。そこに後悔はなくても、貴族令嬢が一人で暮らす、その苦労は目に見えてわかる。
心の拠り所、気丈に振る舞っていても知らず知らずに言葉に態度に出ていたのかもしれない。『誰か助けて』と。
でもそれはルイス様でも良かったはず。
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