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友人として
しおりを挟む「眠れませんか?」
私の声に殿下は振り返った。
「ミシェルか…、少しな」
殿下は羽織っていた上着を地面に広げ、私はその上に座った。
「皮肉なもんだな」
「なにがです?」
「婚約中はこうしてゆっくり過ごす時間はなかった」
「確かにそうですね…。あの頃の殿下はいつも肩肘を張っていたように思えます。でも最近の殿下は穏やかに見えますよ?」
「そうか。
なぁミシェル、私はこれからジークライドとして生きていかなければならない。
私はそれが、怖い………」
「殿下、私、少しだけ殿下の気持ちが分かります。王宮で妃教育が始まり、ミシェルという私を消すのはとても辛かったんです。それでも家に帰れば私はミシェルでいられました。私は家族や使用人達に子供のミシェルに戻してもらえました。
でも殿下にはそんな場所はなかった。子供らしく、それは許されません。陛下の一人息子として殿下しか王になる者がいなかったのもその一つです。
覚えていますか?お父様が『お前達はまだ子供だ』そう私達は何度も言われました」
「ああ、公爵はいつもそう言っていた。『殿下はまだ子供です』そう言われ、子供ではないと認めてもらいたい一心で私は必死に勉強をした」
「今だから何となくお父様が言いたかった事が分かります。子供は子供らしく我儘を言って、誰かに頼ったり甘えたりしなさい、そうお父様は私達に伝えたかったのではないでしょうか。
子供だから許される事はあります。子供だから我儘を言っても、子供だから親に甘えても、子供だから泣き言を言っても、子供のうちは許されます。そういう意味では殿下は子供らしくない子供だったように思います。
子供の頃しか出来ない事、遊んだり冒険したり、子供の頃に経験した体験はその人を豊かにすると思うんです。人となりの構成の素のような…。きっと殿下にとって唯一子供らしくいられたのは私の家の中だけだったように思います。庭を走ったり、騎士達の後をつけたり、今思えばあの時の殿下は楽しそうでした。
きっとお父様は、まだ子供だから色々な事を経験してゆっくり大人になればいい、そう思っていたのかもしれませんね。だから公爵家の使用人達は貴方を殿下ではなくジークライドとして接していた。僅かな一時だけでも子供らしく自由にと」
「だから公爵邸は居心地が良かったんだな…」
「殿下はお利口さんすぎたんです」
「お利口さんか、そうかもしれないな。甘えは子供のする事です、そう教えられてきた。認められたい父上に甘える事は出来なかった。子が一人というのを気にしていた母上に弱音は吐けなかった。私が唯一我儘を言ったのは婚約者はメアリーがいいと言った事だけだ」
「殿下、私達は婚約者として今のようにもっと話すべきでした。婚約者ではなく一人の人としてもっと向き合うべきでした」
「そうだな。それを私達はしてこなかった。上辺だけの婚約者を振る舞ってきた。中身も曝すべきだった。
結局私は中身のない王子だった…。ジークライドとしても中身がないのに、私はどうしたらいい…」
「中身がないなら詰め込み放題ですよ?人の優しさや人の温かさ、それをこれから詰め込めばいいんです」
「そうだな…」
昼間住居区から帰ってきた時、リーストファー様が言った。『殿下から何となく危うさを感じる』『そうですか?私は大丈夫だと思いますよ?』そんな会話をした。
私の天幕の前を通る人の気配に、私は何となく昼間のリーストファー様の言葉が頭をよぎった。天幕から覗けば一人でどこかへ行く殿下の後ろ姿に私は後をつけた。
地面に座りぼうっとする殿下を少し眺めていた。ぼうっと座る殿下の背中に思わず声をかけた。まるで小さな子供が膝を抱えているように見えたから。
「殿下、辛いですか?」
「辛くないと言えたらいいが…。だが最近はそうでもない。赦された訳ではないが、少しづつ受け入れられている様な気がする。
今まで振り払われていた手を振り払われなくなった。投げつけられていた食事を食べてくれるようになった。そんな些細な事だが、それでも少しづつ前に進んでいると思う」
「はい、殿下の心が伝わっている証拠です」
「ミシェルのおかげだ。共に立ってくれる者がいると言うのは心強いものだな。
だがもう私一人で大丈夫だ。ミシェルはミシェルの道を行ってほしい」
きっと今の殿下なら一人でも大丈夫。私が手を貸さなくてももう間違えない。
それでも、
「殿下、私達友人になりませんか?」
「今更友人か?」
「今だからですよ。今だから友人になれると思います。婚約者でもない私達だから、今度は対等な友人になれると思うんです。どうです?」
「友人か、それも良いな。私には友と呼べる者はいなかった。側近候補はいたが、対等ではなかった」
「そうですね…。私を含め皆が殿下と距離を置いていたと思います」
「王とは孤独なもの、そう思い私も距離を詰めなかった」
「友人としてもう一度やり直しませんか?」
「それもいいか」
「はい」
殿下の穏やかな声に私は安心した。
いつも焦っていた殿下は声にもそれは現れていた。言葉尻が強く押さえつけようとしていた。
「なら私は友人として殿下を助けても何も問題はありませんよね?友人には頼ったり弱音を吐いたりしてもいいんです。両親に言えない事でも、婚約者に接するように格好をつけなくてもいいんです。ありのままの自分を曝け出せばいいんです。
私も友人として呼べる人はいません。だから殿下が初めての友人です。
殿下、ジークライドとしてこれから少しづつ埋めていけばいいんです。これから一つづつ経験して、人の心を、人の心に寄り添える人になればいいんです。今までやれなかった事を今からやればいいんです。挑戦は何歳になってもできます。挑戦しようと思えば誰でもです。
殿下は努力家だもの」
「そうだな」
「殿下わくわくしませんか?これからどんな経験をするのか、どんな人と出会うのか、どんな道になるのか、これからの殿下の道は未知数です。なら怖がるより楽しみませんか?」
殿下のこれからの道は償いだけで終わる、それだけではないと思いたい。償いの中で出会う人やその中での経験、怖がり下を向いていては気づくものも気づけない。
行ったり来たりの償いの道、それでも殿下の心に触れ『助けたい』そう思う人もきっといる。
手を差し伸べる人が一人また一人と増えた時、ようやく殿下は恕される。
何年かかるか、それは分からない。
それでも努力し続けれる。
殿下なら……
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