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称賛を

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「止めて下さい」


女性の声に私とリーストファー様、エレンさんはリースティン君を抱っこして向かった。

女性の後ろには男の子が一人、女性は男の子を隠すように立っている。


「バーム小隊長の奥さんだ」


私はリーストファー様を見つめた。


「奥さんの後ろにいるのは息子だ」


女性の声に人が集まっている。


「申し訳ない。謝って赦されるとは思っていない。それでも私は彼の家族に謝り続けないといけない。貴女から夫を、ご子息から父親を奪ったのは私だ。本当に申し訳ないことをした。すまない、すみませんでした」


殿下は両膝をつき頭を地面に付けている。


「謝らないで下さい。あの人は騎士として忠義を果たしたんです。貴方に謝られたら、あの人は騎士ではなくなります。

独りよがりだの大馬鹿者だの、何が忠義だ、仲間を道連れにして死にに行っただけだ、冷静な判断も出来ない青二才に小隊長が務まる訳がなかった、一人で行けばいいものを仲間を犠牲にした傍迷惑な奴だ、だから若造はと散々言われました。小隊長だったあの人は仲間を巻き込んだのかもしれません。若いから冷静な判断が出来なかった、そうなのかもしれません。

ですが、貴方だけは謝らないで下さい。謝られたらそれが間違いだったと、あの人の忠義は無駄なものになってしまいます。

ならどうして騎士は忠誠を誓うんですか。

彼は貴方に忠義を捧げた騎士です。忠義の為に命を懸けた騎士です。貴方が彼を彼の死を穢さないで下さい。最期まであの人は騎士として立派だったと、貴方だけはそう言って下さい。

彼の死は無駄な死だったと貴方は言うんですか」


謝罪、残された遺族に、夫として父親としての顔も彼等にはあった。それを奪った事に対する謝罪。

それでも、夫の前に父親の前に彼等は騎士。


「殿下、立って下さい」


私は殿下の隣に立ち、立つように言った。


「ミシェル…」


顔を上げた殿下。


「立ち上がり彼の奥さんに言って下さい。彼は騎士として貴方の命令に従いました。忠義を果たしたんです。どのような最期を迎えたとしても、忠義の為に命を懸けた騎士にかける言葉は謝罪じゃない、称賛です」


殿下は立ち上がり彼の奥さんに向き合った。


「バーム小隊長は、誰よりも誇り高き騎士だ。誰よりも英雄だ。最期まで王に忠誠を誓った立派な騎士だ」

「はい、あの人は…、最期まで、諦めなかった…。騎士として、彼は…戦場で死にました……」


凛と立ち涙を流す奥様を皆が見つめている。


「殿下、謝罪をすれば貴方の心は軽くなるのかもしれません。私もそう思います。残された家族に赦されたい、そう願わずにはいられません。

ですが、背負って下さい。謝罪を口に出さない、赦されたいと願わない、誰が何を言おうと貴方だけは彼の死を称賛し続けるんです。彼が最期まで忠義を果たしてくれたように、貴方は彼の忠義を讃えて下さい。無駄な死ではなかったと、彼は騎士として立派な最期を遂げたと」

「ああ」


頭を下げる、謝罪をする、目に見える詫びの心。過ちを犯した者にしてみれば謝罪をし救われたい。

それでも、それは間違いを認めたことになる。

あの命令は間違いだった、ならその間違いの為に命を懸けた人はただの無駄死にになってしまう。

きっと彼だって最後まで己と戦った。目の前には忠誠を誓う次期王がいて、その命令は無謀なもの。

それでも彼は騎士として最後は忠義を選んだ。


「ですが、妻として、今は貴方の顔は見たくありません」

「殿下、行きましょう」


殿下と住居区を後にした。


「どうしてあそこに?」

「療養棟で療養している者達に家族が会いに来る。その時ふっと思った。

私は彼の顔も名前すら覚えていない。私が命令を下したのに、私は何も覚えていない。

彼に妻がいたことも子がいたことも、それを誰かに聞くことさえ今までなかった。

家族と話す者達を見ていて、彼にも妻がいたのだろうか、子はいたのだろうか、家族がいたのだろうかとそう思った」

「それで教えてもらったと?」

「謝罪したい、そう思った。私が命令を下さなければ彼は今も家族と過ごせていた。妻と子と仲睦まじく暮らせていた。私はそれを奪った…。

外で遊ぶあの子を見た時、彼と同じ目をしていた。彼の息子だと直感した。呼び止めるつもりはなかった。だが、自然と手を掴んでいた。

私は騎士達の命を奪っただけでなく、彼等の家族から幸せを奪った」

「はい、そうです。騎士の中には自分の子を見ることなく旅立った者もいます。妻を子を残して旅立った者もいます。恋人がいた者もいたでしょう。結婚したいと夢を見ていた者もいたでしょう。彼等の幸せだけでなく、彼等の親しい人達の幸せも、貴方は奪いました。

殿下、貴方がここに置いた大きくて重いもの、全て背負って下さい」

「分かってる。私の生涯を辺境へ捧げるつもりだ。王子としてではなくジークライドとして、私はここに骨を埋める覚悟だ。

ミシェル、今まですまない。私の元婚約者というだけでミシェルにも迷惑をかけた。だが、これからは私一人で償う」

「何を言っているんです。確かに私は元婚約者です。ですが貴族と王族では婚約者の立場が違います。王家の婚約者になったのなら妃同様、婚約者にも責任が伴います」

「だが、今はリーストファーの妻だ。元婚約者ではなく王宮軍副隊長の妻だ。私が言えた義理ではないが、幸せになってほしい」

「殿下?」


殿下は朗らかに微笑んだ。

私は今まで見たことがなかった。王子として王太子として笑顔を見せる時はあった。それでもそれは作り笑顔。幼い頃からそれを定着していた。

殿下の自然な微笑み、

今までだって笑うことはあった。でも素の微笑みを人には絶対に見せなかった。それは元婚約者の私にも。

初めて見た。

殿下の素の微笑み。



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