44 / 92
第3章:重ね塗りのシンフォニー(13)
しおりを挟む
振り返ると、前髪をきれいに切りそろえた小柄な女の子がそこにいた。
僕の日直のパートナーだ。
「あ、笹山さん」
日直の日以外に笹山さんが僕に話しかけてくるのは珍しい。
要件を尋ねかけたところで、笹山さんが左手に持っているA4用紙が目に入った。
「これ、風で私のとこまで飛んできた」
シャッ、と切れの良い音が鳴って、薄い再生紙が僕の目の前に突き出された。
紙をつまむ細い指の先端が、僕の心臓あたりに向けられている。手首につけられた藤紫色のミサンガから、凛とした気品が漂っていた。
「ああ、ごめん」
ぼんやりと窓の外を眺めていて、ワークシートが飛んでいったことにも気づかなかったみたい。
僕は「ありがとう」と言いながら、笹山さんの持つA4用紙に手を伸ばす。
「はあ……」
ワークシートから手を離す直前、笹山さんが不愉快そうにため息をついた。
たぶん、わざわざ席まで届けに来る羽目になったのがムカついたんだろう。
申し訳ないことをしたと思う。
笹山さんの不機嫌を乗せたため息が、耳元からなかなか離れてくれなかった。
もうこのクラスで過ごすのもそろそろ終わりだけど、あの子のことは未だに苦手だ。
席に戻る笹山さんを視界の端に捉えながら、手元のワークシートをあらためて見てみた。
『好きなこと:特になし。
得意なこと:特になし。
将来の夢:会社員
希望する進路:公立高校の普通科』
これでもかというほど、中身のない記述。
ワークシートがまた飛んでいかないように筆箱で押さえつけ、ふたたび窓の外に目をやった。
風が吹くたびにさわさわと揺れる木の枝を、ぼんやりと眺める。
なんとなく、机の中からいらないプリントを取り出して、裏面にスケッチを始めた。
線を重ねていくうちに、クラスメートのおしゃべりの声が遠くなっていく。
枝一本一本、葉一枚一枚。形をじっと観察して、指先でシャープペンシルに指示を出す。
曲線の角度、光の当たり方、線の濃ゆさ、一つひとつにこだわりながら、僕の目に映る世界を真っ白な紙の上に写し取っていった。
僕には、やりたいことなんてなかった。
僕の日直のパートナーだ。
「あ、笹山さん」
日直の日以外に笹山さんが僕に話しかけてくるのは珍しい。
要件を尋ねかけたところで、笹山さんが左手に持っているA4用紙が目に入った。
「これ、風で私のとこまで飛んできた」
シャッ、と切れの良い音が鳴って、薄い再生紙が僕の目の前に突き出された。
紙をつまむ細い指の先端が、僕の心臓あたりに向けられている。手首につけられた藤紫色のミサンガから、凛とした気品が漂っていた。
「ああ、ごめん」
ぼんやりと窓の外を眺めていて、ワークシートが飛んでいったことにも気づかなかったみたい。
僕は「ありがとう」と言いながら、笹山さんの持つA4用紙に手を伸ばす。
「はあ……」
ワークシートから手を離す直前、笹山さんが不愉快そうにため息をついた。
たぶん、わざわざ席まで届けに来る羽目になったのがムカついたんだろう。
申し訳ないことをしたと思う。
笹山さんの不機嫌を乗せたため息が、耳元からなかなか離れてくれなかった。
もうこのクラスで過ごすのもそろそろ終わりだけど、あの子のことは未だに苦手だ。
席に戻る笹山さんを視界の端に捉えながら、手元のワークシートをあらためて見てみた。
『好きなこと:特になし。
得意なこと:特になし。
将来の夢:会社員
希望する進路:公立高校の普通科』
これでもかというほど、中身のない記述。
ワークシートがまた飛んでいかないように筆箱で押さえつけ、ふたたび窓の外に目をやった。
風が吹くたびにさわさわと揺れる木の枝を、ぼんやりと眺める。
なんとなく、机の中からいらないプリントを取り出して、裏面にスケッチを始めた。
線を重ねていくうちに、クラスメートのおしゃべりの声が遠くなっていく。
枝一本一本、葉一枚一枚。形をじっと観察して、指先でシャープペンシルに指示を出す。
曲線の角度、光の当たり方、線の濃ゆさ、一つひとつにこだわりながら、僕の目に映る世界を真っ白な紙の上に写し取っていった。
僕には、やりたいことなんてなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
白黒とカラーの感じ取り方の違いのお話
たま、
エッセイ・ノンフィクション
色があると、色味に感覚が惑わされて明暗が違って見える。
赤、黄、肌色などの暖色系は実際の明度より明るく、青や緑などの寒色は暗く感じます。
その実例を自作のイラストを使って解説します。
絵の仕事では時々、カラーだった絵が白黒化されて再利用される時があります。白黒になって「あれぇ!💦」って事態は避けたい。
それに白黒にした時に変な絵はカラーでもちょっとダメだったりします。
バルールの感覚はけっこう大事かもですね。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
逢花(おうか)
真麻一花
ライト文芸
あの時、一面が薄桃色に染まった。
吹き抜けてゆく風は桜並木を揺らし、雪のように花が舞う。
薄桃色に彩られた春の雪――……。
切なくなるような既視感が切ない痛みを伴って胸をよぎる。
透哉は卒業式の日、桜吹雪の中にたたずむクラスメートに目を奪われた。
三年間まともに話した事もない彼女に、覚えのない懐かしさがこみ上げる。
彼女と話したい。けれど、卒業式のこの日が、彼女と話せる最後の機会……。
桜舞い散る木の下で、今度こそ、君と出会う――
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
【R15】メイド・イン・ヘブン
あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」
ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。
年の差カップルには、大きな秘密があった。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる