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第3章:重ね塗りのシンフォニー(13)

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 振り返ると、前髪をきれいに切りそろえた小柄な女の子がそこにいた。
 僕の日直のパートナーだ。
「あ、笹山さん」

 日直の日以外に笹山さんが僕に話しかけてくるのは珍しい。
 要件を尋ねかけたところで、笹山さんが左手に持っているA4用紙が目に入った。
「これ、風で私のとこまで飛んできた」
 シャッ、と切れの良い音が鳴って、薄い再生紙が僕の目の前に突き出された。
 紙をつまむ細い指の先端が、僕の心臓あたりに向けられている。手首につけられた藤紫色のミサンガから、凛とした気品が漂っていた。

「ああ、ごめん」
 ぼんやりと窓の外を眺めていて、ワークシートが飛んでいったことにも気づかなかったみたい。
 僕は「ありがとう」と言いながら、笹山さんの持つA4用紙に手を伸ばす。

「はあ……」
 ワークシートから手を離す直前、笹山さんが不愉快そうにため息をついた。 
 たぶん、わざわざ席まで届けに来る羽目になったのがムカついたんだろう。
 申し訳ないことをしたと思う。
 
 笹山さんの不機嫌を乗せたため息が、耳元からなかなか離れてくれなかった。
 もうこのクラスで過ごすのもそろそろ終わりだけど、あの子のことは未だに苦手だ。

 席に戻る笹山さんを視界の端に捉えながら、手元のワークシートをあらためて見てみた。
『好きなこと:特になし。
得意なこと:特になし。
将来の夢:会社員
希望する進路:公立高校の普通科』
 これでもかというほど、中身のない記述。

 ワークシートがまた飛んでいかないように筆箱で押さえつけ、ふたたび窓の外に目をやった。
 風が吹くたびにさわさわと揺れる木の枝を、ぼんやりと眺める。
 なんとなく、机の中からいらないプリントを取り出して、裏面にスケッチを始めた。
 線を重ねていくうちに、クラスメートのおしゃべりの声が遠くなっていく。
 枝一本一本、葉一枚一枚。形をじっと観察して、指先でシャープペンシルに指示を出す。
 曲線の角度、光の当たり方、線の濃ゆさ、一つひとつにこだわりながら、僕の目に映る世界を真っ白な紙の上に写し取っていった。

 僕には、やりたいことなんてなかった。
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