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第3章:重ね塗りのシンフォニー(12)

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 ※ ※ ※

 ワークシートが配られてから十分ほど経った。
 みんな集中力が切れて、教室が少しずつざわつき始めている。

「篠崎くんは、書けた?」
 斜め前の席の水島くんが話しかけてきた。
 僕は、選択欄以外白紙のワークシートを見せて、首を横に振る。
「全然だよ。将来やりたいこととかわからないし。高校は、とりあえず家から通える範囲の普通科に行ければいいかなって思うけど」
「そうだよね、なかなか難しいよね」
「水島くんは?」

 他の人の意見を聞けば僕も少しはイメージが膨らむかもしれないと思って、水島くんに話を振ってみた。

「そうだね。まだわからないけど、今のところは学校教育に関わりたいと思っているよ」
「先生ってこと?」
「いや、どっちかというと制度に関わる方かな」
 水島くんが滔々と話し始めた。

「前の学校でもこっちでも生徒会をやってみて、生徒会という組織の意義と限界を味わっているんだ。生徒会の仕事を通して得られるコミュニケーション能力やプレゼンのスキルなどはたしかに有意義だよ。一方で、生徒会は生徒の自治組織として位置付けられながら、実際には学校や教育委員会に縛られるところが多くて、生徒にはほとんど裁量権がないという苦い現実もある」

 言われてみれば、アニメで見る生徒会長は圧倒的な権力者だけど、現実の生徒会はなんだかんだ先生方から言われたことをやっているだけにも見える。中に入ったことないから、実際のところはわからないけど。

「大人から指示されたことをするだけでなく自分たちで仕事を作り出していくことが、これからの時代の子供たちには必要だと思っていて。学校の運営の意思決定にもっと生徒が関わるような仕組みが作れたら面白いと思っている。もっとも、僕が大人になる頃に教育現場や社会の情勢がどうなっているかわからないのだけれども」
 今すぐにでも文部なんとか省にスカウトされるんじゃないかと思うくらい、水島くんの語りは堂々としていた。

「集中力が切れてきましたね、みなさん」
 先生の鋭い声が、少しずつ大きくなってきたざわめきを貫通して、教室に響き渡った。
「書けた人は先生に見せなさい。まだの人は静かに作業すること」
 僕らは大人しく先生の言葉に従い、会話を終了させた。

 水島くんの大演説を聞いてもなんのインスピレーションも受けなかった僕は、結局適当にワークシートを埋めてシャープペンシルを置いた。
 あとは、授業が終わるまでぼーっとしておこう。

 ふと窓の外に目をやると、何枚かの木の葉がひらひらと空中を舞っていた。
 濃いめの緑色が、河川敷で毎日のように見るセーラー服のリボンを思い起こさせる。

 こういうとき、遥奏は迷わず「歌手!」なんて書くのかな。感嘆符つきで。
 それとも、歌はあくまで趣味?
 芸術系の職業って、すごく「狭き門」ってイメージ。
 でも、遥奏くらいの力があれば、その道を目指してみてもいいような気がする。

「篠崎くん」
 突然、後ろから名前を呼ばれた。
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