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第2章:胸の奥からクレッシェンド(16)

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 ※ ※ ※

 遥奏はそれから三日間立て続けに来なくて、金曜日が終わった。
 土曜日の午前練の時間は、僕はいつも河川敷ではなく近所の古本屋さんで漫画を読んで時間を潰している。
 その日は気になって少しだけ河川敷を覗いてみたけど、やっぱり遥奏はいなかった。
 そうして、日曜日になった。

 日曜日は基本的に部活も休みだということもあり、いつもゆっくり起きている。
 けれど、その日はなぜか、太陽も昇らないうちに目が覚めてしまった。
 仕方がないので、睡眠不足のまま起きて朝ごはんを食べた。

 そのあと、部屋で漫画を読み始めたけど、寝不足で頭が痛いのもあって、ストーリーがろくに頭に入ってこない。
 読んでいた日常系漫画を閉じて、机の上に放り投げる。開いていたページがパタリと閉じられて、パステルカラーの表紙が仰向けになった。

 窓の外に目をやってみると、遠くの方に赤と白の電波塔が見えた。
 河川敷から見えるのと同じ電波塔。ここからだと、少し輪郭が小さい。
 川岸からあの電波塔を描いているとき、いつも途中経過をチェックしてくる声があった。
『絵、描けた?』 

 遥奏は、どうして三日間も続けて河川敷に来なかったんだろうか。
 いや、よく考えてみれば、今まで毎日来ていたことの方がむしろイレギュラーなのかも。

 遥奏は、毎日のようにあの河川敷に来ては、歌の練習をしていた。
 僕は、毎日のようにあの河川敷に行っては、絵を描いている。

 そうして、僕らはその場に居合わせた。
 約束することなく、偶然。
 
 だから、どちらかが行動パターンを変えれば、僕らが会わなくなっても何も不自然なことはないんだ。
 
 河川敷での遥奏の姿を見ている限り、友達がいないタイプには見えない。ちょっと強引で、行動がぶっ飛んでるけど、ほんとに嫌なことは伝えればやめてくれる。悪い人じゃない、と僕は思う。リーダーシップがありそうだし、クラスの人気者でもおかしくない。

 今まではたまたま暇だったから河川敷に来ていただけで、別にやることができたんじゃないか。
 友達と遊ぶようになったとか、課外活動を始めたとか。
 あとは——
 水曜日に河川敷で見かけた、同じ制服を身にまとう男女二人組の姿が、頭の中に描かれる。
 恋人と過ごしたりとか。

 スマホの通知が鳴って、意識が「いま、ここ」に引き戻された。
 なんだろう。友達のほとんどいない僕に通知が来るとすれば、たぶんクラスのグループLINEとかのはず。
 ところがそうではなく、通知されていたのは僕への個人メッセージ。

 水島くんからだった。
『申し訳ない! テニス部の練習試合が長引いてしまって、集合時間十四時にしてもらえるかな?』
 すっかり忘れてた! 
 今日は、水島くんと美術館に行く日だ。
 なかなかスケジュールが合わず、年を越してやっと実現した約束。

『大丈夫!』
 と、あたかも予定を覚えていたかのような返信を送った後、椅子から立ち上がり、クローゼットを開けた。

 集合時間まではまだまだ。
 だけど、友達と出かけるときに何を着るか決めるのには時間がかかりそうだったから、早めに考えておきたかった。
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