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第2章:胸の奥からクレッシェンド(15)

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 ※ ※ ※

 遥奏が電子ピアノを持ってきた日の翌日。水曜日。
 空はどんよりとしていて、日差しがないぶん、いつもよりも肌寒く感じた。

 河川敷に行くと、遥奏は見当たらなかった。
 昨日みたいに遅れてくるのか、懲りずにまた何か楽器を持ってくるのか、そうなったらいよいよ逃げてやる。
 なんてことを考えながら、僕は遥奏の到着を待って——いや、別に待っていたわけじゃない。ただ、来ないなーなんてぼんやり考えながら絵を描いていた。

 僕が到着して三十分過ぎても、遥奏は来なかった。
 隣で歌っていて、ときどき「ねえ秀翔!」なんて邪魔してくる声がない。

 いつも通り川岸の階段に座って風景を描いていたけど、鉛筆がどうしても乱れてしまった。

 向こう岸に見える木々に色をつける。
 ……ダメだ。
 光の入れ方を間違えて、実物よりすごく暗いトーンになってしまった。
 こういう場合は、上から白を重ね塗りして、色合いを調整することができる。
 白い色鉛筆を取り出し、画用紙に近づける。
 けれど、なぜかそれ以上手が動かなかった。
 どうしても気力が湧いてこない。
 理由はよくわからないけど、今日は調子が悪い日なのかも。

 画材を片付けて立ち上がり、スクールバッグを肩に下げ、川に背を向けて歩き出した。

 歩道へ向かう上り階段の隣、芝生の坂で、制服姿の男女が肩を寄せ合い座っていた。
 男女ともに同じデザインの、黒いブレザー。
 背丈や顔立ちから、高校生くらいに見える。
 そばを通り過ぎると、二人の会話が聞こえてきた。
「明日の化学基礎、実験って言ってたよね」
「そうそう! 俺今度は試験管割らないようにしなきゃ」
「いやまじで。あの先生キレるとめんどいから」
 会話の内容から、同じクラスであることが想像できた。
 和気藹々とした話し声。
 それが耳に入るたびに、胸のあたりを針で突かれたような痛みが走った。

 早足で階段を登って二人の声から遠ざかり、やがて歩道まで出た。
 ちょうど色鉛筆が何色か切れかかっていたところだったので、駅の近くのショッピングモールで買い物をして、ほどよい時間に帰宅した。
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