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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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◇
リーゼロッテは久しぶりの自室を見回していた。寝台とテーブルとソファ以外何もない、質素な部屋だ。
屋敷内の廊下に、ちらほら異形たちがいたが、この部屋にはいないようだった。廊下の異形も、ジークヴァルトの守り石のおかげで、リーゼロッテに近づいてくることはなかった。
リーゼロッテが転ぶこともなく歩いていると、ハラハラと見守っていた使用人たちは驚きの表情をした。今までさんざ迷惑をかけてきたことに心の中で謝りつつ、リーゼロッテは何食わぬ顔をして屋敷の中を優雅に移動していった。
リーゼロッテは、まず自室の横の衣裳部屋に置いてある机の引き出しを開けてみた。この衣裳部屋は今まではリーゼロッテが足を踏み入れることはなかったが、守り石を持っている今は問題なく入ることができた。
机の引き出しの奥から、シンプルな木の箱を取り出す。その木箱の蓋を開けると、少し黄ばんだ封筒の束が入っていた。初恋の人のジークフリートからだと思って、大事にしまってあった思い出の手紙だ。
一番上の封筒を取り出し、その中の便せんを確かめる。そこに書かれた署名は、やはり王城で見たジークヴァルトの筆跡と同じものだった。
箱の一番下の封筒を取り出し、同じように便せんを開いた。黄ばみが強いので、中でも古い手紙だろう。幼い筆跡だったが、やはり本人を思わせるクセのある署名が書かれていた。
その手紙は、全部で十五通ほどだった。どの手紙も、承知した、とか、問題ない、とか、そんなそっけない内容だった。
(まんまジークヴァルト様じゃない)
リーゼロッテは改めて呆然とした。
「リーゼロッテお嬢様?」
後ろからエラの心配そうな声が聞こえた。
「大丈夫よ、エラ。この一カ月、エラはわたくしのためにかんばってくれたでしょう? 今日はゆっくり休んでちょうだい」
そう言うとエラは首を振った。
「いいえ、わたしはお嬢様のおそばにおります」
エラはリーゼロッテのことになると、頑固になる。仕方ないと思ったリーゼロッテは、苦笑いで答えた。
「じゃあ、ジークヴァルト様からの贈り物を確かめに、一緒にきてもらえるかしら?」
リーゼロッテがそう言うと、エラは二つ返事で了承した。
「お嬢様、こちらがドレスやアクセサリー、小物などの部屋で、こちらがその他の贈り物を置いた部屋となります」
エラは、ジークヴァルトが公爵家を継いでからここ二年の間、どんどん増えていく贈り物を保管するための部屋へリーゼロッテを案内した。この部屋には入ることはおろか、贈り物のひとつもその目で確認していないリーゼロッテだった。
まずはドレスの部屋から足を踏み入れる。そこは几帳面なエラらしく、きれいに整理整頓されていた。
「こちらのドレスは、公爵様が爵位をお継ぎになってはじめて贈られたドレスでございます。こちらはお嬢様が十二歳のお誕生日に頂いたもので、こちらは……」
贈り物の数々に、リーゼロッテは呆気に取られていた。
「待ってちょうだい、エラ」
説明を遮る主人に、エラは素直にその口を閉じた。
「これは本当にジークヴァルト様が、全部……?」
「はい、頂いた順番に目録も作っておりますので、ご確認なさいますか?」
リーゼロッテは絶句した。贈り物のたびにお礼の手紙を書いていたものの、実際にもらったものを目の前にすると、リーゼロッテは良心の呵責を感じてしまった。
(うう、怖かったのは事実だけど、こんなにたくさん贈ってもらっていたなんて)
アクセサリーなどは、今からでもありがたく使わせてもらえそうだ。しかし、ドレスは?
そう思ったが、三年前のドレスが着られたぐらいだ。二年前に採寸したドレスも楽勝で着られるだろう。
(幼児体型バンザイね。今ほど寸胴体型に感謝したことはないわ)
自分で言っていて悲しくなったが、今まで放置されていた贈り物は、これからしっかり使わせてもらおうとリーゼロッテは思った。
(まあ、どうせ、使用人が選んだのでしょうけど)
贈られた品々は上質で、どれもリーゼロッテの趣味に合うものばかりだった。とてもあのデリカシーのないジークヴァルトが選んだとは思えなかった。
「そうだわ、エラ。一番最近に贈っていただいた首飾りと耳飾りはどこにあるかしら?」
リーゼロッテが聞くと、エラは部屋の奥から上質そうなベルベットのケースを取り出した。
今、首に下げているペンダントの守り石は力が長持ちしないため、領地に戻ったら、それを身に着けるようにジークヴァルトに言われたのだ。力を込める石にも、質に差があるとジークヴァルトは説明してくれた。
エラに差し出されたケースを開けたリーゼロッテは、中身を確認すると、死んだ魚のような目になってそのままそっと蓋を閉めた。
(ヴァルト様……普段使いするには、あまりにも豪華すぎです)
今下げているペンダントは、寝るときやそれこそ湯あみの時もずっと身に着けている。入浴中に異形に襲われるのはまじ勘弁である。
新しく贈られた首飾りは、以前エラが言っていたように、夜会にふさわしい豪華で繊細な作りをしたものだった。大きな青い守り石だけでなく、他にもたくさんの宝石がちりばめられている。
(こんなゴージャスでファビュラスなもの、寝ているときにつけられないわ)
何かあったらすぐ連絡するようにジークヴァルトに言われたが、こんなにもすぐに何かあるとは思わなかったリーゼロッテだった。
リーゼロッテは久しぶりの自室を見回していた。寝台とテーブルとソファ以外何もない、質素な部屋だ。
屋敷内の廊下に、ちらほら異形たちがいたが、この部屋にはいないようだった。廊下の異形も、ジークヴァルトの守り石のおかげで、リーゼロッテに近づいてくることはなかった。
リーゼロッテが転ぶこともなく歩いていると、ハラハラと見守っていた使用人たちは驚きの表情をした。今までさんざ迷惑をかけてきたことに心の中で謝りつつ、リーゼロッテは何食わぬ顔をして屋敷の中を優雅に移動していった。
リーゼロッテは、まず自室の横の衣裳部屋に置いてある机の引き出しを開けてみた。この衣裳部屋は今まではリーゼロッテが足を踏み入れることはなかったが、守り石を持っている今は問題なく入ることができた。
机の引き出しの奥から、シンプルな木の箱を取り出す。その木箱の蓋を開けると、少し黄ばんだ封筒の束が入っていた。初恋の人のジークフリートからだと思って、大事にしまってあった思い出の手紙だ。
一番上の封筒を取り出し、その中の便せんを確かめる。そこに書かれた署名は、やはり王城で見たジークヴァルトの筆跡と同じものだった。
箱の一番下の封筒を取り出し、同じように便せんを開いた。黄ばみが強いので、中でも古い手紙だろう。幼い筆跡だったが、やはり本人を思わせるクセのある署名が書かれていた。
その手紙は、全部で十五通ほどだった。どの手紙も、承知した、とか、問題ない、とか、そんなそっけない内容だった。
(まんまジークヴァルト様じゃない)
リーゼロッテは改めて呆然とした。
「リーゼロッテお嬢様?」
後ろからエラの心配そうな声が聞こえた。
「大丈夫よ、エラ。この一カ月、エラはわたくしのためにかんばってくれたでしょう? 今日はゆっくり休んでちょうだい」
そう言うとエラは首を振った。
「いいえ、わたしはお嬢様のおそばにおります」
エラはリーゼロッテのことになると、頑固になる。仕方ないと思ったリーゼロッテは、苦笑いで答えた。
「じゃあ、ジークヴァルト様からの贈り物を確かめに、一緒にきてもらえるかしら?」
リーゼロッテがそう言うと、エラは二つ返事で了承した。
「お嬢様、こちらがドレスやアクセサリー、小物などの部屋で、こちらがその他の贈り物を置いた部屋となります」
エラは、ジークヴァルトが公爵家を継いでからここ二年の間、どんどん増えていく贈り物を保管するための部屋へリーゼロッテを案内した。この部屋には入ることはおろか、贈り物のひとつもその目で確認していないリーゼロッテだった。
まずはドレスの部屋から足を踏み入れる。そこは几帳面なエラらしく、きれいに整理整頓されていた。
「こちらのドレスは、公爵様が爵位をお継ぎになってはじめて贈られたドレスでございます。こちらはお嬢様が十二歳のお誕生日に頂いたもので、こちらは……」
贈り物の数々に、リーゼロッテは呆気に取られていた。
「待ってちょうだい、エラ」
説明を遮る主人に、エラは素直にその口を閉じた。
「これは本当にジークヴァルト様が、全部……?」
「はい、頂いた順番に目録も作っておりますので、ご確認なさいますか?」
リーゼロッテは絶句した。贈り物のたびにお礼の手紙を書いていたものの、実際にもらったものを目の前にすると、リーゼロッテは良心の呵責を感じてしまった。
(うう、怖かったのは事実だけど、こんなにたくさん贈ってもらっていたなんて)
アクセサリーなどは、今からでもありがたく使わせてもらえそうだ。しかし、ドレスは?
そう思ったが、三年前のドレスが着られたぐらいだ。二年前に採寸したドレスも楽勝で着られるだろう。
(幼児体型バンザイね。今ほど寸胴体型に感謝したことはないわ)
自分で言っていて悲しくなったが、今まで放置されていた贈り物は、これからしっかり使わせてもらおうとリーゼロッテは思った。
(まあ、どうせ、使用人が選んだのでしょうけど)
贈られた品々は上質で、どれもリーゼロッテの趣味に合うものばかりだった。とてもあのデリカシーのないジークヴァルトが選んだとは思えなかった。
「そうだわ、エラ。一番最近に贈っていただいた首飾りと耳飾りはどこにあるかしら?」
リーゼロッテが聞くと、エラは部屋の奥から上質そうなベルベットのケースを取り出した。
今、首に下げているペンダントの守り石は力が長持ちしないため、領地に戻ったら、それを身に着けるようにジークヴァルトに言われたのだ。力を込める石にも、質に差があるとジークヴァルトは説明してくれた。
エラに差し出されたケースを開けたリーゼロッテは、中身を確認すると、死んだ魚のような目になってそのままそっと蓋を閉めた。
(ヴァルト様……普段使いするには、あまりにも豪華すぎです)
今下げているペンダントは、寝るときやそれこそ湯あみの時もずっと身に着けている。入浴中に異形に襲われるのはまじ勘弁である。
新しく贈られた首飾りは、以前エラが言っていたように、夜会にふさわしい豪華で繊細な作りをしたものだった。大きな青い守り石だけでなく、他にもたくさんの宝石がちりばめられている。
(こんなゴージャスでファビュラスなもの、寝ているときにつけられないわ)
何かあったらすぐ連絡するようにジークヴァルトに言われたが、こんなにもすぐに何かあるとは思わなかったリーゼロッテだった。
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