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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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(まずはアデライーデ様に相談してみようかしら……?)
アデライーデも龍の託宣や異形の者のことは承知しているので、何か困ったことがあったら遠慮なく相談するよう言われていた。こういうことは女性の方が話しやすいと思い、リーゼロッテは後で彼女に聞いてみることにした。
アデライーデは、異形を祓う力も持っている。ダーミッシュ家は力あるものが一人もいないため、アデライーデが異形対策としてしばらく伯爵家に滞在することになっていた。
それが王の勅命だと聞かされたリーゼロッテは、王城の廊下で会ったディートリヒ王の瞳を思い出す。金色の、すべてを見透かされてしまいそうな、そんなこと思わせる瞳だった。
ジークヴァルトは王城に詰めて王太子の警護や政務の補佐を行う一方、公爵領主を務める多忙な身だ。王城から騎士をつけてくれたのは、そんな事情をくみ取ってのことだろう。
わざわざ女性騎士、しかもジークヴァルトの身内を派遣してくれた王の気遣いに、キュプカーの言うように、王はやさしい方なのだとリーゼロッテは思った。
次にリーゼロッテは、もう一つの贈り物専用の部屋を覗いてみた。
ドレスや小物以外の贈り物と聞いて、一体何があるのか足を踏み入れる。
そこには鏡台や繊細な置時計、文机とそのお揃いの椅子、シェード付きのランプ、絵画や花瓶など、お姫様の部屋が作れるのではないかというような可愛らしい調度品で埋め尽くされていた。どれも統一感のある、立派な作りのものだった。
「エラ、わたくし、このようなものをジークヴァルト様から頂いたことは聞いてないわ」
呆然と問いかけるリーゼロッテに、エラは申し訳なさそうに答えた。
「こちらは旦那様に、お嬢様には伝えないよう言われておりました」
以前の生活では、リーゼロッテのこれらの調度品は危険すぎて部屋に飾ることはできなかっただろう。なまじ、リーゼロッテ好みの可愛らしい調度品だったから、義父はリーゼロッテが落ち込まないよう気を使ったのかもしれない。
リーゼロッテは義父に頼み、これを部屋に運んでもらおうと心に決めた。今のリーゼロッテなら、問題なく生活できるはずだ。
(でも、どうしてどれもわたし好みのものなのかしら?)
質素な生活を受け入れつつ、せっかく令嬢に生まれ変わったのだから、やはりお姫様のようなインテリアにあこがれていたのだ。
ジークヴァルトにあらためてお礼の手紙を書こうと、リーゼロッテはそう思った。
そんな時、扉がノックされる音が部屋に響いた。エラが扉を開けると、そこには義弟のルカが息を切らしたように立っていた。
「義姉上!」
「ルカ!」
ふたりはひしと抱きしめ合った。
「まあ、ルカ。あなた少し背が伸びたのではない?」
「義姉上が一月もおられないからです」
ルカは少しすねたように言う。可愛すぎて食べたくなる。ルカは天使のような男の子だ。
「家庭教師の先生はもうお帰りになったの?」
「はい。義姉上がお戻りなる日まで、授業をつめこまなくてもいいのに」
ルカは可愛らしい唇を尖らせた。
「ふふ、わたくしがいなかった間のことをたくさん話してちょうだいね」
リーゼロッテのこの言葉に、ルカは満面の笑みで頷いた。
「義姉上、お部屋までお送りいたします」
ルカが優雅に手を差し出すと、リーゼロッテは淑女の礼を取ってその手を取った。リーゼロッテが転ぶことはもうなかったが、ルカに手を引いてもらって歩くのは久しぶりでうれしくなる。
ここ一カ月はジークヴァルトがこの手を引いていた。ルカの小さな背をみやり、戻ってきたんだという安堵を感じると同時に、なんだかさびしいようなもの足りないような、そんな不思議な気分にもなった。
(あ! ルカ、そこはあぶないわ!)
廊下を進むと、ルカの足元に小鬼がいることにリーゼロッテは気がついた。
咄嗟に手を引こうとするが、ルカは小さな足でその異形をぎゅむッと踏んだ。すると異形は、驚いたようにすっとんで逃げて行ってしまった。
さらに進むと、数匹の小鬼が廊下を遮るようにうろうろしている場所にさしかかる。リーゼロッテがハラハラしながら歩いていると、ルカはおもむろに立ち止まった。
「義姉上、少しお待ちください」
目の前の空間を、ささっと手を払うような仕草をしたルカは、「虫がいるような気がしたのですが、わたしの気のせいでした」と言って、再びリーゼロッテの手を引いて歩き始めた。
先ほどルカが手を払った時、廊下を遮っていた小鬼たちはぺしぺしと弾き飛ばされ遠くへ飛んで行ってしまった。
リーゼロッテの部屋までの間、異形にいくつか遭遇したが、ルカは踏んだり蹴ったり叩いたりして、それらをあっさりと追い払っていた。
しかもルカは、異形が全く見えていないのに、無意識にそれをやってのけているようなのだ。
(ルカが手をひくと転ばないわけだわ)
ダーミッシュ家は無知なる者の家系だと、王子殿下は言っていた。異形が干渉できないとはこういうことだったのかと、妙に納得したリーゼロッテだった。
アデライーデも龍の託宣や異形の者のことは承知しているので、何か困ったことがあったら遠慮なく相談するよう言われていた。こういうことは女性の方が話しやすいと思い、リーゼロッテは後で彼女に聞いてみることにした。
アデライーデは、異形を祓う力も持っている。ダーミッシュ家は力あるものが一人もいないため、アデライーデが異形対策としてしばらく伯爵家に滞在することになっていた。
それが王の勅命だと聞かされたリーゼロッテは、王城の廊下で会ったディートリヒ王の瞳を思い出す。金色の、すべてを見透かされてしまいそうな、そんなこと思わせる瞳だった。
ジークヴァルトは王城に詰めて王太子の警護や政務の補佐を行う一方、公爵領主を務める多忙な身だ。王城から騎士をつけてくれたのは、そんな事情をくみ取ってのことだろう。
わざわざ女性騎士、しかもジークヴァルトの身内を派遣してくれた王の気遣いに、キュプカーの言うように、王はやさしい方なのだとリーゼロッテは思った。
次にリーゼロッテは、もう一つの贈り物専用の部屋を覗いてみた。
ドレスや小物以外の贈り物と聞いて、一体何があるのか足を踏み入れる。
そこには鏡台や繊細な置時計、文机とそのお揃いの椅子、シェード付きのランプ、絵画や花瓶など、お姫様の部屋が作れるのではないかというような可愛らしい調度品で埋め尽くされていた。どれも統一感のある、立派な作りのものだった。
「エラ、わたくし、このようなものをジークヴァルト様から頂いたことは聞いてないわ」
呆然と問いかけるリーゼロッテに、エラは申し訳なさそうに答えた。
「こちらは旦那様に、お嬢様には伝えないよう言われておりました」
以前の生活では、リーゼロッテのこれらの調度品は危険すぎて部屋に飾ることはできなかっただろう。なまじ、リーゼロッテ好みの可愛らしい調度品だったから、義父はリーゼロッテが落ち込まないよう気を使ったのかもしれない。
リーゼロッテは義父に頼み、これを部屋に運んでもらおうと心に決めた。今のリーゼロッテなら、問題なく生活できるはずだ。
(でも、どうしてどれもわたし好みのものなのかしら?)
質素な生活を受け入れつつ、せっかく令嬢に生まれ変わったのだから、やはりお姫様のようなインテリアにあこがれていたのだ。
ジークヴァルトにあらためてお礼の手紙を書こうと、リーゼロッテはそう思った。
そんな時、扉がノックされる音が部屋に響いた。エラが扉を開けると、そこには義弟のルカが息を切らしたように立っていた。
「義姉上!」
「ルカ!」
ふたりはひしと抱きしめ合った。
「まあ、ルカ。あなた少し背が伸びたのではない?」
「義姉上が一月もおられないからです」
ルカは少しすねたように言う。可愛すぎて食べたくなる。ルカは天使のような男の子だ。
「家庭教師の先生はもうお帰りになったの?」
「はい。義姉上がお戻りなる日まで、授業をつめこまなくてもいいのに」
ルカは可愛らしい唇を尖らせた。
「ふふ、わたくしがいなかった間のことをたくさん話してちょうだいね」
リーゼロッテのこの言葉に、ルカは満面の笑みで頷いた。
「義姉上、お部屋までお送りいたします」
ルカが優雅に手を差し出すと、リーゼロッテは淑女の礼を取ってその手を取った。リーゼロッテが転ぶことはもうなかったが、ルカに手を引いてもらって歩くのは久しぶりでうれしくなる。
ここ一カ月はジークヴァルトがこの手を引いていた。ルカの小さな背をみやり、戻ってきたんだという安堵を感じると同時に、なんだかさびしいようなもの足りないような、そんな不思議な気分にもなった。
(あ! ルカ、そこはあぶないわ!)
廊下を進むと、ルカの足元に小鬼がいることにリーゼロッテは気がついた。
咄嗟に手を引こうとするが、ルカは小さな足でその異形をぎゅむッと踏んだ。すると異形は、驚いたようにすっとんで逃げて行ってしまった。
さらに進むと、数匹の小鬼が廊下を遮るようにうろうろしている場所にさしかかる。リーゼロッテがハラハラしながら歩いていると、ルカはおもむろに立ち止まった。
「義姉上、少しお待ちください」
目の前の空間を、ささっと手を払うような仕草をしたルカは、「虫がいるような気がしたのですが、わたしの気のせいでした」と言って、再びリーゼロッテの手を引いて歩き始めた。
先ほどルカが手を払った時、廊下を遮っていた小鬼たちはぺしぺしと弾き飛ばされ遠くへ飛んで行ってしまった。
リーゼロッテの部屋までの間、異形にいくつか遭遇したが、ルカは踏んだり蹴ったり叩いたりして、それらをあっさりと追い払っていた。
しかもルカは、異形が全く見えていないのに、無意識にそれをやってのけているようなのだ。
(ルカが手をひくと転ばないわけだわ)
ダーミッシュ家は無知なる者の家系だと、王子殿下は言っていた。異形が干渉できないとはこういうことだったのかと、妙に納得したリーゼロッテだった。
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