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第6章

第89話 第七王子セイエンの視点2

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『ね、ソフィ様もそう思わない? 政略結婚なのだから、別にあの国に入れる王族なら誰だっていいでしょう。スペード夜王国のためにもフェイ王子が王位を次いで、代わりに私がダイヤ王国に婿入りするってどうかしら』

 初手は間違えた。
 ソフィとフェイの絆が思っていた以上に深い。そんな姿を目の当たりにしてしまって、抑制がいかなかった。
 苛立ちと焦りから来たものだったが、自分の中で芽生えた感情が少しだけ興味深かった。だから次はもっと狡猾で、静かにそして確実にソフィを手に入れよう。
 それこそが最大の目的なのだから。そのためのリスクなら、いくらでも負うと決めていた。

 蠱毒を使い、自作自演の襲撃計画は完璧だった。もっとも第二王子の暴走を誘発して、状況をこちらに有利にさせたのは僥倖といえた。


 ***


 あれから一週間、ソフィは行方不明扱いとなっている。
 行方不明は他にも大勢いるように細工を行った。あくまで彼女は事件に巻き込まれた風にみせる必要があった。

 捜索隊はスペード夜王国各地を巡り、包囲網も優秀だったが足取り一つ掴めていない。
 俺は『ソフィによって命を救われ、彼女が逃げる時間を稼ぐため別行動を取った』と報告している。いかに万能に近しい妖精がいても、この懐中時計だけは気づかれない。
 六大精霊が二柱以上いなければ突破されないという。そんな魔導具など簡単に作れないのだが、あの魔女が設計した逸品ならば十分にあり得る。

 この懐中時計の正式名称は魔導具『箱庭』。
 懐中時計の中は、外界から遮断された一つの世界だ。この中は辺境地の別荘のようなところで、半径一キロ先の景色は見えるもののそれ以上先は障壁となっている。隔絶された小さな世界に存在しているのはソフィと、出入りが自由な俺だけ。

 彼女のために作った屋敷。
 そして使用人や執事たちは魔女が作った人形で構成されている。
 ソフィを『箱庭』に入れただけで、彼女の心を奪えるとは思っていない。けれどじっくりと時間をかけて心を手に入れる策を、あの魔女は提示した。それがあったからこそ俺はこの賭けに乗ったといってもいい。
 
 記憶にある事実をいくつか改変し、組み直す魔法。
 魅了でも洗脳でもない。彼女を絶望の淵に落とすのは心苦しかったが、フェイとの関係を断ち切るためには、いたしかないことだった。

 書き換えた内容はごく簡単なもの。
 彼女がこの箱庭に入ったのは「ダイヤ王国からの追手を振り切り、セイエンの助力を得るため」と改変している。
 ではなぜ自国であるダイヤ王国に追われているのか。
 あの魔女はさらに記憶を書き換え上書きしたのだ。

『転移者である聖女アリサこそがダイヤ王国の次期女王に相応しいと、妖精王オーレ・ルゲイエが宣言した。しかしそれに異議申し立てをしたソフィは妖精王の怒りを買ってしまい、反乱を恐れたオーレ・ルゲイエが見せしめのために王族の処刑を命じる。兄ジェラルドは親友だったセイエンを頼り、妹のソフィを託す』という荒唐無稽な内容だ。

 もちろんジェラルドとは面識はあるが親友などではない。だがそれを可能とさせるのが、魔女の真骨頂といえるのだろう。
時間跳躍タイムリープの時間軸での記憶を再現』など言っていたが、俺には理解できなかった。結果さえ伴うなら問題ない。彼女の心を打ち砕いたのは『フェイとの婚約破棄』だった。あれが決定打と言ってもいいだろう。
 涙に暮れる彼女を慰め、労るのが俺の見せ場となる。

「……フェイ様、どうして」
「好きなだけ泣くといい。俺がずっと傍にいよう」
「セイエン様……」
「大丈夫だ」

 そう言って彼女の背中を優しくなでて、介抱する。涙で瞳を潤すソフィが愛おしくて、このまま押し倒したい衝動に駆られるが、耐えた。
 今はまだ駄目だ。今は悲しみと絶望を慰める優しい存在を確立させなければならない。

(数か月、いいや幾年だろうと待てる。貴女が頼れるのは私だけだと心に刻み付けるまで)


 ***


 ソフィがこの箱庭に来てから一週間が経過した。
 俺は朝になると仕事に出かけて、夕方になると戻るという二重生活を送っている。王位継承権を得たのでやることも増えたが、元々準備もしていたので問題ない。
 なにより屋敷に戻るとソフィが俺の帰りを待っている。
 たったそれだけのことが嬉しくて、今なら何でもできそうな気がした。

 やっと手に入れた居場所。
 ずっと部屋に篭っていたソフィは、塞ぎこんでばかりいても良くないと思ったのか、昼間は屋敷周辺の散歩をするようになったそうだ。
 俺を見つけると、ほんの少し困ったように微笑んでくれた。

「セイエン様?」
「いいや、何でもない」

 嬉しかった。
 今からなら彼女の一番を塗り替えられる。
 今度こそ、一緒の時間を過ごして──弟から奪う。
 何にせよ、楽しみだ。
 ああ、こんなに世界は色鮮やかで、面白いことに溢れていたとは知らなかった。
 弟が絶望し、後悔と怒りで心が蝕んでいく。
 少しずつタガが外れて、壊れていくであろう姿を見るのは滑稽だ。砕けるのは心か、体かどちらが先だろう。
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