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第4章
第58話 第十王子シン・フェイの視点11
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普段は美青年と呼ばれ、常に笑顔でいるエルヴィンだが、私といる時は基本的に不愛想だ。嫌味や嫉妬、不機嫌も隠そうとしない。歯に衣着せぬ物言いは嫌いではないが。
もはやソフィといる時は別人ではないだろうかと思った。ソフィを大切にしているのを見ていたので、ある程度は信頼している。たとえソフィに好意を寄せている男だろうが、ソフィのためになるのならいい。
そうソフィが笑顔なら──。
「ソフィが死ぬという運命を変えるためなら、血縁者の命など安物だ」
「うん、君のそういう所は嫌いじゃない。それに今回はソフィちゃんとも相談し合っている様だし、僕としても安心だな」
(今回、か)
エルヴィンはソフィが話してくれた時間跳躍の記憶を知っている節がある。話を信じている、ではなくあった事を理解している気がするのだ。探りを入れても、のらりくらりと話を躱されてしまうが、それでも協力関係を断らなかったのは、エルヴィン自身も何か思う所があったのだろう。
今はそれでいい。
聞けないことは聞いても答えないというのなら、やりようはある。
「たとえばだが、クローバー魔法国がダイヤ王国に敵対する理由などあるのか?」
「なにさ、藪から棒に」
「なんとなくだ。スペード夜王国は『国王の暗殺』、『後継者争い』という火種がある。ハート皇国は『食料問題』は解決しつつあるので、残るは魔物の侵攻具合だろうか。まあ、そのぐらい察しが付く。そう考えた時、クローバー魔法国はどうなのか、と思ったので聞いている」
「ん~、そうだね……。まあ可能性が一番高いのは聖女かな。三十年以上前だけど『聖教会』は異世界からの聖女を求めて『ある儀式』を行おうとしたそうだよ。まあ、そういった過激派は当時の『魔法ギルド』が潰したそうだけど、聖女の存在そのものは影響力が強すぎる」
「聖女か」
「もっともアリサを見て誰も聖女だとは思わないから、その辺は安心して。『転移者』ではあったのだろうけれど、あんなに魂が汚れていたら、浄化魔法は使えないだろうしね」
ソフィの話にも出てきた聖女アリサという女。その女と私が恋に落ちるという──話を聞いた瞬間、カップを床に落とすという失態を犯してしまうほど動揺した。
次いで自分にどうしようもなく腹が立った。
私はソフィ一筋だというのに。何よりソフィがそうなる可能性があると思っているのにも腹が立ったし、ショックだった。
(あの時にもっとソフィの心情に寄り添っていたら……いや、過ぎたことを思っても意味はない)
この六年、ソフィと一緒に過ごして、今は前よりも近くにいる。だからこの先は、寂しい思いをさせないように、傍で支える。そう決めたことを改めて思い返す。
不安事があるなら一つずつ地道に潰していけばいい。今、エルヴィンと話を詰めているのもそのためだ。
「ダイヤ王国は妖精と共存している国だからね、それを攻撃なんてしたら六大精霊の怒りを買うのは子供でも分かることだよ。下手すれば魔法そのものを使用禁止にするかもしれない。今まで我が国が他国と貿易をしなくて良かったのは、魔法で何でもできたから。それに魔力が少なくとも魔導具で補填は出来た。でも魔法そのものを自分たちの手で無くそうなんて馬鹿みたいな考えは起こすわけがない」
「それもそうだ。スペード夜王国は魔法こそないが、それでも魔導具を使うからな」
「でしょう。つまり、よほどの馬鹿が暴挙に出ない限り、ダイヤ王国を襲う事はもちろん、同盟解除なんて考えない」
「よほどの馬鹿……」
「もしくは自称聖女が『魅了』や『洗脳』を使いまくって無理やりダイヤ王国を滅ぼそうとした。またはダイヤ王国を滅ぼしてまで、ソフィを手に入れたかった──とか」
わずかに声のトーンが下がった。
(……ああ、やはりエルヴィンも、そこまで考えていたか)
おそらくソフィも自称聖女によって、ダイヤ王国を滅ぼそうとした可能性までは考えているだろう。だが私としてはスペード夜王国で『ある男』が王位継承権を得ることで、ソフィを手に入れようとしているのではないか。そう考えてしまった。
少なくとも婚約者候補に最後まで残っていた男だ、十分にあり得る。
「とにもかくにも、次の旅行でそれがわかる」
「報告を楽しみにしているよ~。僕は僕の大事な者が望むのなら何でもする。もしソフィちゃんが困っていたら僕を頼るようにしてって言っておいてね」
普段と変わらずニコニコとしているが、その目は笑っていなかった。私もソフィのことになると大概だが、エルヴィンも同じだろう。
「──宣言しておくが、ソフィは絶対に渡すつもりはないからな」
「あー。はいはい。心配しなくてもソフィちゃんを奪うつもりなんてないよ。君の隣で幸せそうにしているのだから、奪ったら彼女に怒られてしまう」
エルヴィンの瞳が怪しく光った。からかう言い回しだが、この言葉には重みがあり、その言葉がすべての答えともいえるだろう。
裏を返せば『ソフィちゃんを不幸にすれば動く』という宣言に他ならない。ハート皇国のアレクシス皇太子よりもいろいろな意味で厄介だ。
「そういえば一度も聞いたことがなかったけれど、ソフィのどこに惹かれたのか聞いてもいい?」
「…………なんだ、急に」
「いやさ、政略結婚としての婚約だったのに、いつの間に本気になったのかなって気になったんだよ」
いつの間にかエルヴィンの「ちゃん付け」も消えていた。笑っているものの、向けられた眼差しは鋭い。
「……生きようとしている強い意志があったところだろうか。あとあんなお人好しはスペード夜王国には誰もいなかった」
「へえ」
「もっともソフィは、私が誰だったかなど覚えていないだろうが」
「じゃあ婚約者になる前か」
「ああ。それ以上は話す気はない」
「器量が狭いな。でも、ソフィを大事にするなら何でもいいよ」
張り詰めた空気とは似ても似つかないのんびりとした声で、話し合いは終わった。
もはやソフィといる時は別人ではないだろうかと思った。ソフィを大切にしているのを見ていたので、ある程度は信頼している。たとえソフィに好意を寄せている男だろうが、ソフィのためになるのならいい。
そうソフィが笑顔なら──。
「ソフィが死ぬという運命を変えるためなら、血縁者の命など安物だ」
「うん、君のそういう所は嫌いじゃない。それに今回はソフィちゃんとも相談し合っている様だし、僕としても安心だな」
(今回、か)
エルヴィンはソフィが話してくれた時間跳躍の記憶を知っている節がある。話を信じている、ではなくあった事を理解している気がするのだ。探りを入れても、のらりくらりと話を躱されてしまうが、それでも協力関係を断らなかったのは、エルヴィン自身も何か思う所があったのだろう。
今はそれでいい。
聞けないことは聞いても答えないというのなら、やりようはある。
「たとえばだが、クローバー魔法国がダイヤ王国に敵対する理由などあるのか?」
「なにさ、藪から棒に」
「なんとなくだ。スペード夜王国は『国王の暗殺』、『後継者争い』という火種がある。ハート皇国は『食料問題』は解決しつつあるので、残るは魔物の侵攻具合だろうか。まあ、そのぐらい察しが付く。そう考えた時、クローバー魔法国はどうなのか、と思ったので聞いている」
「ん~、そうだね……。まあ可能性が一番高いのは聖女かな。三十年以上前だけど『聖教会』は異世界からの聖女を求めて『ある儀式』を行おうとしたそうだよ。まあ、そういった過激派は当時の『魔法ギルド』が潰したそうだけど、聖女の存在そのものは影響力が強すぎる」
「聖女か」
「もっともアリサを見て誰も聖女だとは思わないから、その辺は安心して。『転移者』ではあったのだろうけれど、あんなに魂が汚れていたら、浄化魔法は使えないだろうしね」
ソフィの話にも出てきた聖女アリサという女。その女と私が恋に落ちるという──話を聞いた瞬間、カップを床に落とすという失態を犯してしまうほど動揺した。
次いで自分にどうしようもなく腹が立った。
私はソフィ一筋だというのに。何よりソフィがそうなる可能性があると思っているのにも腹が立ったし、ショックだった。
(あの時にもっとソフィの心情に寄り添っていたら……いや、過ぎたことを思っても意味はない)
この六年、ソフィと一緒に過ごして、今は前よりも近くにいる。だからこの先は、寂しい思いをさせないように、傍で支える。そう決めたことを改めて思い返す。
不安事があるなら一つずつ地道に潰していけばいい。今、エルヴィンと話を詰めているのもそのためだ。
「ダイヤ王国は妖精と共存している国だからね、それを攻撃なんてしたら六大精霊の怒りを買うのは子供でも分かることだよ。下手すれば魔法そのものを使用禁止にするかもしれない。今まで我が国が他国と貿易をしなくて良かったのは、魔法で何でもできたから。それに魔力が少なくとも魔導具で補填は出来た。でも魔法そのものを自分たちの手で無くそうなんて馬鹿みたいな考えは起こすわけがない」
「それもそうだ。スペード夜王国は魔法こそないが、それでも魔導具を使うからな」
「でしょう。つまり、よほどの馬鹿が暴挙に出ない限り、ダイヤ王国を襲う事はもちろん、同盟解除なんて考えない」
「よほどの馬鹿……」
「もしくは自称聖女が『魅了』や『洗脳』を使いまくって無理やりダイヤ王国を滅ぼそうとした。またはダイヤ王国を滅ぼしてまで、ソフィを手に入れたかった──とか」
わずかに声のトーンが下がった。
(……ああ、やはりエルヴィンも、そこまで考えていたか)
おそらくソフィも自称聖女によって、ダイヤ王国を滅ぼそうとした可能性までは考えているだろう。だが私としてはスペード夜王国で『ある男』が王位継承権を得ることで、ソフィを手に入れようとしているのではないか。そう考えてしまった。
少なくとも婚約者候補に最後まで残っていた男だ、十分にあり得る。
「とにもかくにも、次の旅行でそれがわかる」
「報告を楽しみにしているよ~。僕は僕の大事な者が望むのなら何でもする。もしソフィちゃんが困っていたら僕を頼るようにしてって言っておいてね」
普段と変わらずニコニコとしているが、その目は笑っていなかった。私もソフィのことになると大概だが、エルヴィンも同じだろう。
「──宣言しておくが、ソフィは絶対に渡すつもりはないからな」
「あー。はいはい。心配しなくてもソフィちゃんを奪うつもりなんてないよ。君の隣で幸せそうにしているのだから、奪ったら彼女に怒られてしまう」
エルヴィンの瞳が怪しく光った。からかう言い回しだが、この言葉には重みがあり、その言葉がすべての答えともいえるだろう。
裏を返せば『ソフィちゃんを不幸にすれば動く』という宣言に他ならない。ハート皇国のアレクシス皇太子よりもいろいろな意味で厄介だ。
「そういえば一度も聞いたことがなかったけれど、ソフィのどこに惹かれたのか聞いてもいい?」
「…………なんだ、急に」
「いやさ、政略結婚としての婚約だったのに、いつの間に本気になったのかなって気になったんだよ」
いつの間にかエルヴィンの「ちゃん付け」も消えていた。笑っているものの、向けられた眼差しは鋭い。
「……生きようとしている強い意志があったところだろうか。あとあんなお人好しはスペード夜王国には誰もいなかった」
「へえ」
「もっともソフィは、私が誰だったかなど覚えていないだろうが」
「じゃあ婚約者になる前か」
「ああ。それ以上は話す気はない」
「器量が狭いな。でも、ソフィを大事にするなら何でもいいよ」
張り詰めた空気とは似ても似つかないのんびりとした声で、話し合いは終わった。
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