24 / 98
第2幕
第23話 熱烈なアプローチ
しおりを挟む
にこやかに微笑んでいるのに、目が笑っていない。
そして圧が凄い。
「ソフィーリア」
「いえ、私ではなくシン様が、……その運命の出会いをして恋に落ちるかもしれないじゃないですか……」
「ないな」
(まさかの即答!?)
「絶対にない」
(言い直した!?)
狼狽するものの何とか気持ちを落ち着けて、反論する。
「……で、ですが、私とシン様の結婚は政治上の都合です。婚約者という肩書は何かと便利ですが、人間いつ恋に落ちるかなんてわからないかと……」
「つまりソフィーリアは、私が婚約者の肩書だけで選び、数年後に貴女という婚約者がいるというのに、恋に溺れると言いたいわけか?」
(ひいぃいい、でもその通りです! 十二回までのやり直しでは全部そうなりました!)
激昂するシン様に私は震えながらも小さく頷いた。
凛々しい顔立ちとアメジスト色の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
「……わかった」
「それじゃあ──」
「私はここで貴女の生涯の伴侶となることを誓う。そしてソフィーリアに都合の良い条件で婚約を結んだら良い」
「!?」
いつの間にかシン様は私の手を掴み、手の甲に口付けをする。あまりにも流れる動作で美しくすらあった。おとぎ話の一節のような状況に胸がときめきかけ──私はソファのクッションに顔を埋める。
(私の想定通りの展開に!? なにこの私に都合の良い展開……もしかして私のほうが夢を見ている!?)
「ソフィーリア」
「……なんでしょう」
「私が愛しているのは、ソフィーリア、いやソフィだけだ」
(ついに愛称呼び!)
優しい声音で心からの言葉だとわかる。けれど「好きだ」とか「愛している」なんて言葉は、時間跳躍の時間軸でも言われなかった。
名前からいきなり愛称で呼ぶなんて反則だったし、「生涯の伴侶」なんていうから少しだけ期待してしまったのだ。
大丈夫。
この時は私もシン様も子供で、きっと勘違いしているだけ。家族のような「好き」と恋人の「好き」は違う。その差異に気づいていないだけなどだと結論付ける。
これは婚約という形の契約であって、打算と利害の一致からのものだと思えば心は傷つかない。
(それに私にとってもこの条件下での婚約は力になる! そして婚約の条件に他国も巻き込めば手出しできないようにできるかもしれない!)
「ソフィ?」
泣きそうになるのを堪えて、私は笑った。
上手く笑えているかどうかわからないけれど、婚約話を白紙に戻すこと難しい。どちらにしても私は誰かと婚約する道筋なのだろう。それなら――シン様のほうがいい。
「……シン様。条件付き婚約の件ですが、後々のことを考えて書面を残してもよろしいですか?」
「もちろんだ。両国の間で正式に文面に残し、王と互いの祖霊の名もつける」
「では、その文面の最後に『ソフィーリア・ランドルフ・フランシスが二十歳になるまでは結婚しない。また一方的な婚約破棄は原則不可であること。万が一その規定を破った場合、国家間で今後の取引は永久に凍結』と条件を付け加えてください」
「二十歳? 十八歳で結婚できるはずだが……」
何度も繰り返した時間軸では、十八歳で必ず婚約破棄がされていた。だからこそ婚約破棄される時期と、条件を付け加えたのだ。たとえ未来の流れを変えられなくても、小さな変化で選択肢を一つでも増やせるように。そして国家間において取引を拒絶する旨を入れればそう簡単に婚約破棄もできないだろう。
(これなら裏切るほうがリスクが高いと思うはず……!)
シン様は訝しげに私を見つめたが、小さなため息を一つ零して頷いてくれた。
「私が婚約破棄するのかもしれないと思っているのなら、『ソフィーリア・ランドルフ・フランシスが十八歳になり、清飛と婚約破棄をしなかったら結婚する』に書き換えることはできないだろうか」
「え」
結婚というワードに眩暈を覚えた。最悪だ。
結婚して数か月で離縁しろというのか。鬼だろうか。
さすがに笑みが引きつりそうになる。
「シン様、十八歳の年は女王即位式などがあるので結婚まで気が回らないと思うのです。それで二年後の二十歳までの一文を提案したのですわ」
「……確かに即位式の年は何かと忙しくなるな」
「でしょう! 大人になって環境も変わるかもしれませんし!」
「……どうもソフィは私の想いを疑っているのだな」
「疑うというより……」
見てきたなんて言えない。私は思わず手で口を塞いだ。
「貴女が十八歳になれば十分大人なのだから、結婚しても問題ないだろう。できれば今すぐにでも一緒に住みたいぐらいだ。というか夢ぐらいはそのぐらいのことを思ってもいいだろう」
「うう……(というかまだ夢だと勘違いしている?)」
シン様が折れることはなさそうだった。
その後、一時間粘るものの最終的に白旗を上げたのは私だ。いかに私が好きかという気持ちを滔々と語ったことが、耐えられなかったというほうが正しい。
(今までにないぐらい愛を囁き過ぎじゃない? 告白の安売り? そんなに婚約の立ち位置が大事なのかしら……。必死過ぎる……)
「ソフィ、なんなら誓約を書いてもいい」
「それは私に命を預けると同義ですよ? 本気ですか? いつまでも夢だと思っているから軽々しく思っているだけでは?」
「それで貴女の信用が得られるなら、貴女になら命を捧げても構わない。夢のように私に都合が良すぎるし、現実がこのようになるのなら願ってもない」
誓約による誓い言は命に関わる。つまりそれだけこの婚約が大事ということだ。
「そんなに『婚約』したいのなら別の方でもいいと思います。それこそ六年後には心から愛する人と出会うかもしれな──」
「では、今回の婚約を断って、それで貴女は私以外の男と婚約しないと確約できるのか?」
「それは……難しいと思います」
「なら、私の申し出は変わらない。この機を逃せば、第七王子の星焔が出張ってくるだろう」
(第七王子? 確か後継者争いで最終的に王位に就く王子が第七だったはず……。え、シン様を断ったら第七王子が求婚してくるの?)
大筋とは異なるが、それはそれで波乱に満ちた面倒ごとが待っている予感がした。
すでに話は平行線で堂々巡りになっている。なによりこれ以上、シン様に口説かれたら本当に惚れてしまいそうになる。それだけは避けなければ。
そして圧が凄い。
「ソフィーリア」
「いえ、私ではなくシン様が、……その運命の出会いをして恋に落ちるかもしれないじゃないですか……」
「ないな」
(まさかの即答!?)
「絶対にない」
(言い直した!?)
狼狽するものの何とか気持ちを落ち着けて、反論する。
「……で、ですが、私とシン様の結婚は政治上の都合です。婚約者という肩書は何かと便利ですが、人間いつ恋に落ちるかなんてわからないかと……」
「つまりソフィーリアは、私が婚約者の肩書だけで選び、数年後に貴女という婚約者がいるというのに、恋に溺れると言いたいわけか?」
(ひいぃいい、でもその通りです! 十二回までのやり直しでは全部そうなりました!)
激昂するシン様に私は震えながらも小さく頷いた。
凛々しい顔立ちとアメジスト色の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
「……わかった」
「それじゃあ──」
「私はここで貴女の生涯の伴侶となることを誓う。そしてソフィーリアに都合の良い条件で婚約を結んだら良い」
「!?」
いつの間にかシン様は私の手を掴み、手の甲に口付けをする。あまりにも流れる動作で美しくすらあった。おとぎ話の一節のような状況に胸がときめきかけ──私はソファのクッションに顔を埋める。
(私の想定通りの展開に!? なにこの私に都合の良い展開……もしかして私のほうが夢を見ている!?)
「ソフィーリア」
「……なんでしょう」
「私が愛しているのは、ソフィーリア、いやソフィだけだ」
(ついに愛称呼び!)
優しい声音で心からの言葉だとわかる。けれど「好きだ」とか「愛している」なんて言葉は、時間跳躍の時間軸でも言われなかった。
名前からいきなり愛称で呼ぶなんて反則だったし、「生涯の伴侶」なんていうから少しだけ期待してしまったのだ。
大丈夫。
この時は私もシン様も子供で、きっと勘違いしているだけ。家族のような「好き」と恋人の「好き」は違う。その差異に気づいていないだけなどだと結論付ける。
これは婚約という形の契約であって、打算と利害の一致からのものだと思えば心は傷つかない。
(それに私にとってもこの条件下での婚約は力になる! そして婚約の条件に他国も巻き込めば手出しできないようにできるかもしれない!)
「ソフィ?」
泣きそうになるのを堪えて、私は笑った。
上手く笑えているかどうかわからないけれど、婚約話を白紙に戻すこと難しい。どちらにしても私は誰かと婚約する道筋なのだろう。それなら――シン様のほうがいい。
「……シン様。条件付き婚約の件ですが、後々のことを考えて書面を残してもよろしいですか?」
「もちろんだ。両国の間で正式に文面に残し、王と互いの祖霊の名もつける」
「では、その文面の最後に『ソフィーリア・ランドルフ・フランシスが二十歳になるまでは結婚しない。また一方的な婚約破棄は原則不可であること。万が一その規定を破った場合、国家間で今後の取引は永久に凍結』と条件を付け加えてください」
「二十歳? 十八歳で結婚できるはずだが……」
何度も繰り返した時間軸では、十八歳で必ず婚約破棄がされていた。だからこそ婚約破棄される時期と、条件を付け加えたのだ。たとえ未来の流れを変えられなくても、小さな変化で選択肢を一つでも増やせるように。そして国家間において取引を拒絶する旨を入れればそう簡単に婚約破棄もできないだろう。
(これなら裏切るほうがリスクが高いと思うはず……!)
シン様は訝しげに私を見つめたが、小さなため息を一つ零して頷いてくれた。
「私が婚約破棄するのかもしれないと思っているのなら、『ソフィーリア・ランドルフ・フランシスが十八歳になり、清飛と婚約破棄をしなかったら結婚する』に書き換えることはできないだろうか」
「え」
結婚というワードに眩暈を覚えた。最悪だ。
結婚して数か月で離縁しろというのか。鬼だろうか。
さすがに笑みが引きつりそうになる。
「シン様、十八歳の年は女王即位式などがあるので結婚まで気が回らないと思うのです。それで二年後の二十歳までの一文を提案したのですわ」
「……確かに即位式の年は何かと忙しくなるな」
「でしょう! 大人になって環境も変わるかもしれませんし!」
「……どうもソフィは私の想いを疑っているのだな」
「疑うというより……」
見てきたなんて言えない。私は思わず手で口を塞いだ。
「貴女が十八歳になれば十分大人なのだから、結婚しても問題ないだろう。できれば今すぐにでも一緒に住みたいぐらいだ。というか夢ぐらいはそのぐらいのことを思ってもいいだろう」
「うう……(というかまだ夢だと勘違いしている?)」
シン様が折れることはなさそうだった。
その後、一時間粘るものの最終的に白旗を上げたのは私だ。いかに私が好きかという気持ちを滔々と語ったことが、耐えられなかったというほうが正しい。
(今までにないぐらい愛を囁き過ぎじゃない? 告白の安売り? そんなに婚約の立ち位置が大事なのかしら……。必死過ぎる……)
「ソフィ、なんなら誓約を書いてもいい」
「それは私に命を預けると同義ですよ? 本気ですか? いつまでも夢だと思っているから軽々しく思っているだけでは?」
「それで貴女の信用が得られるなら、貴女になら命を捧げても構わない。夢のように私に都合が良すぎるし、現実がこのようになるのなら願ってもない」
誓約による誓い言は命に関わる。つまりそれだけこの婚約が大事ということだ。
「そんなに『婚約』したいのなら別の方でもいいと思います。それこそ六年後には心から愛する人と出会うかもしれな──」
「では、今回の婚約を断って、それで貴女は私以外の男と婚約しないと確約できるのか?」
「それは……難しいと思います」
「なら、私の申し出は変わらない。この機を逃せば、第七王子の星焔が出張ってくるだろう」
(第七王子? 確か後継者争いで最終的に王位に就く王子が第七だったはず……。え、シン様を断ったら第七王子が求婚してくるの?)
大筋とは異なるが、それはそれで波乱に満ちた面倒ごとが待っている予感がした。
すでに話は平行線で堂々巡りになっている。なによりこれ以上、シン様に口説かれたら本当に惚れてしまいそうになる。それだけは避けなければ。
応援ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
80
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる