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十五章因縁の対決

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 そこで気づいたことがある。

 霊薬の血と人間の血は相性がすこぶる悪いと思っていたが、実はそうではないという事がなんとなくわかった事だ。それはトレーニングをしていると、自分とは思えない程の身体能力がごくたまに発揮される事だ。

 退院後、甲斐と一緒に実戦に近い形で組手を行った際、オレの突きが見事に甲斐の鳩尾に入りそうな時だった。いつもと違う。そう勘づいた時には遅くて。

 甲斐が咄嗟に気功でダメージを緩和しなければ、あばら骨が折れていた程の威力を発揮したのだ。なんだこの飛躍的な急上昇は。


 オレは自分とは思えないほどの威力に呆然として、甲斐も驚いて、自分自身を訝しむ。が、とりあえずそのまま組み手を続行。

 やっぱり今までの自分じゃないみたいだ。退院して鍛錬を始めてまだ間もないのに。

 力も、素早さも、反射神経も、跳躍力も、全て甲斐よりたまに上回っている時が見受けられる。しかも、鍛錬をすればするほど短期間で全盛期よりどんどん身体能力が向上する。

 これはさすがにおかしい。と、娘の甲夜にそれとなく訊ねてみると、薄くなった霊薬の血がオレを強くさせているのかもしれないと言う。

 霊薬の血と人間の血は普通は混ざると分離状態となるほど相性は悪い。始祖の血で緩和させなければ、それこそ輸血した所で一瞬で皮膚が腐敗して死に至るほどの劇物同士。先日の混血手術も、もしオレ達が耐えきれずに死んでいたら、同じように皮膚が腐敗した醜い末路を辿っていた事だろう。

 しかし、奇跡のようにその劇物同士が混ざりあえば不思議なほど溶け込む。始祖の血と、人間の血と、霊薬の血が三位一体に溶け込んだ末、細胞が頑丈で強靭に作り替えられてしまうほどの健康体へ変化を遂げる。

 予想外のいい発見だろう。薄くなった霊薬の血が主に細胞を活性化させる役割を果たしている――と、オレは仮説を立てた。

 今まで不甲斐無い自分であったが、少し前とは真逆な体質に移り変わるとは……やはり人生って何が起こるかわからないものだ。前世の力と記憶を全て受け継いだせいもあるが。

 これでこれから人生逆転劇になるかどうかは自分の力にかかっている。これだけお膳立てしてもらったのだ。負けるわけにはいかない。






 それから二時間ほどで終始無愛想な顔を晒したまま食事会は終了。ほとんど正之と相手の母親が商談の事をしゃべってばかりで、なんともつまらない時間を過ごしたものだ。

 甲斐達に電話をする時間だけは確保できたが、もう夜の23時をまわる頃。寝ているだろうか。姿を見れないのが寂しいけど、せめて声だけは聞きたい。甲斐とはまた明日学校で逢えるとしても、娘達にはなかなか逢えないのが寂しいものだ。

「直様」

 電話を掛けようとスマホを取り出すと、声をかけられた。面倒くさそうに振り向けば鈴木カレンだった。オレは露骨に嫌な顔をして舌打ちをした。

「なんか用か」
「あの……」
「はやく言え。オレは忙しい」
「あ、あの……あなたが婚約相手で嬉しいです。あの有名な矢崎財閥の次期社長という方に目を向けられて……婚約相手にしてもらえて……私……っ」
「何を勘違いしている」

 オレはありのままの気持ちをはっきり言う。

「親同士が決めた政略的な婚約に何を本気になっているんだか」

 オレは微塵もこの女に魅力を感じなかった。わざとオドオドしているのか、それともオレの威圧感にビビッてんのか知らないが、その仕草を見ていてイライラは募っていく。ああ、やはり甲斐や家族以外の人間に興味など全くひかれない。

「お前みたいな女と一緒になるはずがないだろう。自惚れるなよブス」

 これくらいはっきり言っておけば、向こうからお断りの返事がくるだろう。こんな女が許嫁だとか冗談じゃないからな。ていうか誰だろうとお断りだ。今更、矢崎と白井のデク人形に成り下がる気など更々ない。

 オレは大学を卒業したら正式に矢崎財閥から抜けるのだ。黒崎直として甲斐と娘達とで普通の一般人として暮らしていく。静かな場所で平和にひっそりと。騒がしい世の中の声や都会の喧騒から離れて、甲斐の祖母達がいる田舎で暮らすのもいいかもしれない。

 それは誠一郎のジジイや友里香にも話してあるし、秘書の久瀬や他の四天王共にも了承済み。元々、オレは矢崎の人間ではなかったし、本当なら今頃は黒崎直として平凡に生きていくはずだった一般人。矢崎正之のせいか白井汚郎のせいかは知らんが、奴らのせいで次期跡取りとして祀り上げられてひどい回り道をしてしまっただけの事。

 オレが次期跡取りの座を放棄して、今は社長の後釜に誰を据えるか揉めているようだが、誠一郎のジジイは何か案があるらしくお前は気にしなくていいと言ってくれた。

 そういう事なら何も言わないでおく。その言葉通りなんとかするだろう。友里香も何か知っているのか「お兄様にはまだ言いませんわ」とニヤリと笑っていた。

 あと数年で自由……か。

 オレが欲しくて欲しくてたまらなかったもの。
 矢崎財閥のしがらみから解放されて、普通の人として自由になれる日が来る。そう思うと待ち遠しくてたまらない。

 *


 翌日の放課後、矢崎や白井の刺客共がいないのを見計らって買い物を敢行。今晩は甲夜も真白も母ちゃん達と女子会に行くらしく、誰もいないので俺は久しぶりに一人で何を食おうかなと考え中。

 商店街を歩いていると、一人のセーラー服の少女が時計専門店のショーウインドウをじっと眺めている。あの制服からして百合ノ宮学園の生徒だろうか。少女の視線の先にはガラス越しに飾られたオシャレな腕時計がある。値段は軽く数十万は超えており、自分じゃとても手が出せない。

 腕時計か。あの腕時計、直に似合いそうだな。仕事モードのスーツとかに。

 俺のバイト代三か月分でも手の届かない値段だから買うなんて無理だろうけど。せいぜいそれなりの上質なネクタイくらいか。でも直の誕生日の事を考えると何かあげたいし……何あげよっかなあ。


「それ欲しいの?」

 つい、声をかけてしまった。あまりにじっと見ているから好奇心で。

 彼女はこちらの声に気づいて振り返る。俺の姿を見てなんだか驚いているみたいだ。あれ、知り合いだっけ?

「そりゃほしいよ。でも、高いから買えないなって思って……だから目で見て我慢してるの」

 百合ノ宮の生徒だから見た目はもちろんのこと、かなりのオシャレ好きな最近の女子高生を絵に描いたような少女だった。ハートのピアスに編み込みのハーフアップのアレンジが可愛らしい。

「その腕時計、男がするような時計だけど……彼氏にあげたいとか」
「……うん。でも、貧乏で買えないから好きな人がはめてるところを想像してたんだ。キミ……その制服は開星学園でしょ」
「そっちは百合ノ宮だな」

 それにしてもこの子……どっかであったような……あ。

 俺はたくさんの記憶の中から彼女の存在に思い当たった。

「なあ、あんた……久瀬宗次郎って知ってる?」

 彼女がこの名前に反応するなら、十中八九だろう。

「え……!?な、なんでが宗ちゃんの事知って……あ」

 知らないはずの俺の名前を言ってしまった様子を見て、俺は確信する。彼女は記憶持ちだって。

「やっぱり俺の名前……知ってるんだ。なんとなく、俺を見た時の驚いた顔を見てカマをかけてみたんだ。倉本雛くらもとひなさんだろ」
「っ、キミ……私の事、覚えてるの?もしかしての事を……」

 俺がこくんと頷くと、少女は「やっぱりそうなんだね!」と、懐かしむように笑顔を向けてきた。

 
 積もる話は近くの店に入ってからする事にした。男女二人で食事だと誤解されそうなので、宮本君と篠宮がバイトをしている焼き肉屋に入った。もちろん二人には関係を説明済み。

 さすがに前世云々は言っていないが、二人がいりゃあ誤解されても説明してくれるだろ。それに彼女は宮本君と篠宮の事も覚えているらしく、二人の顔を見た途端に感極まって抱き着いていた。当の二人は困惑して固まっていたが。

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