上 下
250 / 319
十五章因縁の対決

15-1

しおりを挟む
 都内のクソ高いペット可のマンションに移り住んで三か月ほど。俺と甲夜と真白は慣れない空間ながらも、役割分担をしながら日々を過ごしている。

 家賃と水道光熱費と維持費などがタダなので、貧乏な架谷家にとってはめちゃんこ助かっているよ。俺達の隣に親父と母ちゃんと未来も住み始めて、架谷家は日々ドタバタしながらも元気に生きている。ついでに未来は百合ノ宮の寮暮らしだったが「父さんも母さんもお兄ちゃん達もそんないいマンションに住むなんてズルい!私も住む!」って言い出して今では実家暮らしに戻った。

 俺は変わらず毎日トレーニングと瞑想をして学校へ行き、帰りにパンチラ博士の元でバイトをして帰宅。直が泊まりに来る週末だけ家事全般を担当。甲夜は家事や掃除が得意なので、俺が忙しい平日に主婦業を任せている。真白は主に猫のカイとシルバーの世話かな。

 ちなみに甲夜と真白の戸籍に関しては、誠一郎さんがうまい具合に(金と権力で)根回しして作ってくれたので、怪しまれずにこの町に溶け込んでいる。(戸籍の改ざんは犯罪なのでよい子のみんなはやめようね)

 本当は150歳以上の娘だなんて誰も信じないので、身長や見た目的に小学生くらいにしておこうという安直な考えでそうなったのだ。真白も小学生という設定にして、三ヶ月前から二人そろって近くの小学校に通い始めている。双子の姉妹としてな。

 甲夜は幕末生まれなんでもちろん学校には通った事がなく、勉学に励める事や友達ができる事をとても喜んでいた。反対に真白は、今更初等部なんてガキくさいと不満な様子。

 真白は天才科学者の娘なので、今更小学校なんかで学ぶ事はないと怒っている。気持ちはわかるよ。本当は研究室で大好きな遺伝子工学や生物学の研究したいよな。でもこれも世を忍ぶために仕方のない事なのだ。見た目は小学生くらいの幼女なのに17歳だなんていろいろ怪しまれるし、信じてもらえないだろうしな。


「母様、変なニュースがやっています」

 甲夜がテレビを指さすと、朝のニュース番組での特大スクープが見出しを飾っている。特に注目なテロップと言えば、

『四天王の矢崎直に超美人の許嫁!今月中にも婚約か!?』

 と、そんな阿保みたいなスキャンダルが俺の目の前に飛び込んできた。

 見た瞬間驚きはしたが、すぐに何かの間違いだろうと俺はあえてスルーした。直に婚約者なんかできるはずがないだろ。バカジャネーノ?って鼻くそをほじりたくなったよ。

「父様、婚約しちゃうんですか……?」  

 と、少し不安げな甲夜。約150歳といえど純粋だな。純粋すぎて親としてはちょっと不安。

「そんなわけない。お父さんはそんな不誠実な男じゃないのはよくわかっているだろう?甲夜」

 なんと言っても、俺は直を信じているから。前世からの愛する旦那様だからな。

「っ……そうですね。父様、母様の事大好きですもんね。ウチの事も真白の事も可愛がってくれるし……」
「そうだよ。だって、パパ、この前も、いっぱい、ママ、ベットで、夜、いじめてた。ラブラブ。真白、はずかしくなって、夜、パパ達の部屋、行けなくなった。きゃー」
「っ……そこはノーコメント」

 一週間前も二人の娘が寝静まった後、直が大人の時間だなって言って求めて来て、そのまま風呂場で致してからベットでも求められて忙しい夜であったよ。甲夜は150歳以上の大人だし結婚も経験しているのでそういう営みはスルーしてくれるけど、これまた性的な意味で純粋な真白に言われると恥ずかしいものだ。

 これから俺と直は、甲夜と真白を含めてちゃんと家族になっていくのに、どこぞの馬の骨な女と婚約するはずがない。どうせ財閥共からの圧力だろうと気にしないで三人で朝食を食べた。


 *


「まさかこのためにオレを呼びだしたんですか、社長」

 オレは机に置かれたある資料を見おろして鼻で笑った。
 話があると矢崎正之に呼び出されたと思えば、許嫁だ跡取りだのと今更口にする。

 バカか?オレをまた道具にでもしようとする気かこのクズは。霊薬の血ではなくなったオレの執着をやめて、本来の立場に据えようってハラか。滑稽だな。

「まさかお前がここまで生き延びるとは思わなかった。お前の生きようとする意志と精神力を侮っていたよ。霊薬の血の寿命を払いのけただけでなく、その驚異的な回復力……あの方にも恐れられるわけだ」

 あの方というのは十中八九、白井の事だろう。奴と定期的に密談していると思われる。

「人間、生きがいを見つけられたら生きる気力なんていくらでもわいてくる。だからまだまだ死ねない。そう思ったまで。それより、こんな女の見合い写真をよこしてなんなんです?まさかこの女と婚約でもしろというのですか」

 資料の一部から垣間見えるのは自分と同じくらいの歳の女の写真。一見大人しそうな顔つきと黒髪だが、誰もが美少女だと納得する容姿だろう。少し自分の愛する甲斐に似ている。ただ、それだけの事。

 名前は鈴木カレン。年齢は17。あらゆる企業を傘下におく鈴木グループのご令嬢と記載されている。正之が自分を呼び出したのは、この女を紹介するためだったのか。

「お前が好みそうな許嫁を紹介してやるというのにつれない返事だ」
「許嫁とか……勝手に選んでおいてそれを押し付けないでくれます?オレはもう矢崎財閥の跡取りになるつもりはないので。これからあんたらとは関わらない平凡で地味な人間として生きていくんです。しがないオレにもう干渉しないで頂きたい」
「お前が何を言おうとお前は一生矢崎財閥からは逃れられない。相手方の両親とはもう話はついている。婚約と同時に来年の18の誕生日に結婚式を挙げる事もな。お前はさっさとその鈴木財閥のお嬢さんと身を固めて、グループのトップとなるために留学し、次期社長としての器を身に着けてもらわないと跡取りとしては困る」
「困るのは自分のお立場だろう?白井汚郎のご機嫌取りに必死だな」
「っ……!」

 正之の顔色が変わり、オレはにやりと口元に弧を描く。

「どれだけ人の神経を逆撫ですれば気が済むのか……まあ、いいでしょう。今は貴方のくだらん見栄はりの興に乗ってあげますよ。だが、オレはもう貴方のいいなりになるほど弱い人間じゃない」

 オレはこれでもかという程に殺気を漂わせて鋭く睨みつける。正之はオレの威圧感に少し怯んだ様子だ。

「そのうち寝首をかいてやるから首を洗ってまっているがいい」

 一瞬で表情を和らげて口元はまた弧を描く。いろんな人生を生きてりゃあこの程度の男などどうってことはない。無表情ながらも屈辱にハラワタを煮えらせている正之を尻目に、オレは心の中で小さい男だと嘲笑った。こんな小さい男に人生を狂わせられそうになっていた自分が情けない。が、これからはそうはならない。

 もう、後ろは絶対振り返らない。前向きにまっすぐに生きていくだけ。



「正之様、直様、鈴木様御一行がお部屋でお待ちです」

 正之の秘書の牧田が呼びに来る。用意周到な奴だ。もう鈴木って女が来てんのかよ。

「わかった。すぐに行く。とりあえず昼食会には参加してもらう。鈴木財閥は婚約を抜きにしても付き合うメリットはあるからな」
「……いいでしょう。食事だけなら付き合ってあげます」

 正之の見栄に付き合ってやるのは今日限りだ。次に会う時は正之との因縁全てを終わらせてやる。


「初めまして。私、鈴木カレンと申します」
「……初めまして」

 縁談の場とはいえ、オレの態度と顔には嘘はつけなかった。なにぶん、態度が顔に出てしまう性格でね。重要な商談をしている際はひたすら笑顔の仮面を貼り付ける事ができるのに、今はそれすらも億劫だと感じて投げやりな態度で接してしまう。だって仕方ないだろう。

 どんなに美女の顔を見ても、どんなに魅力的な女が目の前にいても、甲斐以外の奴などすべて不細工に見えてしまうのだから救いようがないだろ。そもそも金と権力の世界にいる女など、九割がソレ目当てなのだからわかりきった事。政略結婚なんてそんなものだ。下心見え見えな先入観を拭えるはずがない。

「しっかり挨拶くらいしたらどうだ。鈴木財閥といえば、矢崎には足りないアパレルや女性的なコスメ事業に精通している。今の我々には持って来いの相手だ」

 よく言う。鈴木財閥ごときなど三下グループではないか。ファッション業界では矢崎よりかは多大な影響力を持っているが、所詮はそれだけ。グループの総合力を見ると大した権力や地位でもなさそうだ。

 なぜこんなのをよこしたのか。これも白井汚郎の命令とやらか。それとも独自に動いているのか知らないが、非常に不愉快。霊薬の血であった頃のオレならいざしらず、今のオレを止められる者は誰もいないのだから。

 今なら、正之をあっさり殺せるほどにな。

 全盛期の頃の体力や筋力が恐ろしい速さで戻ったのだ。それに加えて母さん達に心配されるほど、毎日自分を痛めつける修行を欠かさずこなしてきている。妹の悠里も俄然やる気に燃えてオレと一緒にやるようになった。
 
 全ては奴を……白井を斃すために。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

エキゾチックアニマル【本編完結】

BL / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:498

COALESCE!

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:164

極道の密にされる健気少年

BL / 連載中 24h.ポイント:1,370pt お気に入り:1,737

8月のイルカ達へ

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:24

二度目の人生ゆったりと⁇

BL / 連載中 24h.ポイント:475pt お気に入り:3,623

異世界でのおれへの評価がおかしいんだが

BL / 完結 24h.ポイント:1,590pt お気に入り:13,895

処理中です...