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十四章架谷家と黒崎家

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「くっそ~!あのバカ社長逃したわ!」

 母ちゃんが悔しそうに拳を木の幹に叩きつけている。その木はもちろんぐしゃりと折れて倒れた。

「唯ちゃん。まあまあ抑えて」
「うるさい太郎さん」

 親父が母ちゃんをなだめている。全然効果ないけど。ていうか人の家の木を折るなよ母ちゃん。怒られるだろうが。

「えーあのバカ社長逃げたの~?つまんなーい」

 そんな未来は悔しそうな声をあげている。俺もちょっと悔しいな。できれば一発ぶん殴ってやりたかったよ。気功でボコボコにして今までの罪を懺悔させてやりたかったな。

「あたしら二人が来たから分が悪いと判断したのかとっとと逃げやがったのよ、あのくそ野郎。16年前の借りを返そうとぶん殴ってやりたかったのに!きーーーっ悔しい!次こそはぁああっ」
「じゃあ次やりあう時のために拳を鍛えとかないとね。あのバカ社長が友里香を苦しめてるクソ親父なら、あたしもぶん殴る理由が出てきたワケだし」
「あら、友里香ちゃんとはいつもケンカしてるのに。なんだかんだ言って友里香ちゃんの事考えてんのね」
「勘違いしないでよ!利害が一致してるだけなんだから。あのバカ社長は友里香や直様に迷惑かけまくってるわけでしょ?だったら私の敵でもあるよねーって事。悪い事してる野郎は懲らしめないと!」
「ははは、未来は友里香ちゃん想いのいい子だなー。正義感が強い娘を持ってぼくはうれし「うるさい父さんのハゲ」
「ぐふっ!」

 相変わらずの架谷一家で安心だよ。その様子を黒崎一家も楽しそうに笑っていて、まるでお笑い担当だな、俺達一家って。それ以外の取り柄あんのか知らんが。

「甲夜さん、久しぶりの外は大丈夫か?」

 俺が猫のカイとシルバーのバックを持ち上げながら訊ねる。お前らにゃんこズも無事でよかったよかった。大事な俺の家族みたいなもんだからな。あとでちゅーるとカリカリたくさん食べさせてやろう。

「大丈夫だよ。久しぶりに日差しを浴びたからまぶしくてな。それでも、目は見えないどころか足腰も悪くなってきてて不便だけど」
「じゃあ、俺が手を貸すよ。直は久瀬にさんに任せてるし」

 なんとなくそう口にした時、すうっと意識が遠くなって、何かが自分に憑依したような不思議な感覚に陥った。セピア色の何かの記憶が脳裏をよぎる。

「甲斐……?」

 急にかたまった俺を見て、心配そうにしている甲夜さん。俺はハッとして慌てて声を掛けた。

『ああ、ごめんなさい甲夜。久しぶりの感覚だからちょっと自分でも驚いて放心しちゃっていたみたいだわ』
「え……か、い?」
『さあ、おんぶするわね。猫と一緒に母さんが連れて行ってあげる』

 急に俺の雰囲気と口調が変わった事に驚く周りの一同。あれ、俺こんなしゃべり方していたっけ。勝手に口が動いてて、勝手にご先祖様の甲斐の記憶がどんどんよみがえってくるんだが。

「かあ、さま……?」
『ふふ、そうよ。私はお前の母さんよ。驚いているのね。まあ、無理もないか』

 茫然としている甲夜に俺は優しく何度も大丈夫と伝える。自分の意思で動いているような、そうじゃないような、二つの人格が宿っているといえばいいのか……とにかく、安心してと伝えるも、やっぱりみんなは驚いている。

「ねえ……あなたは……母様なの?本物、なの?」
『ふふふ、変な子ね。私は私って言っているじゃないの』
「っ……本物、なんだね……うう、うわーん!母様ぁああ!」

 あの大人びたしゃべり方をしていた甲夜は……いや、俺の娘は大泣きして俺に抱き着いてきた。あらあら、泣き虫だなあ。でもこうしていると、本当に母親を恋しがっていた娘のようで母性があふれてくるよ。

『よしよし。甲夜……辛かったらいつでも言うのよ。おまえは辛い事も、痛い事も、ずっと我慢する癖があるから母さんは心配だ』

 今の俺は俺であって俺じゃないけど、でも甲夜を心配で労わってやりたいのは同じ。多分、ご先祖様の意識と俺の意識とが融合して同調しているんだろう。だから、そこまで違和感を感じない。

『それにしても……お前はこんなにも体が弱くなったのかい?たまに外には出ていたんだろう?』
「あ、……う、うん。一週間に一度は、出ていました。それ以外はキヨエが……現代の甲斐の祖母が……たまに物を送ってくれたり、面倒を見てくれたりしていたんです」
『そう。キヨエは……俺のばーちゃんはそういうのはマメだから。お前がちゃんと生活を送っていられた事に私は安心しているわ』
「母様……。ねえ、今の母様は……あなたは一体どうなっているの……?」

 それはみんなが知りたがっている質問だよな。俺だって驚いているからうまく説明できないけど……

『何度も言っている通り、私は俺は甲斐だよ。お前の母であり、この時代の架谷甲斐でもある。ただ、今は私と俺の意識が融合しているだけ。みんなも、心配しないで。俺はちゃんと俺だから』

 みんなの方を見渡すと、驚きながらもなんとか納得しているような感じだった。たしかに驚くよな。こんな二人の人格が融合している夢みたいな事、実際に起こっているわけだし。

 最初はこの意識ごと乗っ取られでもするのかとビビったけど、ご先祖様はなんだからそんな心配なんて無用だった。ちょっと二重人格に近い感じで、足して二で割った状態なのだ。

「本当に、甲斐……なのか?」

 納得している周りをよそに、それでも心配している直に俺は頷く。

『直……大和さん……』
「え……」
『あ、いや……なんでもありません。もうすぐ、誠一郎さんが来ますから待っていましょう』

 俺の温かい背中にすっかり安心した甲夜は、数分も経たずに眠っていた。前世の頃によく歌ってあげた子守唄を優しく唄ったら安心したみたいだ。

 背中に娘の甲夜を抱いている俺は、傍から見れば年の離れたお姉さんをおんぶしているように見えるが、俺やご先祖様の甲斐からすれば愛娘を抱いているに過ぎない。まあ、それでも異様に見えるんだろうけどね。下手をすれば通報案件だ。とほほ。

 誠一郎さんの迎えの車が二台ほど到着し、そのまま病院へと向かう。その間に車の中で、俺の様子が変だからと直はもちろんのこと、未来や悠里にまで質問攻めにあった。ちゃんと俺だから安心しろと何度も言っているのに、心配性なこいつらを相手にするのが途中から面倒になっていた頃、久瀬晴也の親族が経営する病院に到着。黒崎一家の治療にあたってもらった。

 その夜、ある程度治療が終わって、悠里と早苗さんは翌日で退院。一樹さんは骨が折れていたので一か月程の入院が決まった。その間にまた矢崎財閥共が来るとも限らないので、病院全体に厳戒態勢をはり、身分証の提示などを義務付けた。

 霊薬の血である直は特に狙われるという事で、部屋の周辺には護衛がたくさんついた。俺はその隣の部屋を借り、今は娘を寝かしつけている最中。直が同じ部屋がいいと駄々をこねたが、娘の甲夜もいるのだからごめんと無理やり納得させて、あえて別々な部屋にしてもらった。

「母様……」
『なあに、甲夜』
「ウチ、しあわせです……。もう二度と母様とおしゃべりできないと思ってた。でも、こうやって再び会話できた事……とっても嬉しい」
『私も嬉しいわ。お前とこの時代でも巡り会えて。死ぬ前までお前の事を忘れたことはなかった。150年も辛い思いをいっぱいさせてごめんね。お前を置いて逝ってしまった事があの時、とても心残りだった』

 甲夜は涙ぐみながらふるふると顔を振る。

「霊薬の血をなんとかしたくて、いっぱいがんばって……150年頑張ったご褒美だと思っています。母様の愛する人……霊薬の血……これで、治せそうだから」
『ありがとう……甲夜。本当に、お前が頑張ったおかげで、大和さんを……直を助ける事ができるわ』
「母様……。明日、がんばってね。おやすみなさい」
『ええ。もちろんがんばるわ。おやすみ、甲夜』

 明日に霊薬の血および八尾の血の呪いを解く手術が緊急で決まった。本当は一週間後だったが、直の体調のことや、いつまた矢崎財閥共が襲ってくるかわからないという事で明日になったのだ。
 
 さてと。俺も明日に備えて早く寝なきゃな。いろいろ考える事は山ほどあるけど、今は明日の血の入れ替え手術の事に集中しなければ。三日三晩苦しむことになるのだ。体力を温存して万全の態勢で挑まないと。

 ちなみに家は爆破されちまったので、新しい家探しといきたい所だが、また爆破されて不動産屋に迷惑をかけても困るので、ほとぼりが冷めるまで誠一郎さんの別荘暮らしになるだろうとぼんやり考える。

 さっき「わしの別荘をいくらでもあげるぞ」と、お駄賃をやるくらいな軽いノリで言われてしまって、さすが大金持ちのセレブだよなって簡単に別荘一つくれる気前の良さに感謝。まあ、助かるといえば助かるが、高級な家すぎて逆に落ち着かないのが目に浮かぶよ。骨の髄まで貧乏性が染みついているのがある意味悲しい。

 そんな時、入り口の扉にノック音がした。相手は誰かわかっていた。自然と気配探知が身についている俺は、あまりに勘が鋭く働くものだから一瞬でわかってしまうのだ。

『直……』
「今、いいか?」
『……いいよ。入っておいで』

 そう優しく返答すると、開き戸がゆっくり開いた。

『今日くらい、早く寝た方がいいのに。それに車いすないと歩くのも辛いでしょう?』
「自分の足で歩きたかった。お前にあう時くらいは……な。それに……お前のそばに少しでも長くいたいんだ。明日、三日三晩寝込むことになるから、活力がほしかった」
『直……』

 それは俺も同じ。直と一緒にいたかった。だけど、大事な娘も放ってはおけない。一緒な部屋にしなかった事をまだ拗ねている様子が見受けられるけど、それでも直は俺と一緒にいたいって言ってくれている。求めてくれている。胸がきゅうって締め付けられて、ドキドキして、大好きな人の顔を直視できない。

 恋なんて淡い気持ちなどとうに超えているのに、直に改めて恋するような胸の苦しさに切なくなる。

「甲斐」
『なに?』

 直がじっと俺を見つめてくる。それにドキリとしながらも、俺も見つめ返す。目と目があって、しばらく見つめあっていると、直が寂しそうに視線をそらした。

「やっぱり、いつもの甲斐とはちょっと雰囲気が違う。なんか……大人びてる……」
『……こんな俺は、嫌?』

 悲し気に微笑む俺を見て、直は慌てたように否定する。

「嫌じゃない。嫌なこと、あるものか。ただ、驚いてる。娘を優先している甲斐が……知らない人のように見えたから。前世では親子だったんだろうけど……でも、オレを一番に優先してくれないのが……ちょっと寂しくて……もやもやして……子供だなって情けなく思ったりしてる」
『やきもち、焼いたの?』

 俺が微笑しながら思い当たることを口にすると、直はかあっと頬を赤くさせる。図星だった。

「……悪いかよ」
『悪くないよ。それくらい、求めてくれて嬉しいっ』

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