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四章急接近

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 喜悦を秘めた顔がゆっくり向こうの方から近づいてくる。

「これはこれは城山様。女を捕まえました」
「ご苦労。あとはあの男を始末しとけよ」

 その声と姿をはっきり捉えた時、俺の鼓動が大きくどくんと高鳴る。

 城山が……目の前にいる……目の前に……俺の……憎き……あいつが……

「いやです!あなたなんかの所になんて行かない!架谷くんを傷つけようとするあなたの元になんて」
「架、谷……だと!?」

 城山の顔が驚愕に満ちてすぐに俺の方に視線を寄越す。俺はうつ伏せに倒れているが、手下の一人が俺の髪を鷲掴んで持ち上げると顔が奴に晒される。

「あの野郎は架谷だったのか」

 城山の体がいろんな憤怒と憎悪とがない交ぜになったようにわなわな震えだす。今まで気づかなかったのかよと突っ込みたくなるが、まーあの時よりかは俺の顔つきも体つきも大分成長して変わったから、奴がわからないのも不思議ではないか。昼間にあった時も遠くからだったし、俺が殺気で近寄れなくしていたからよく見なければ俺だとわからなかっただろう。

「またしてもてめえはおれから悠里を奪おうとしていたわけだな……クソ野郎め」

 神山さんはお前が大嫌いだから自らの意思でお前から逃げてるだけだろ。それを奪ったとか責任転嫁も甚だしい。
 あーこいつの顔見てると胸くそ悪くなってくる。

「てめえと再会できたのは死ぬほど最悪に思えて最高にいい機会に巡り会わせてくれたぜ。あの時、小学ん時に俺に罪をかぶせたてめえに今こそ復讐ができるってもんだからよ!」

 復讐ってただの自業自得だろ。故意に悪いことをしたら必ず己に返ってくるってわからねーのかよコイツ。

「よくもおれに恥をかかせてくれたよな!全校生徒の前でおれの性癖を放送でバラしやがってよ!!ずっとずっと恨みを持って生きてきた。いつか再会した時に復讐してやるって決めてたんだ」

 だから自業自得だっつうの。全く改心していないようで怒りを通り越してあきれてくる。あーやだやだ。

「ぜってぇゆるせねえよ……架谷よ。ひいひい言わせてその末になぶり殺して釜茹にしてやるよ!てめえはおれ様の好きなものをなんでも盗んでいく大泥棒だからなぁ!この、クソゴミが!!」

 城山の蹴りが俺の顔面に入る。雑魚同然な蹴りでも今の俺が受ければ致命傷に近いダメージとなる。

「う、はっ」

 血を吐くなんてじいちゃんの修行の時以来だな~なんてのんきに考えている場合じゃないけど。

「架谷くん!!」
「ははは。いいザマだな、架谷。あの時を思い出すぜ。お前を毎日毎日休み時間の合間にボコってやった時の事をな。あの頃はまだ俺に歯向かおうという気配すらなかったのに、今じゃこんなに御大層な姿に成長して、あまつさえおれから悠里を奪おうとしていたなんてな。とんでもなく偉そうでデカくなったもんだぜ!なあ!」

 語尾を強調すると同時に背中を思いっきり蹴飛ばされる。今ので骨が大きく軋んだ気がして苦悶の表情を浮かべると、城山の快哉に笑う声が響き渡る。その笑い声がリンクするように、小学校の頃のいじめを受けていたあの時と重なる。

 小学校の時の幼い声と、声変わりを果たした野太い現在の声とが俺の心を強くえぐった。

「てめえは言っていたな。あの時、鼻血を出した超絶不細工顔でやめてくださいって。助けてくださいって。なあ、あの時みたいに命乞いしてみろよ。それか無様に誰かに助けを求めてみろよ。そうしたら命だけは助けてやるよ。命だけ、な。すべての体の自由を奪い、骨も肉も細切れにして、そのハラワタを犬に食わせながら生かしてやるよ。もれなく生き地獄というものを味合わせながらな。はははは!ま、てめえみたいな弱虫で根性なしを助けるヒマ人なんていないと思うがな」

 毎回同じ事しか言えねーのかよってくらいあの時と言っている事が変わらない。物語に出てくるゲスイ悪役そのものな発言だ。

 ああ、うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。

「あの時は運悪くてめえの動画晒しにあって屈辱を味わったが、今度はそうはいかない。裏社会を思うがままに操れるホワイトコーポレーションがバックについているからな!警察にバレようがなんだろうが揉み消してくれる。てめえを生かすも殺すも自由ってこった!恐怖を抱きながら死んでいけよ!」

 再度、城山の蹴りが俺の顔面を捉える。
 城山の愉悦に嗤う厭らしい顔もあの時とリンクして、また俺の心を強くえぐる。視界がぼやけて、耳も聞こえづらくなってきて、とうとう俺の体は鼻くそをほじる力すらなくなった。

「ふははは、とうとう虫の息みたいになって動かなくなりやがった。このまま放置すれば死ぬだろうが、それだけじゃあ俺の気がすまねえからな」
「架谷くん!架谷くん!いやああっ!!」

 半狂乱になって泣き叫んでいる神山さんの声が微かに聞こえているのに、やっぱり体は動かない。

「あ、そうだ。お前はおれから悠里を奪おうとしていたんだったな。なら、お前の目の前で悠里を犯してやろう。そうすれば諦めてくれるだろう?怒りと絶望と自分自身の無力さを感じながら惨めにそこで死んで逝け。お前が好きな女が目の前で犯されていくのをな!」

 神山さんが奴らの手下共から逃げ出そうとするが、それもむなしく手込めにされてしまっている。
 くそ、やめろ。やめろ。神山さんに手を出すな。彼女は俺にとって大切な人だ。俺を救ってくれた命の恩人なんだ。ああ、なんとかしなければならないのに体がもう動かねぇ!この不自由な体が腹立つ!自分自身も情けない。
 そして憎らしい!憎らしい!何もかもが憎らしい!
 城山……殺してやる……っ!!

 ただ、自分の中でどんどん大きく昂っていく感情が、理性という壁を脆くも崩れ去っていくのだけはわかる。
 あの時の城山への怒りと、屈辱と、情けなくて惨めな自分自身と、神山さんがひどい目にあわせられてしまうという焦燥感が、俺のメンタルを追い詰めて、極限まで昂らせて……もう、止められない――!
 理性が……働かない……。

「ははは、さあ悠里。架谷の目の前で楽しもうじゃないか」

 城山が彼女に手を触れようとしたその刹那――――

「ぐぎゃあああ!!」

 城山がまるで紙のように吹っ飛んだのを視界に捉えた。奴から吹き出す汚い体液や血がスローモーションのように見えてなんとも遅く思えた。
 そう、俺が奴を吹っ飛ばしていたのだ。無意識のうちにほんの一瞬で。

「え……」
「な、なんだ!?」
「おい、あいつ!」

 城山の手下共が呆気にとられている。
 ボコボコにされた俺が急に起き上がり、血だらけながら城山をあっさりと吹っ飛ばしたのだから連中からすれば何事だと思うだろう。

「城山……貴様は俺を生かすも殺すも自由と言ったな?だったら、俺もそうしてやるよ……」

 俺はいつもより重低音な声根で唸るように言う。これは心の奥底のもう一人の俺の人格のようだ。

「か、架谷くん……?」

 俺の様子が明らかに変だと察する神山さん。

「全員殺した後が楽しみだな……城山。ジワジワと嬲り殺しにしてやる」

 ニィっと俺は嗤っていた。それと同時に、もうしゃべる力のない城山のひゅうっという震えた呼吸が微かに聞こえた。俺は相当なほど城山に憎悪を抱いていたようだ。

「なっ……き、キサマぁ!!」

 一斉に奴らが俺を倒そうと襲いかかってくるが、俺は次々と奴らを急所めがけて淡々と一撃をいれていく。容赦なく。まるで殺すつもりで。

 次々と倒れていく連中達はピクピクとして辛うじて生きているが、半分死にかけの血まみれで顔面や身体が変形している。たった一撃で虫の息にさせる威力だ。

 もちろん今は殺さない。城山含め、これだけで死んでもらってはつまらんからかろうじて生かしているだけ。
 つまり、もう俺の頭の中には見境がない。理性というものがない。拳を振るい返り血を浴び続ける俺はもう鬼神の如くというより、

「ひ、ひいい……ば、化け物だ……!」

 おっしゃる通りだった。
 目にハイライトが消えた虚ろな目で俺は化け物そのものの振る舞いだった。あまりに俺の容赦ない攻撃と血だらけで襲いかかっている様子を見て、奴らはおよび腰だったり戦慄し始める。血だらけの化け物がにやついた顔で蹂躙していくのだ。それはまさしく「わくドキゾンビ」の動物達を襲う復讐心に我を失ったゾンビと言っても過言ではない。

「ギャアアアア!」
「ぐあああああ!」

 一人、また一人と笑いながら残酷な一撃をいれていく俺。復讐心の炎は一度灯ってしまうとそう簡単には消えない。

「架谷くん!やめてっ!もうやめて!!」

 神山さんが悲痛に俺を止めようとするが、俺はもう自らの意思では止められないほど病んでしまっている。別人格が俺を支配してしまっている。心の奥底に沈んでしまっている俺本来の人格が、止めようと思っても止められない。むしろこんな俺を誰が止めるというのだろう。こんなサイコパスみたいな俺を。殺戮マシーンと化した奴を。

 これが俺の本性か。
 辛かった。憎かった。城山が。城山の取り巻き共が。俺を犯人と決めつけて見て見ぬふりをしていた奴ら全員が。
 今まで押し込んでいた負の感情が心のどこかにあって、いつか復讐してやりたいと思っていた。憎悪を我慢していた。

 いじめのトラウマと心に負った傷はもう取り返しのつかない部分まで傷ついてしまって、我慢していたものが溢れ出ては止まらない。
 城山が俺の心をえぐったせいで復讐心がよみがえってしまった。
 矢崎の闇も相当重そうだが、そんな俺も人の事を言えないくらい同じ。俺はたかがいじめられてずっとそれを引きずっていた小物で、なんて弱いメンタル。なんて虚弱で脆い。
 そんな俺は、誰よりも……弱かったんだ……。

「架谷くん!架谷くん!お願いだから正気に戻って!!」

 神山さんは俺に背後から抱きついてなんとか止めようと奮闘している。
 あんたこそ逃げてくれよ。頼むから。俺を人殺しにさせないで。あんたを……神山さんを殺したくないんだ。
 そう願ってもむなしいくらい俺の体は言うことを聞いてはくれず、とうとう神山さんの方を振り返って拳を向けようとした。

「死ね――「だめだよ甲斐ちゃん」

 声と共に現れて、俺の両腕をワイヤーなどで拘束したのは相田だった。
 もう俺を止められるのはお前しか今はいないだろう。もし止められないなら殺してもいいと、救いを求めるように心の中で訴えかけると、

「キミはトラウマなんかで自分自身を見失っちゃう人間じゃないでしょ。もーうっかりさんだなぁ」

 トラウマでこうなるなんて俺ってメンタル豆腐である。

「とりあえず、まずはおとなしくさせるね。後で怒らないでよ?ハルちゃんはわかんないけど、直や穂高ちゃんには恨まれそうだけどね」

 そうおどけた態度で言うと、何かを取り出してそれを口に含む。そして、動けずにもがく俺の両頬をつかんで、

「んん!?」

 強引に唇を重ねられていた。深く。深く。
 な、な、なん……で……
 驚くヒマもなく相田の舌がぬるりと口の中に入ってきて、強引に歯列を割られる。やめろと抵抗したいのに身動きままならず、ごくりとして喉奥に何かを流し込まれた。

 これは……錠剤……?
 頭がフワフワとして、気持ちがよくなって、急激に眠気がきて……
 理性を取り戻した途端に俺は脱力したように意識を失った。


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