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四章急接近

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 甲斐ちゃんがホワイトコーポレーション……いや、白井グループの奴ら相手に逃げ回っているって聞いていたけど、どうなってんのかなコレ。
 おいらは数分前までは裏路地の通りで、いつもの反社会的なお仕事の真っ最中で、次の取引先へ行こうと思っていた矢先に近くで警察の連中が検問を始めたって情報を得たばかり。そいつらを拝みに行けば、中身はサツらしからぬ連中の顔だ。ヤク中そのものなひどいヤツレタ顔で、偽物なのが一目瞭然だよ。

 大体さ青龍会せいりゅうかいトップの孫である俺の前で人んちのシマ荒らしちゃうんだ。いろんなカタギに迷惑かけてさー任侠もくそもないよね。マジでケンカ売ってるのかなー白井グループの奴ら。

 青龍会とは矢崎財閥グループの裏の顔でもある。
 表では華やかな社交界を牛耳る矢崎財閥と持て囃されているが、裏社会では矢崎財閥改め青龍会と呼ばれている。
 青龍会とは裏社会を牛耳る日本の陰であり、言い方は悪いが反社会的組織。ウチのモン以外の半グレの者が一度その名を聞くと、生きてシャバの陽を拝めないとまで言われている巨大組織だ。

 その巨大組織のトップであり、俺の祖父が青龍会総統の相田又次郎あいだまたじろうだ。矢崎財閥名誉会長である矢崎誠一郎とは酒で契りを交わした仲であり、日本の裏社会を知り尽くした恐るべき実力者。
 又次郎は妻一筋の愛妻家であったが、その反面息子長男は女にだらしないと有名で、愛人作り放題で、その節操のなさで俺が生まれた。母親は親父が贔屓にしているソープ嬢で、それ以外にも何人もセフレや隠し子等がいた。母親はその後はあっけなくエイズで死んで、親父も同じ病気であっさりくたばった。
 そんな俺は長男だからというだけで跡取りとして任命された。自由を代償にして。

 それと同時に、同じく長男というだけで矢崎財閥次期社長に任命された矢崎直も俺と同じ境遇で一蓮托生。ある種の運命共同体だろう。
 俺と直は将来の二大双璧と言われているが、俺だけは所詮は裏社会でしか存在する事ができない半端者。青龍会を知らない小物や成金共からは表では過小評価されている。つまりナメられているんだよね。無知って時に罪であり、命知らずホイホイっていうかね。おいらを敵にまわすって事は、矢崎財閥を敵にまわすって事をなまじ知らない奴等が多いから、消えていった企業や人間は数知れず。

 まあ、おいらの組織が公になるわけにはいかないからこれは仕方のない事なんだけどさ。おいらだって別に目立ちたいわけじゃないし、むしろ直や矢崎グループが表に立ってくれているから裏で動きやすいんだからね。直には苦労強いちゃってるけど。

 それで本日、白井の奴らにどうお灸を据えようかなと考えながら甲斐ちゃんの様子をうかがうと、甲斐ちゃんてば目の焦点があっていない様子で容赦なく奴らをボコってるわけよ。まるで見境がないサイコキラーみたいになっちゃってさ、明らかにおかしくてどうなってんのって思ったけど、目の焦点があっていないなら十中八九白井の奴らの催眠術にやられちゃってるね。

 もーなんで甲斐ちゃんてばあっさりと術にはまってんの。
 この程度の催眠やマインドコントロールで惑わされるなんて甲斐ちゃんらしくないでしょ。サイボーグ相手に勝っちゃうほど強いくせに家でメンタルトレーニングくらいしてるでしょ~?って文句を言いたくなったけど、とりあえず正気に戻してあげないとね。なぜこうなったかしっかり聞かせてもらうんだから。

 甲斐ちゃんを銃型の強度合金ワイヤーで拘束し、念のためにといつも常備していた錠剤をピルケースから取り出す。これは精神科とかでもらえる薬を改良したもの。気分や不安を落ち着かせる作用を持ち、脳を強制的に休ませるために眠気がすぐにやってくるから今の甲斐ちゃんには効果的だろう。

 部下がたまに白井の催眠で操られちゃったりする時に無理矢理飲ませたりしているんだけど、恐ろしく怪力な甲斐ちゃん相手だと飲ませるのも大変。拘束を解いちゃうのも時間の問題なので、今すぐ口移しで飲まさないと怪我どころじゃ済まなさそう。それくらい甲斐ちゃんの強さは規格外だから大人しくさせるのも大変なのよね。おいらはどちらかというと格闘というより射撃や重火器専門だから、肉弾戦タイプの甲斐ちゃん相手だとさすがに荷が重い。という事で、そっこー口移し開始。

 野郎相手にこんな吐く真似したくないけど、甲斐ちゃん相手ならなぜか嫌悪感がわかないから不思議。むしろチャンスとか思っちゃう。おいらホモじゃないのになー。
 直や穂高ちゃんの悔しがる顔が見ものだよ。むしろ怒り狂いそうだけど、これは不可抗力でしょうがないよね~。
 口移しで眠った甲斐ちゃんを抱き止めて肩に担ぐ。筋肉質だけどこんなに細いくせにどこにあんなパワーがあるのか知りたいよ全く。

「あの、架谷くんは……」
「オマエ……Eクラスの、直の……」

 いかんいかん。つい最重要機密情報を口に出しそうになっちゃった。これは直すらも知らない生い立ちの秘密に繋がっちゃうからね。将来の裏社会を牛耳る者として、直の生い立ちは全て把握している。直もおいらの知らない生い立ちを把握しているだろう。
 お互いを監視するために、裏切り行為がないためにあえて教えられているのだ。もし裏切ればいろんな事に揺さぶりをかける事が可能だからね。だからと言って、直が裏切ったとしてもおいらは特に何も思わないし、何もしないけどね。

 相田家に特別恩もなければ忠誠心もないから。ソープ嬢との間に生まれたおいらだよ?身内に情なんて一切ないし。それにおいらも直と考える事は一緒で「自由」がほしいから。権力者というシガラミから解放されたくて仕方がないの。

「甲斐ちゃんなら大丈夫。お前は家に帰りなよ。あとはこっちが全部面倒みておくから」

 俺が甲斐ちゃんを担いだまま立ち去ろうとすると、慌てて女は追ってくる。

「じゃあ、私も行きます」
「邪魔だから来ないでくれる?うぜーんだお前。女がウロウロすんなっつーの」
「いいえ、ついて行きます。私を守ろうとした彼を……看病したいんです。お願いします!」

 はっきり表情と言葉でウゼーって言ってやったのに女の意思は揺らがない。おいらが四天王の相田だって知っているはずなのに、ビビる事なくまっすぐ見据えてきた。どれだけ甲斐ちゃんが好きなんだか。結構やるじゃない。

「責任感がお強いです事。性格はともかく、顔に面影があるからやりづらいねー」
「え……」
「おっと。なんでもない。ついてくるなら勝手にしたら?邪魔だけはしないでね」

 おいらの威圧感と睨んだ顔に尻込みしながらも引かないところは面白いね。その度胸だけは認めてあげる。
 少しでも気にくわない素振りしたら、もれなく怖がらせて泣かしてあげる。
 とりあえずハルちゃん経由で病院に甲斐ちゃんをレッツラゴーさせた。こういう時に医者の家系様がいると何かと迅速でありがたいよねー。ついでに白井グループと戦ってくれた甲斐ちゃんのお母様達や、怪我したEクラスの連中も運んであげたよ。おいらって優しいよねー。


「おお、拓実くん。架谷くんをなんとか押さえ込んだようだな。それで亀甲縛りしたのかね?」

 病院の廊下で甲斐ちゃんの手当てを待っていると、薬の効果よりそこをわくわくしたように訊いてくるパンチラ博士は相変わらずだった。俺の部下が洗脳などを受けた時はいつも亀甲縛りをしろとうるさいんだ。どんだけ縛り方にこだわりあるのって思っちゃうよ。

「亀甲縛りはさすがに目が覚めた甲斐ちゃんが怒り狂いそうだよ」
「何をいう。亀甲縛りは男のろまんだ。架谷くんも理解してくれる。あやつはワシに匹敵するほどのドスケベだからな。だが、投与させた薬は副作用がある」

 一番重要なとこを最後にちょっと言う辺りやっぱりパンチラ博士だよねー。

「副作用なんてあったんだ。知らなかったよ」
「今日の夜辺りに性的興奮がしばらく続くというものだ。狼男をイメージして作ったから、満月の夜に副作用が出るようにしといた。丁度今晩は満月。ドスケベな架谷くんには辛い興奮状態になるだろう」
「まあ!それは甲斐ちゃん大変ね」
「枕元にエロ本やエロDVDを置いておくのがよいだろう。架谷くんのことだ。勝手に抜いてくれる。あ、替えのパンツくらいは用意してやろうか。武士の情けも時に必要だからな。うむ、それがいい。我ながらいい考えだと思わんかね?」
「いい考えだよ博士。でもそれだけじゃ面白くないからおいらちょっと遊んであげよーかなー」
「なんだと!?まあたしかに面白くないのでその方がいいだろう。人間、病気や怪我の時は笑う事が大事なのは古今東西変わらぬ言い伝えだ。よし、拓実くんや。架谷くんを楽しませてこい」

 おバカなのか利口なのかわからない博士だけど、実力は権威のある教授で本物だし、電子科学部門でのおいらの家庭教師でもあったから信頼もある。時々エッチでおちゃめだけどね。だけど頑固で面白味のない奴より、一緒にいて面白いからおいらはとても気に入っている。
 もちろん甲斐ちゃんもとっても気に入ってるよ。出来ることなら直ちゃんや穂高ちゃんより先においらが目をつけたかったなー。




 架谷が白井の奴らから大ケガを負ったと聞いて、仕事など久瀬や部下に任せて飛んできた。
 なにやってんだあのバカ。あの程度の雑魚に遅れなんて、よほど油断していたのか寝ていたのか知らんが、情けないの一言だ。詳しい話は拓実から訊かないとわからないが、いろんな意味でハラハラして、切羽詰まって、それでいてムカつく。

 ハルの両親がやっている病院に到着して、架谷が運び込まれた病室へ向かう途中でEクラスの連中も治療を受けているのを目にした。Eクラスも襲われたとは聞いていたが結構な人数である。だがどれも深刻レベルではなく、せいぜい骨にヒビや骨折程度という所か。さすがは脳筋だらけの打たれ強いと噂されるEクラスだ。人間を止めた殺しの集団と言われる白井グループ相手に殺されなかっただけでも上出来だな。

「あ、直くーん!」

 架谷の母親が俺に気づいて声をかけてきた。背後に祖父母であろう人物も一緒にいる。

「かさた、いや甲斐くんは……大丈夫なんですか?」

 永遠に呼び慣れないな。あいつを君付けで呼ぶのは。

「あー大丈夫大丈夫!どんだけ重症かと思ったら肋骨にヒビが入ってるだけよ。ただ、精神的には重症かしらね」
「精神的に?」
「あいつ、メンタル弱かったのよ。メンタルトレーニングをしていたくせに、無意識に昔の事を引きずっていたらしくて、そこを漬け込まれたのかあのザマって感じ」
「そう、だったんですか」

 あいつがメンタル弱かったなんて初耳だ。
 いつもオレを励ます側のくせに、自分の弱い部分は全く見せなかったから予想外だった。

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