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一章最低最悪な出会い

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『ふふふ、ふふふふ……やっぱ面白いなぁ。そこまでされちゃあ許すしかないじゃない。大人顔負けの度胸に敬意を表したくなる。ねえ、本当の名前を教えてよ』
『本当の名前もくそもない。おれは弱田雑魚次郎だ。それ以外言う事はねーよ。ただの小学五年生なんだから』
『そう……そうなんだ。じゃあそこまで言うなら今は聞かないでおくよ。でも、次あったら……ちゃんと名前教えてね。でないと、今度こそキミの素性を探りに行くから。ぜひともまた逢いたいな』
『……できれば二度とあいたくないもんだ』
 
 そんなこんなんで、やっとヤクザ共から解放された。連中はどこの組のモンかは知らないが『青龍会せいりゅうかい』が云々とかしゃべっていたのが聞こえた。きっと大物なんだろう。だって人相の悪い黒服の奴らが何十人もいて若頭一人に頭を下げているし、ガキながら強面の大人相手に堂々とした振る舞い。俺の殺気を前にびびらなかったのも驚きだ。

 あいつとしゃべっている時は肝が冷えたし恐れ入った。まじで二度とあいたくない。

『架谷君!』

 ぼうっとしていたら、神山さんが急いで駆け寄ってきて俺の左手の甲をハンカチで包んでいた。そうだった。左手の甲を刺したんだった。結構な血の量でこりゃあ縫わなきゃいけないかもな。まあ、傷は残るかもしれないがそこまで深くは切ってないし。

『痛い?』
『ちょっとだけ。でもいいよ、これくらい』

 俺は神山さんの手を振り払うと、それでも神山さんは俺の手を引っ掴んで離さなくなった。

『だめだよ!すぐ一緒に病院に行こう!』

 一緒にか。一人でも別にいいのに……。
 そう言いたげに顔をあげれば、近くで複雑な顔をしたクラスメート達が目に入った。特に城山の顔なんて半べそかきながらあんな奴ら大したことないとか喚いているが、誰にも相手をされていない。プライドが邪魔をして強がっているのか、俺に助けられたのが屈辱なんだろうな。まあ、別にこいつらのために助けたわけじゃないのでスルーしておく。関わるのも面倒だ。

 ただ、神山さんを助けたかった。それだけだ。
 そのまま緊急外来の病院に半ば強引に連れて行かれ、数針縫う手当てを受けた。
 傷は少し残るようだが、手の甲なので残ったってどうってことはない。神山さんがやたら心配して世話を焼いてくるのがちょっと困ったくらいか。

『私を含めて、みんなを助けてくれてありがとう。架谷君がいなかったらどうなっていた事か』

 病院の待合室で改めて礼を言われた。さっき駆けつけたばかりの母ちゃんが向こうの方で看護師と話をしている。

『別に助けたわけじゃあない。何かあったら気分が悪くなるの嫌だったからだ。それより、なんであんたは俺をそこまで気に掛けるんだ?パンツを盗んだ犯人の俺に構う必要なんてないだろ』
『まだそんな事言ってる。架谷君は盗んでないってわかってるのに』
『疑いは晴れていないだろ。俺といればあんたもいずれ巻き添えをくうよ』
『それでもいい』

 彼女はあっさり開き直る。

『自分の意志で行動したいもの。他人が何を言おうが私は架谷君と仲良くしたい。それに架谷君は優しいから、私に何かあったら守ってくれそうだし。架谷君に守られるなら、いじめられても悪くないなって思うの』
『俺をあてにしないでほしーんだけど。守らないかもしれない』
『そんな事ないよ。前と雰囲気が変わっても、あてにしちゃうくらい架谷君は正義感が強いって事を知ってるから』

 神山さんの可愛らしい笑顔がまぶしかった。


 それから母ちゃんとやっと家に帰ると、親父や妹にやたら心配された。手を数針縫った事を伝えると驚かれた。平気でクマがいる山に置き去りにするくせに、数針縫った怪我に慌てるのもおかしいものだ。

『甲斐。未来にはもう伝えているのだが、突然だがお前と未来は転校してもらう事になった』
『……は?』

 帰ってきて早々に、いきなりこの親父は何を言っているのだろうとぽかんとする俺。

『お前の武道の実力を見込んで、おじいちゃんがお前をさらに鍛えてくれる事になったんだよ。いやー素晴らしい。未来もおばあちゃんから直々に柔道を習える事になって張り切っている様子だしな』
『あ、あの……親父、何言って……』
『あのおじいちゃんがお前にそこまで熱を入れているなんてすごい事なんだぞ。そこまで気にかけてくれているなんてお前に見込みがあるという事だ。じいちゃんのいる田舎でも頑張れよ。もう転校手続きは済んでいる。存分に修行に励め。はっはっは!』
『はぁぁああああ!?』
 
 ようするに、じいちゃんに見込まれて修行するためにじいちゃんの田舎に俺と未来が住み込む事になると。そういう事らしいが、だからってイキナリ勝手に決めてんじゃねぇえええええ!!このクソ親父があああーーー!!

 しかも、転校は数日後と急も急すぎる展開に俺も妹の未来も唖然としていた。のんびりした顔の癖に意外にせっかちに行動するものだ。

 まあ、あんなクラスメートとすぐ別れられるならある意味いいかと納得する。俺は誰にも転校を告げずに去る事を決めて準備を進めた。神山さんにも言わないつもりだ。



『あー神山のパンツいいぜぇ。くんかくんか』
『またパンツ持ち帰っていいよなぁ。んでまた架谷に罪をかぶせようぜ』

 廊下を歩いていたら、女子更衣室からそんな会話が聞こえてきた。
 城山達の声だ。また女子更衣室に侵入してパンツを盗んでいるようである。また持ち帰る云々と言っていたので、複数回はやらかしているようだ。懲りねえな。そんでもってまた俺に冤罪をなすりつけるつもりのようで。どうしようもないクズ共である。あんな目に遭っておいてこれとは、ここまでくると根っから性根が腐っているんだろう。

 あと数日でこの学校ともオサラバなのでこいつらの事なんてどうでもいいか。癪なので、パンツを盗んでいる様子と奴らの会話を持っていたスマホの動画機能で撮影しておく。これで今度はこいつらが変態仮面として軽蔑な眼差しで見られる番だろう。南無。

 だけど……なんかなぁ……。

 やっと変態仮面の汚名を返上できる証拠を手に入れられたのに、どうしてかあまり嬉しくなかった。釈然としないもんだ。なんていうかもう転校するし、今更感が強かったのかもしれない。クラスメートに愛着も未練もないからな。俺がこれからこの学校でどう思われようが関係なくなるし。

 だが、どうせこのまま転校してしまうのもつまらないので、盛大にやらかしてしまおう。せっかくの機会だ。ということで、放送室に忍び込んで全校生徒が観ているお昼の放送時に、動画で撮影した映像をドドンと流してやった。俺は放送委員だったからな。誰にも怪しまれずに映像を流せる事ができた。
 DQNな仕返しかもしれないが、まあまあ鬱憤は果たせた。ざまあ。

『城山達が犯人だなんてびっくりだよね。ま、あいつら普段から架谷君に突っかかってたし、犯人にしたのは架谷君が気にくわなかったんだろうね。だからってパンツ盗むとかありえないわー』
『ほんと、城山達サイテー。架谷よくやったわー』

 全校生徒の眼前で公開処刑を受けた城山達は一気に俺以下の地位に陥った。
 同じクラスや学年だけじゃなく、全校生徒に自分らの性癖がばれたので、下手をすればもう学校には来られないだろう。普通なら恥ずかしくて外も歩けないはずだ。

 その後、城山達はモンペみたいな両親らとともに話し合いの席で終始言い訳三昧だった。
 なんとか『俺は悪くナイー架谷ガー学校の体制ガー』と供述して味方を増やそうとしていたが、途中でパンツの事で盛大に自爆してしまい、言い逃れできずに撃沈。羞恥心から廃人のようになっていた。バカだろ。

 他の取り巻き連中も最初は強がっていたが、言い逃れできなくなると同じような顔で白くなって反省を口にしていたとかなんとか。最後まで城山のモンペ両親はそれでも息子だって男の子ですから女の子のパンツくらい~と開き直っていたけどな。モンペってバカしかいねーのか?親が親なら子も子だな。

 最終的には本人共々俺に恨み節をぶつけながら帰って行った。ざまあカンカンカッパの屁ー。

 勿論、その放送を流した俺にもキツイお咎めがきて教頭らに怒鳴られたがなんのその。転校する俺には痛くも痒くもない。母ちゃんやじいちゃんには怒られたけどな。
 かくして俺の汚名は返上されて名誉が回復されたのであった。

『それにしても架谷が犯人だと思ってたけど違ったんだ……かなり悪い事しちゃった』
『今度謝りに行こうよ。きっと許してくれるよ。どーせあの大人しい架谷だし』
『えーでも最近の架谷って前とは全然違うのよ。あんたはいなかったから知らないと思うけど、この前カラオケ店前でヤクザみたいなのに絡まれたのよ。そこに颯爽と現れた架谷ってばヤクザ相手に堂々としてて指詰めってやつしてたの。自分の手にナイフ刺すやつ。あの時の架谷ってばすっごいカッコよかったなぁ。見直したっていうか、あの大人しくてオドオドしていた彼がいつの間にかクールで男らしくなってたの。背も高くなってるしで見違えてさぁ、架谷を狙ってる女子一気に増えたらしいよ』
『へぇーそうなんだぁ、見たかったなぁ』

 女子達はそんな事をコソコソと会話しているが、俺は別に許すもくそも考えていない。ていうか手のひら返しうぜーな。こういう部分が嫌で俺は三次元の女子に夢を抱けなくなったんだよね。めでたく女嫌いになってしまったとさ。


『架谷君、明日……予定ある?』

 教室に戻ると、神山さんが妙にそわそわした様子でやってきた。頬はなぜか赤い。背後の方に友達らしき女子が頑張れなんて声をかけている。後押しでもしているのか。しかし、俺は……

『悪いけど、ぼく明日は予定があるんだ』
『え……そう、なの?』
『うん。家の用事。早起きしなきゃいけないし』

 そして、その言葉通りに俺は家の用事で引っ越しをして、神山さんにも転校を告げずにこの学校から姿を消した。
 じいちゃんの自宅と道場近くの学校に転校し、修行に励みながら小学校六年と中学時代を過ごしたのだった。
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