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一章最低最悪な出会い

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 しばらくして夏休みが終わり、道場がある田舎から地元に戻った俺は、久しぶりに修行のないフリーな日々を迎えた。
 といっても自主練は欠かさずするつもりだ。少しでもだらけるとすぐ体がなまっちまうし、さらに上を目指したい俺としては毎日のトレーニングは怠らない。じいちゃんとの約束でもあるからな。

 今日からまた学校だと思うと憂鬱だが、別に今の俺からすればどうってことはない。パンツを盗んだ変態扱いは変わらないが、いじめっ子連中に屈する事は絶対なくなったのでだいぶ肩の荷は下りていた。ある意味新鮮な気持ちで学校に行けたと思う。もう昔の弱いではなくなったのだから。

 俺が教室の扉を開けた途端、騒いでいた教室内が静まり返ると同時に一斉に俺の方へ視線が集中する。
 至るところから汚らわしいものを見るような視線が四方八方から突き刺さる。ちょっと痛い。痛いけど堂々としていればいいよな。だって俺は無実なんだから。ていうかそんな身構えなくてもいいのに。そんなに俺が汚いと言いたいわけかよ。まあ、パンツを盗んだ犯人だから犯罪者みたいな目で見てくるのは仕方ないか。このまま過ごしていても冤罪が晴れるとも思えないし、まあテケトーに過ごすか。

『よお、架谷。よく学校に来る気になったな』

 俺が椅子に座ってランドセルから私物を取り出していると、相変わらず挑発をしてくる城山達。小物だなと思った。今思えばなんでこんな奴らにビビっていたんだろうと別な意味で自分が情けなくなった。

『今日もまたパンツ盗むのか。え?変態仮面君』

 それはお前だろうと言いたかったが、こいつを相手にしているのも時間の無駄なので無視した。ランドセルに私物を詰め戻して椅子から立ち上がり、教室を出ていこうと思った。

『おいてめえ!何シカトしてんだよ!パンツ盗んだ変態のくせに!』
『いや、ウンコマンだろ。いつも保健室に行くフリしてトイレにこもったり女子の更衣室に侵入したりよ。変態ウンコマンだ!ぎゃーははは!』

 何が面白いのか腹を抱えて笑っている一同。クラスの連中もこちらを見てクスクス笑っている。ヒソヒソ揶揄話をしつつ好奇の眼差しを向けながら。
 あーもう煩わしい。ウンコマンでも変態でも勝手に呼んでいろ。

『おはよう、架谷君』
『神山、さん』

 そんな中、彼女は俺に話しかけてくる。なんでそこまでして俺に構うんだろう。放っておいてくれればいいのに。

『あれ、架谷君……なんだか前と違って雰囲気変わった?それに身長も結構高くなって、体も大きくなったんだね』

 そりゃあ死にかけの修行を繰り返したり、兄弟子達の陰湿ないじめに耐えたり、いろいろあったら性格もちょっと変わるってもんだ。身長は毎日牛乳飲んだりして伸ばそうとしたり、体がでかくなったのは筋トレや修行のせいだ。

 身長はいつの間にか155を超えていたし、11歳にしては大きい方である。毎日プロテイン飲んだり食生活を改めたりしたからな。体も筋肉バキバキで細マッチョに進化したのだ。
 一人称もこの時から「ぼく」から「おれ」になっていた。性格もちょっとどころかかなり変わったかも。

『そんな事は別にいい。あんた……おれに何かようなのか?』

 俺は素っ気なく返事をした。まるで睨みつける眼光だったかもしれない。俺が本気で睨みつけて殺気を放ったら、神山さんどころかクラス全員泣かして恐怖させてしまうと思うので、これでも超加減した。

『架谷君……?』
『もうおれに話しかけて来るな。面倒くさいから』

 別にこんな事は言いたくなかった。でも、俺に話しかける事によってこの子も同類に見られる恐れがある。いくら学校1のモテ美少女といえど、それを妬む女子だっているわけで、彼女を蹴落とそうとする陰湿な女子の格好の餌食になんてさせたくなかったのだ。

 それに彼女の友達も『なんで変態な架谷なんかとしゃべってるの』と、言いたげである。ならばこちらから突き放すほかない。俺は別にクラスで孤立でも一向に構わないのだ。

『架谷くんは……わたしが……迷惑……?』

 涙目の上目遣いに少し罪悪感がわいたが、俺は躊躇いもなく言う。

『ああ、迷惑だな』

 はっきりそう言って去ろうとすれば、背後から『悠里ちゃん泣かして最低』だとか『パンツ好きな変態のくせに』とか怒号が飛んでいる。どうやら神山さんは泣いてしまっているようだが俺には関係ない。

 ハイハイ。俺は学校1の可愛い子ちゃんのパンツを盗んだ挙句、泣かした最低野郎の変態仮面でーす。こんな俺に近づいたら変態が移っちゃうよーん……ってな。

 全く授業に出る気にならなくなったので、俺はそのまま一日保健室で寝て過ごす事にした。保健医は俺にいつも優しかったので特に咎める事もなく接してくれた。でもいつも保健室登校じゃ両親にいずれバレテ怒られるかもしれない。特にじいちゃんにばれるとなると面倒である。だが、あんなクラスメートなんて俺としては好きではないので、今後も付き合っていくとなると面倒だ。テケトーに過ごそうと思ってもストレス溜まりそ。
 あーさっさと卒業してあんな奴らがいない中学に行きたいもんだ。

 保健室で過ごした放課後、クラスの大半がまとまって歩いているのが目に付いた。噂によると連中達は担任や保護者引率でカラオケに行くらしい。神山さんをいろんな意味で慰める会なんだそうだ。

 なんだそれ。慰めてほしいのはこっちだっつうの。
 当然ながら俺はいない者と扱われているので、参加の有無などないに等しい。勝手にやってくれ。


 その夜、母ちゃんが醤油を切らしたからコンビニ行って買ってきてとお使いを頼んできた。
 母ちゃんの料理はまずくて食いたくないんだけど……なんて言ったら泣くので、渋々買いに出た。

 明日の料理当番は俺がやろう。絶対俺が早起きしてやろう。朝から下痢になんてなりたくないから俺がやろう。そう強く考えながら近道をしようと路地裏を歩いていると、カラオケ店やらいかがわしい店がある近くで、見知った面々が立っていた。クラスメート達である。

 まだカラオケにいたのか。お楽しみなことで。この辺は繁華街に近くて治安が悪いのによ。しかし、そんなお楽しみな様子は微塵も感じられず、クラスメート達は青い顔をしていた。黒服の強面連中相手に。

『おい、どーしてくれんだよ!大事なお方に絡んであまつさえ足を踏んで転ばせて怪我させてくれちゃってよぉ』

 どっかの組のヤクザっぽいのにケンカを売ったようだ。おいおい、何やらかしてんだか。

『す、すいません……この子が騒いだもので……』

 担任と一緒に城山が頭を下げている。原因はお前かよ。

『たかが子供が足にぶつかっただけなんでどうかこの通りで……』
『ああ!?たかが、だとオ!?テメエなめてんのか!!』

 強面その1が語気荒くする。子供が見たら泣くどころではない迫力である。
 っつーか担任のその謝り方はさすがにNGなのは俺でもわかるというのに情けないったらありゃしない。

『ひいっ!す、すいません……どうか、どうかお許しを……』

 鼻水垂らしてびびる担任の教師はもう涙目である。もちろんクラスメート達も半泣き状態。

『ガキだろうがなんだろうがオトシマエつけてもらわねーと困るぜ』
『お、オトシマエって……』
『誠意だよ誠意。俺らが納得するような事してみろよ。ですよね?若頭さん』

 ヤクザのリーダー格みたいなのが、後ろにいる若頭らしき少年にどうするか話している。
 少年はかなりのイケメン美少年で、俺と年齢が変わらなさそうな見た目だ。しかもあの幼さで若頭の地位についているらしい。ガキなのにどんだけ大物なんだよ。

 しばらく好奇心に眺めていると、若頭少年は愉快そうに黒く嗤ってクラスメート達をビビらせていた。笑顔に腹黒さ満載で、全く隙がない。強面ヤクザでさえ少年に恐れを抱いている様子を見て、あいつがマジで只者じゃないのが手に取るようにわかった。

『……じゃあ、これで誠意見せてほしいぞ、と』

 若頭少年は懐から由緒がありそうな小太刀を取り出した。それを担任に無理やり握らせる。

『指詰めって知ってる?指を切ることなんだけど、オイラ達の世界では反省や謝罪の意味で使われるんだ。それができたら見逃してあげてもイイよ。それもせいぜい手を切るくらいでゆるしてあげる。出欠大サービスで』
『て、手を切るってそんな……。さすがにそれは……』
『おっとこれ以上サービスはしてあげないよ。だって今時のガキって軟弱で陰湿だからさ、見た目だけですぐに相手の足元見るじゃない。反省の意味合いでの行為は必要でしょ。だってオイラを何者か知らずに寄ってたかって見下してさぁ、こうして怪我したわけじゃない。何様なのって話』

 若頭少年の右足首には大袈裟なほど包帯が巻かれている。なんか演技臭いがまあクラスメート達の陰湿さやガキゆえの残酷さも知っているのでどっちもどっちだなと冷静に傍観。

『今時のガキって報復されるって事を知らないのかな。でも、それくらいの事してもらわないと割に合わないよねぇ。大人相手に誠意ある謝罪するってそういう事。莫大な慰謝料とられないだけマシだと思いなよ』

 若頭少年が心底愉快そうに話す。子供とは思えない程の威圧感と冷徹さにヤクザ顔負けだ。

『さ、さすがに子供がした事ですのでどうか……っ』
『子供がした事で済まされると思うの?子供だからって自分のした事の責任を取らせるのが普通だと思うんだけど。自分のケツは自分で拭けって言うでしょ。ガキだろうと大人だろうと関係ない。そうやってガキに反省させないで、甘やかして、逃げ道ばっか作って野放しにしてるからガキがつけあがるんじゃない。ちゃんと悪いことをしたら謝るって躾もできないの?』

 呆れ笑う若頭少年のその言葉に大人たちは何も言えなくなっている。

『……まあ、あんた達がどうしても指詰めできないなら……そこの女の子』

 若頭少年が神山さんの方を視線で指名する。

『結構いい顔してるから、体で払ってもらおうかな。ロリコン専門の店で』

 軽いノリでそう言った言葉の内容は残酷なものだった。神山さんは顔面蒼白になった。

『体だなんて……っ』
『指詰めもできないじゃ話にならないもんでね。仕方ないから体でオトシマエつけてもらうしかないじゃん。それ以外に何があるっていうの。だけどさぁ、あんまりどれも嫌だあれも嫌だと否定していると、アンタらの口をまず塞いじゃうかも。ワガママばっか通じる世の中とちゃうし』

 若頭少年の手にはいつの間にか黒い無機質なモノが握られていた。映画やドラマで見るような恐ろしい飛び道具である。

『オイラ、あんたらみたいな責任逃れの事なかれ主義が大嫌いなの。そのうち無差別にドラム缶に生き埋めにしちゃうかもねぇ』

 カチャリとセーフティーを解除し、黒い飛び道具の銃口を担任の胸に当てた。引き金を引けば担任の胸に赤い花が開くだろう。ハッタリではない。あの少年の眼と殺気はマジでそうしようとしているのだ。

 担任は今にも卒倒して死にそうな顔をしており、おまけにクラスメートの連中も半泣きを通り越してガタガタ震えて恐怖している。中には失禁している者までいた。

『やめろよ』

 見ていられなかった。くそ……別にこんなクラスメート共なんてどうでもいいのに。
 ただ、自分にいつも声をかけてくれた神山さんだけは助けたい。彼女だけは変わらずの態度で俺に接してくれたから。だからそう突き動かされたのだ。

『キミ、だれかな?』

 現れた俺に視線が注がれる。あのバカ担任も、城山らも、その他クラスメート達も全員顔面を鼻水とか涙でグチャグチャにさせたツラでこちらを見ている。いつも俺をバカにしてウンコマンだとかほざいていたくせになんだそのへっぴり腰は。呆れるわ。
 威勢がない城山達クラスメート一同に呆れかえり、俺は若頭に向き直る。

『お控えなすって』

 俺はどっしり構えて片手を差し出し、江戸っ子口調で仁義を切る事にした。相手はやくざだしな。

『あっしはお宅さんが相手をしとりやすガキ共のくらすめいでフーテンの弱田雑魚次郎と申しやす。生まれも育ちも加賀はド田舎。何の取り柄もねぇ一介の学生でありんす。どうかあっしの仁義に免じてオトシマエ待ってもらいやせんか?あっしが代わりにこいつらのケツを拭きやす』

 俺は殺気を半分ほど解放した。一応、やくざ映画とかで見た付け焼刃のしゃべり方をやってみたのだが場違いであろうか。ぶっちゃけ一回やってみたかったんだよなあ。

『あはは、昔のヤクザみたいなしゃべり方して面白いねキミ』

 一応ウケているようだ。

『それに……子供なのに大した殺気を放てるんだね。それで、キミは本当にこんな情けないクラスメートと担任を助けに来たの?そうだとしたら超ウケる。こんな屑どもを助けるなんてお人好しもいい所だよ』
『自分でも思う。お人好しが血筋なもんで。一応、そいつらとはガッコーで偶然にも一緒なクラスになったご縁がありましてね、そのご縁をここで消すのも惜しいと思いまして。いきなりクラスメートが消えたなんて事になったら寝目覚めが悪いでござんしょう?』
『あはは、そりゃそうだね~。面白い事言うねキミ』
『面白いかどうかはさておき……』

 俺は担任が震えた手で持っていた小太刀を強奪し、一気に自分の左手の甲に突き立てた。
 痛い。結構痛い。でも修行で死ぬ思いをした怪我の痛みよりかは全然マシだ。

『これで、勘弁してもらいやせんか?』

 鋭い眼光を若頭少年にぶつけた。それに息を飲む若頭の側近達。修行の成果はヤクザ相手にも通じるようだ。
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