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前編

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「レリエッタ、お前との婚約を破棄する」
 婚約者である第一王子エヴィンの言葉に、レリエッタは片眉を上げた。黒い瞳に一瞬、訝しげな光がよぎる。
 が、一方的な宣告に激昂げきこうもせず、淡々と応じた。
「そうですか」
 どうやらもっと激しい抵抗があると予想していたらしいエヴィン王子は、冷静なレリエッタの反応に唇をへの字に曲げた。もうじき二十歳を迎える男性とは思えない幼稚な仕草しぐさに、レリエッタは内心溜め息を吐く。
 落ち着き払ったレリエッタの態度が面白くないのか、王子は黄金色の瞳に苛立ちを滲ませ、テーブルをこつこつ指で叩いた。
「無様に取り乱さないところは、流石さすがポートラート伯爵家の令嬢だな」
「お褒めにあずかり光栄です」
 皮肉だと承知の上で、丁寧に礼を述べる。頭を下げると、長い青髪が肩から流れ落ちた。
 ちっ、と王子が舌打ちする。話が進まないと判断したのか、軽く咳払いしてから話題を戻す。
「理由を聞かないのか?」
「聖女様の召喚に成功なさったのでしょう?おめでとうございます。流石さすがエヴィン王子でいらっしゃる」
 熱のこもらない平坦な声音で、レリエッタは祝辞を述べる。王子は、ふん!と鼻から息を漏らして腕を組んだ。ソファーの背もたれに体を預け、忌々いまいましそうにレリエッタをめ付ける。
「相変わらず耳の早い奴だな。油断も隙もない」
 王子が吐き捨てる姿を、レリエッタは無表情で見詰める。
 別にレリエッタが耳聡みみざとい訳ではない。
 エヴィン王子は口止めをしているが、表沙汰にされないだけで彼が召喚儀式に挑んだ事は公然の秘密。そして王子の上機嫌ぶりから、召喚したのは並の召喚獣ではないと予想出来る。
 その上、突然の婚約破棄。
 これだけ条件が揃えば恐らく最上級――或いは伝承級の聖なるモノ、聖女だろうと推察も難しくなかった。
「お前の言う通り、オレは聖女の召喚に成功した」
「そして伝承にのっとり、聖女様と御結婚なさる訳ですね」
「そうだ」
 召喚したモノが聖獣であれば、国の安寧あんねいをもたらすともとして従える。
 だが聖女は文字通り破格の清らかな存在。その聖女を妻として迎え入れ、国の守護を願うのは統治者たる王族の役目だ。
 聖女と結婚する以上、複数の妻を持ったり愛妾を囲う事は許されない。神にも等しい聖女をないがしろにする行為であり、怒りを買って加護を失いかねないからだ。
「分かりました。全ては王家と国の為、婚約の解消を受け入れます」
 レリエッタは一分いちぶの隙もない所作しょさで一礼すると、淀みない足取りで王子の前を辞した。
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