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第一章 出会い編
第五話 フリードリヒ様の過去②
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しばらくしてから、フリードリヒ様が小さな声で呟くように言った。
僕は一瞬何と返すか迷ったが、結局「はい」と素直に頷く。
「僕が聞いて良い話なのか分かりませんでしたし、その……今までは話すつもりはなかったですよね」
少しずつ、話をしてくれるようにはなっていたとはいえ、かなり踏み込んだ事情だったのもあって、今まではフリードリヒ様も僕にその話をしようとはしていなかった。僕から話を深く聞くというのは、さすがに無神経すぎるし下手に話題に出すのも躊躇われたし……。
少しぎこちない空気が辺りに流れた。フリードリヒ様にとっては、辛い記憶の筈だし、話すのには勇気がいるのだろう。続きを促すことはできるけれど、僕はあえて黙ったままフリードリヒ様の頭を優しく撫でた。
話したくなるまで、いつでも待っています。そう思いを込めたのが伝わったのか、フリードリヒ様はどこか決意した表情で、口を開いた。
「あいつを好きになったのは、俺がまだ子供の頃だった――」
フリードリヒ様は、そう過去について語り出した。
「そいつはルーイと言って、母親は異世界人だった。確かイギリスという国出身だと言っていたな」
幼い頃にこのクリフォトに流れ着いた母子。自ら異世界人であると名乗った彼女たちは、全身傷だらけで、食べる物や着る物にも困っている様な悲惨な有様だったらしい。だが、首輪をしておらず、身を縛る様な魔法もかけられていなかった為、当初母子は他国からの密偵なのではないかと疑われたらしい。
当時――二十年ほど前の時代では、首輪をしていない異世界人はとにかく煙たがられていた。
今は、現在の国王陛下の元、クリフォト国自体が一貫して異世界人への差別や区別を禁止し、守るような動きに変わっているが、その頃のクリフォトは今ほどまだしっかりとした法は制定されていなかった。そのため、表立って異世界人を傷つけるようなことはしなかったが、どこか自身たちよりも下に見ていたし、厄介者であるという認識が根強かったそうだ。
「昔、国に貢献をしてくれたという異世界人の時代はかなり前の話だったからな。恩義も時が経てば、忘れる。人間らしい話だ。まぁ、その当時近隣諸国と小競り合いが続いていて、殺気だっていたのもあるが……」
正直、僕には迷惑に思った当時のクリフォトの人の気持ちも分からなくない。正確には、不安から警戒せざるをえなかったというのが大きいと思うし。
僕たちのようなアジア系の人種は、この世界に似たような外見の民族が存在しない事もあって、どこかでどう見ても異世界人だと分かるんだけれど、イギリス人みたいな白人の場合、この世界の人間だと言い切れなくもないんだよね。
特に女子供なら、なおさら。
万が一を考えたら、大歓迎とはいかないだろう。当時の彼らにだって、守りたいものがあったはずなのだから。
「フリードリヒ様、当時の方々は……」
僕がそう口を挟むと、フリードリヒ様は「分かっている」と苦く笑った。
「大人になった今、当時の彼らの考えは十分理解できる。俺たち子供を危険に晒したくなかったんだろうとは、な。子供の頃は、何も知らずに、あいつが……ルーイが可哀想だと父に縋ったが、今思えば俺こそが自分勝手な奴だった」
ルーイは、フリードリヒ様の三つ下でまだ本当に幼い子供だったそうで、母親にしがみついてずっと泣いていたらしい。
(もしかすると、その頃にはルーイが好きだったのかな……フリードリヒ様)
少しだけズキンと胸が痛む。
けれど、後に失恋する相手の話を語っている割にはフリードリヒ様にはあまり悲壮感はなかった。かといって、怒りや憎悪も見えない。
「結局、俺が騒いだこともあって、二人共保護することになったんだが、どこで誰が保護するのか、相当揉めた。結果的に密偵では無かったし、俺の行為は間違っていなかったと父は俺に言ってくれたが、浅慮過ぎると母には叱られた」
フリードリヒ様は、淡々とそう語って行くが、叱られたことを思い出したのか可笑しそうに笑った。どうやら、その頃の話には嫌な思い出は無い様だ。むしろ、どこか懐かしそうなその表情は優し気だった。
「もしかして……フリードリヒ様は、どちらかといえばお母さまっ子ですか?」
母、と言葉に出した瞬間、とても声が優しくなったような気がして思わず聞いたのだが、フリードリヒ様は静かに頷いた。
「ああ、そうだな。いや、そうだったというべきか」
(……?)
「お母さまとは、大人になってから……不仲になってしまったんでしょうか?」
今回の娼館での依頼は、おそらくフリードリヒ様のご両親からだろうと予想していた僕だが、そんなに親子仲が良いなら、変な回りくどい作戦など立てずに直接言えば解決したんじゃないのかな? とと少し疑問に思い、尋ねた。
(優しい表情から、お母様を憎んでいる様には見えないんだけれどなぁ)
だが、フリードリヒ様は僕の問いを否定する。
「いや、仲は良かった。最期までな」
「それって……」
僕は失言に思わず口を噤んだ。
その言葉の意味するところは、つまり――。
「流行り病でな。俺が十七歳の頃に……」
「す、すみません」
僕が慌てて謝ると、フリードリヒ様は気にするなと笑った。
「もう十年も経っているからな。俺の中で整理はついている話だ」
整理はついている。その言葉に嘘はないんだろう。だが、その目には深い悲しみが確かに見て取れた。
「ふっ……話を続けるぞ?」
そっと、僕の頬をフリードリヒ様の指先が撫でる。まるで慰めるかのような、その仕草に僕はにべもなく頷くしかなかった。
「両親の許可を経て、二人は王宮で身柄を預かる事になった。王が保護しているという名目なら、万が一何かがあったとしても対処できるからな。勿論、不審な動きを見せれば容赦しないとは強く伝えた上での話だったが……」
だが、警戒とは裏腹に母子は別段おかしな動きを見せることはなく、間もなく本当に異世界人だと証明されたという。
「え……っ、証明する方法があったんですか?」
異世界人が授かる能力は確かに強力なものもあるので、そういった能力で見分けたんだろうか? 不思議に思って聞くと、フリードリヒ様は「ああ」と頷いた。
「かなり強力な治癒の力を持っていた。魔道具や薬の補助なしで、身体の欠損を治療できるような力の持ち主は間違いなく異世界人以外に考えられない。それに、王家に残されていた異世界の道具の名称も知っていたからな。」
僕は一瞬何と返すか迷ったが、結局「はい」と素直に頷く。
「僕が聞いて良い話なのか分かりませんでしたし、その……今までは話すつもりはなかったですよね」
少しずつ、話をしてくれるようにはなっていたとはいえ、かなり踏み込んだ事情だったのもあって、今まではフリードリヒ様も僕にその話をしようとはしていなかった。僕から話を深く聞くというのは、さすがに無神経すぎるし下手に話題に出すのも躊躇われたし……。
少しぎこちない空気が辺りに流れた。フリードリヒ様にとっては、辛い記憶の筈だし、話すのには勇気がいるのだろう。続きを促すことはできるけれど、僕はあえて黙ったままフリードリヒ様の頭を優しく撫でた。
話したくなるまで、いつでも待っています。そう思いを込めたのが伝わったのか、フリードリヒ様はどこか決意した表情で、口を開いた。
「あいつを好きになったのは、俺がまだ子供の頃だった――」
フリードリヒ様は、そう過去について語り出した。
「そいつはルーイと言って、母親は異世界人だった。確かイギリスという国出身だと言っていたな」
幼い頃にこのクリフォトに流れ着いた母子。自ら異世界人であると名乗った彼女たちは、全身傷だらけで、食べる物や着る物にも困っている様な悲惨な有様だったらしい。だが、首輪をしておらず、身を縛る様な魔法もかけられていなかった為、当初母子は他国からの密偵なのではないかと疑われたらしい。
当時――二十年ほど前の時代では、首輪をしていない異世界人はとにかく煙たがられていた。
今は、現在の国王陛下の元、クリフォト国自体が一貫して異世界人への差別や区別を禁止し、守るような動きに変わっているが、その頃のクリフォトは今ほどまだしっかりとした法は制定されていなかった。そのため、表立って異世界人を傷つけるようなことはしなかったが、どこか自身たちよりも下に見ていたし、厄介者であるという認識が根強かったそうだ。
「昔、国に貢献をしてくれたという異世界人の時代はかなり前の話だったからな。恩義も時が経てば、忘れる。人間らしい話だ。まぁ、その当時近隣諸国と小競り合いが続いていて、殺気だっていたのもあるが……」
正直、僕には迷惑に思った当時のクリフォトの人の気持ちも分からなくない。正確には、不安から警戒せざるをえなかったというのが大きいと思うし。
僕たちのようなアジア系の人種は、この世界に似たような外見の民族が存在しない事もあって、どこかでどう見ても異世界人だと分かるんだけれど、イギリス人みたいな白人の場合、この世界の人間だと言い切れなくもないんだよね。
特に女子供なら、なおさら。
万が一を考えたら、大歓迎とはいかないだろう。当時の彼らにだって、守りたいものがあったはずなのだから。
「フリードリヒ様、当時の方々は……」
僕がそう口を挟むと、フリードリヒ様は「分かっている」と苦く笑った。
「大人になった今、当時の彼らの考えは十分理解できる。俺たち子供を危険に晒したくなかったんだろうとは、な。子供の頃は、何も知らずに、あいつが……ルーイが可哀想だと父に縋ったが、今思えば俺こそが自分勝手な奴だった」
ルーイは、フリードリヒ様の三つ下でまだ本当に幼い子供だったそうで、母親にしがみついてずっと泣いていたらしい。
(もしかすると、その頃にはルーイが好きだったのかな……フリードリヒ様)
少しだけズキンと胸が痛む。
けれど、後に失恋する相手の話を語っている割にはフリードリヒ様にはあまり悲壮感はなかった。かといって、怒りや憎悪も見えない。
「結局、俺が騒いだこともあって、二人共保護することになったんだが、どこで誰が保護するのか、相当揉めた。結果的に密偵では無かったし、俺の行為は間違っていなかったと父は俺に言ってくれたが、浅慮過ぎると母には叱られた」
フリードリヒ様は、淡々とそう語って行くが、叱られたことを思い出したのか可笑しそうに笑った。どうやら、その頃の話には嫌な思い出は無い様だ。むしろ、どこか懐かしそうなその表情は優し気だった。
「もしかして……フリードリヒ様は、どちらかといえばお母さまっ子ですか?」
母、と言葉に出した瞬間、とても声が優しくなったような気がして思わず聞いたのだが、フリードリヒ様は静かに頷いた。
「ああ、そうだな。いや、そうだったというべきか」
(……?)
「お母さまとは、大人になってから……不仲になってしまったんでしょうか?」
今回の娼館での依頼は、おそらくフリードリヒ様のご両親からだろうと予想していた僕だが、そんなに親子仲が良いなら、変な回りくどい作戦など立てずに直接言えば解決したんじゃないのかな? とと少し疑問に思い、尋ねた。
(優しい表情から、お母様を憎んでいる様には見えないんだけれどなぁ)
だが、フリードリヒ様は僕の問いを否定する。
「いや、仲は良かった。最期までな」
「それって……」
僕は失言に思わず口を噤んだ。
その言葉の意味するところは、つまり――。
「流行り病でな。俺が十七歳の頃に……」
「す、すみません」
僕が慌てて謝ると、フリードリヒ様は気にするなと笑った。
「もう十年も経っているからな。俺の中で整理はついている話だ」
整理はついている。その言葉に嘘はないんだろう。だが、その目には深い悲しみが確かに見て取れた。
「ふっ……話を続けるぞ?」
そっと、僕の頬をフリードリヒ様の指先が撫でる。まるで慰めるかのような、その仕草に僕はにべもなく頷くしかなかった。
「両親の許可を経て、二人は王宮で身柄を預かる事になった。王が保護しているという名目なら、万が一何かがあったとしても対処できるからな。勿論、不審な動きを見せれば容赦しないとは強く伝えた上での話だったが……」
だが、警戒とは裏腹に母子は別段おかしな動きを見せることはなく、間もなく本当に異世界人だと証明されたという。
「え……っ、証明する方法があったんですか?」
異世界人が授かる能力は確かに強力なものもあるので、そういった能力で見分けたんだろうか? 不思議に思って聞くと、フリードリヒ様は「ああ」と頷いた。
「かなり強力な治癒の力を持っていた。魔道具や薬の補助なしで、身体の欠損を治療できるような力の持ち主は間違いなく異世界人以外に考えられない。それに、王家に残されていた異世界の道具の名称も知っていたからな。」
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