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第3章:銅級冒険者昇格編
第28話:この一撃にかける!
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アッタロスとサイクロプスは死闘を繰り広げていた。
サイクロプスは圧倒的な機動力でアッタロスを攻め立てている。一般の愚鈍なサイクロプスと比べると力は弱いものの、直撃すればアッタロスは崩される。
怪我を負った今のアッタロスが勝るのは剣の技術と魔力だけだ。速さでも力でも劣るので防戦一方、それを駆け引きと技量でなんとか引き延ばしている。
両者とも一刻以上激しい戦闘を続けているので、どちらも疲弊している。しかし、戦いが長引くほど有利なのはサイクロプスだ。
もしアッタロスが万全だったら歴戦の技を繰り出すことで強引に倒せたかもしれない。だが、序盤でマイオルを庇ったためにアッタロスは傷を負った。怪我のせいでアッタロスはいま左腕で強い力を使えない。内臓にも傷が入っているだろう。治療に集中すればマシな状態に出来るはずだが、サイクロプスはそんな猶予を与えてくれなかった。
セネカが戦場に戻ってきたのは、戦いの均衡がちょうど傾く頃だった。
両者は激突を繰り返している。サイクロプスの大ぶりの攻撃をアッタロスが避けて往なし、剣で返り討ちにしようとするが、サイクロプスが俊敏な動きでこれを躱す。すれ違い様に蹴ろうとしたところをアッタロスが火の剣で防御し、距離を取る。
そんな攻防が途切れなく続いているが、アッタロスは苦しそうだ。速い動きをする度に口や脇から血が流れているように見える。一方で、サイクロプスも傷だらけだが、大きな技の痕跡はない。
セネカにとってこの戦いは雲の上の戦いだったはずだ。しかし、思っていたほど異次元には感じなかった。アッタロスは完全に息を切らしている。サイクロプスの脚は寄れている。
セネカはこの戦闘に自分も入る余地があるという根拠のない確信を持った。
サイクロプスはアッタロスを殴ろうとした。あまりに単純な攻撃だったのでアッタロスは防御して反撃しようとしたが、その時、サイクロプスが踏み出した脚の膝がガクッと折れて巨人はバランスを崩した。
「ちくしょう!」
困ったのはアッタロスの方である。反撃しようとしていたため、サイクロプスの急な動きの変化に対応できそうにない。
サイクロプスは前にかかった重心を利用して、そのままアッタロスに掴み掛かろうとした。
「[星辰剣]」
アッタロスは策に瀕して切り札を抜いた。咄嗟だったので剣に魔力が満ちていない。十分な威力にならないが出すしかなかった。
剣が眩く輝き、サイクロプスに斬りかかる。
巨人は咄嗟に腕を引いて身体を守った。これが命運を分けた。
全力の魔力が篭った右肘がアッタロスの剣の軌道に入り、両断されるのを防いだ。
しかし、衝撃を殺すことはできず肘が腹にめり込んだ。
「びぎゃあああああああ!」
サイクロプスのけたたましい叫び声が一帯に響く。
錯乱したサイクロプスは腕や足を振り乱してじたばたしたした。運悪くアッタロスは蹴られてしまい、肩に大きなダメージを負いながら吹っ飛ばされた。
サイクロプスの腕から赤黒く気色の悪い血がボタボタと垂れた。腹から胸の辺りが深く陥没している。だが、痛みに耐えながら、勝ったのは自分だとばかりに巨人は深く息をついた。
しかしすぐに居直って周囲を見回すと、自分を射抜くような目で見てくる存在に気がついた。
それはセネカだ。
セネカの頭には最善を尽くすことしか頭になかった。
本気を出したところであの魔物に勝てるかは分からない。そこはセネカの領域ではない。未来のことは誰も知らない。
だからこそ、本気を出すのだとセネカは思った。
この世界には自分で変えられる部分とそうでない部分がある。
変えられる部分で精一杯を尽くしたら良い。変えられない部分のことを考えても仕方がない。
セネカは削ぎ落として、削ぎ落として、深い集中状態に入っていった。
遠くにいるサイクロプスと目が合う。
不思議なことにサイクロプスの気持ちが伝わってきたようにセネカは感じた。
『かかってこい』
そんな強い想いを受けて、熱くならない冒険者はいない。
セネカは浮かされるように言った。
「かかってこい!」
両者は同時に走り出した。
極限状態に入ったセネカの時間が薄く引き延ばされる。
地に着く足の感触を鮮明に感じる。
左手で押さえる鞘の手触りが心強い。
セネカは『どう縫ってやろう』とずっと考えていた。
あばれ猿の時のように自分が針となって巨人の身体を縫い貫こうと思った。
だが、それでは遅すぎる。
相手が疲弊していても、あの攻撃では間に合わない。
もっと速く!
もっと鋭く!
そうしないとアイツには届かない。
じゃあ、どうしたらいい!?
スローダウンする世界の中でセネカは思考の海の中に沈んで行った。
脚はもう止められない。
敵もこちらに向かってくる。
サイクロプスの目は狂気に満ち、凄みを増している。
勝負は一瞬。
ただ一撃、ただ一撃で良い。
アイツより速くて強い技を出してやる!
そう強く決意した瞬間、セネカは頬に風を感じた。
そうだ!
私にはまだ縫っていないものがあるじゃないか。
まだ縫えるものがたくさんあるじゃないか!
交錯の瞬間が近い。
セネカは魔力をたぎらせ、鞘に入った刀に手をかけた。
「この一撃にかける!」
それは居合だった。
足を踏み出すと同時に刀を抜き放つ。
かつてないほど魔力が吸われていく。
「やあぁぁぁ!!!」
そしてセネカは空気を【縫った】。
『キイイイィン』
金属が打ち鳴らされたような高い音が鳴り、加速する。
セネカの身体にものすごい圧力がかかり、引き寄せられるように前進する。
無我夢中で刀を振るうが手応えはない。
外したかもしれない。
そう思って振り返ったセネカが見たのは、下半身だけのサイクロプスであった。
【レベル3に上昇しました。[非物質を縫う]が可能になりました。干渉力が大幅に上昇しました。身体能力が大幅に上昇しました。サブスキル[まち針]を獲得しました】
空白だったセネカの頭の中にそんな音声が聞こえてきた。
サイクロプスは圧倒的な機動力でアッタロスを攻め立てている。一般の愚鈍なサイクロプスと比べると力は弱いものの、直撃すればアッタロスは崩される。
怪我を負った今のアッタロスが勝るのは剣の技術と魔力だけだ。速さでも力でも劣るので防戦一方、それを駆け引きと技量でなんとか引き延ばしている。
両者とも一刻以上激しい戦闘を続けているので、どちらも疲弊している。しかし、戦いが長引くほど有利なのはサイクロプスだ。
もしアッタロスが万全だったら歴戦の技を繰り出すことで強引に倒せたかもしれない。だが、序盤でマイオルを庇ったためにアッタロスは傷を負った。怪我のせいでアッタロスはいま左腕で強い力を使えない。内臓にも傷が入っているだろう。治療に集中すればマシな状態に出来るはずだが、サイクロプスはそんな猶予を与えてくれなかった。
セネカが戦場に戻ってきたのは、戦いの均衡がちょうど傾く頃だった。
両者は激突を繰り返している。サイクロプスの大ぶりの攻撃をアッタロスが避けて往なし、剣で返り討ちにしようとするが、サイクロプスが俊敏な動きでこれを躱す。すれ違い様に蹴ろうとしたところをアッタロスが火の剣で防御し、距離を取る。
そんな攻防が途切れなく続いているが、アッタロスは苦しそうだ。速い動きをする度に口や脇から血が流れているように見える。一方で、サイクロプスも傷だらけだが、大きな技の痕跡はない。
セネカにとってこの戦いは雲の上の戦いだったはずだ。しかし、思っていたほど異次元には感じなかった。アッタロスは完全に息を切らしている。サイクロプスの脚は寄れている。
セネカはこの戦闘に自分も入る余地があるという根拠のない確信を持った。
サイクロプスはアッタロスを殴ろうとした。あまりに単純な攻撃だったのでアッタロスは防御して反撃しようとしたが、その時、サイクロプスが踏み出した脚の膝がガクッと折れて巨人はバランスを崩した。
「ちくしょう!」
困ったのはアッタロスの方である。反撃しようとしていたため、サイクロプスの急な動きの変化に対応できそうにない。
サイクロプスは前にかかった重心を利用して、そのままアッタロスに掴み掛かろうとした。
「[星辰剣]」
アッタロスは策に瀕して切り札を抜いた。咄嗟だったので剣に魔力が満ちていない。十分な威力にならないが出すしかなかった。
剣が眩く輝き、サイクロプスに斬りかかる。
巨人は咄嗟に腕を引いて身体を守った。これが命運を分けた。
全力の魔力が篭った右肘がアッタロスの剣の軌道に入り、両断されるのを防いだ。
しかし、衝撃を殺すことはできず肘が腹にめり込んだ。
「びぎゃあああああああ!」
サイクロプスのけたたましい叫び声が一帯に響く。
錯乱したサイクロプスは腕や足を振り乱してじたばたしたした。運悪くアッタロスは蹴られてしまい、肩に大きなダメージを負いながら吹っ飛ばされた。
サイクロプスの腕から赤黒く気色の悪い血がボタボタと垂れた。腹から胸の辺りが深く陥没している。だが、痛みに耐えながら、勝ったのは自分だとばかりに巨人は深く息をついた。
しかしすぐに居直って周囲を見回すと、自分を射抜くような目で見てくる存在に気がついた。
それはセネカだ。
セネカの頭には最善を尽くすことしか頭になかった。
本気を出したところであの魔物に勝てるかは分からない。そこはセネカの領域ではない。未来のことは誰も知らない。
だからこそ、本気を出すのだとセネカは思った。
この世界には自分で変えられる部分とそうでない部分がある。
変えられる部分で精一杯を尽くしたら良い。変えられない部分のことを考えても仕方がない。
セネカは削ぎ落として、削ぎ落として、深い集中状態に入っていった。
遠くにいるサイクロプスと目が合う。
不思議なことにサイクロプスの気持ちが伝わってきたようにセネカは感じた。
『かかってこい』
そんな強い想いを受けて、熱くならない冒険者はいない。
セネカは浮かされるように言った。
「かかってこい!」
両者は同時に走り出した。
極限状態に入ったセネカの時間が薄く引き延ばされる。
地に着く足の感触を鮮明に感じる。
左手で押さえる鞘の手触りが心強い。
セネカは『どう縫ってやろう』とずっと考えていた。
あばれ猿の時のように自分が針となって巨人の身体を縫い貫こうと思った。
だが、それでは遅すぎる。
相手が疲弊していても、あの攻撃では間に合わない。
もっと速く!
もっと鋭く!
そうしないとアイツには届かない。
じゃあ、どうしたらいい!?
スローダウンする世界の中でセネカは思考の海の中に沈んで行った。
脚はもう止められない。
敵もこちらに向かってくる。
サイクロプスの目は狂気に満ち、凄みを増している。
勝負は一瞬。
ただ一撃、ただ一撃で良い。
アイツより速くて強い技を出してやる!
そう強く決意した瞬間、セネカは頬に風を感じた。
そうだ!
私にはまだ縫っていないものがあるじゃないか。
まだ縫えるものがたくさんあるじゃないか!
交錯の瞬間が近い。
セネカは魔力をたぎらせ、鞘に入った刀に手をかけた。
「この一撃にかける!」
それは居合だった。
足を踏み出すと同時に刀を抜き放つ。
かつてないほど魔力が吸われていく。
「やあぁぁぁ!!!」
そしてセネカは空気を【縫った】。
『キイイイィン』
金属が打ち鳴らされたような高い音が鳴り、加速する。
セネカの身体にものすごい圧力がかかり、引き寄せられるように前進する。
無我夢中で刀を振るうが手応えはない。
外したかもしれない。
そう思って振り返ったセネカが見たのは、下半身だけのサイクロプスであった。
【レベル3に上昇しました。[非物質を縫う]が可能になりました。干渉力が大幅に上昇しました。身体能力が大幅に上昇しました。サブスキル[まち針]を獲得しました】
空白だったセネカの頭の中にそんな音声が聞こえてきた。
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