上 下
29 / 197
第3章:銅級冒険者昇格編

第29話:まち針

しおりを挟む
 マイオルが目を覚ましたのはひどい悪臭のせいだった。

「くさい。魔物避けのにおいだ⋯⋯」

 そう呟いて身を捩ると大きな葉っぱがかけられていることに気がついた。セネカがやってくれたのだろう。

 身体は疲労感でいっぱいだったが、歩けないほどではない。休息をとれば移動できるだろう。怪我の調子もひとまずは悪くない。

 マイオルは【探知】を使った。

 セネカとアッタロスがこちらに歩いてくるのが分かる。アッタロスがセネカに肩を借りて二人でヨタヨタ歩いてきているようだ。

 しばらく待つと二人の姿が見えてきた。
 マイオルは起き上がって親友を呼ぶ。

「セネカ! 無事だったのね!」

「マイオル!」

 そう言って歩いてくる。

「調子は大丈夫?」

「あたしは大丈夫よ。アッタロスさんは?」

「あぁ、俺も大丈夫だ。この場所なら魔物を避けられるとセネカが言うから真っ直ぐやって来たんだ。ポーションと回復魔法を使えば必ず治る。マイオルも生きていて良かった。飛ばされた時には肝が冷えたよ」

 アッタロスの顔は青ざめていていつもの覇気がない。
 セネカはアッタロスを樫の木の幹にゆっくり座らせた。

「マイオルは覚えてないかもしれないけれど、信じられないくらい飛んだんだよ。落ちた場所が良かったんだろうけど、私も焦った」

「え、そんなに?」

 マイオルが聞くと、回復魔法で淡く光るアッタロスは頷いた。

「そもそも何が起こったんですか?」

 マイオルがそう聞いたので、アッタロスとセネカは事の経緯を詳しく説明した。マイオルは真剣に聞いた。

「つまり、あたしがサイクロプスに吹き飛ばされた後、アッタロスさんが身を挺して守ってくれたおかげで難を逃れたものの、その後、苦戦を強いられたと。セネカはあたしをおぶって逃げたけれど、朦朧とするあたしの言葉をきっかけに戦いに戻ることに決めた。そのおかげでアッタロスさんが止めを刺されるのを阻止して、なんとか胴体から斬り伏せることができたって訳だよね?」

「そうそう」

「訳わかんない⋯⋯」

 セネカは軽いノリで肯定したが、マイオルは訳が分からず泣きそうな顔だった。

「そもそも、なんでそんな魔物があそこにいたんですか?」

「詳しくは分かっていないが、魔力溜まりの中に根のような空間ができて、そこに強力な魔物がいることがある。これ以上は秘匿度の高い機密だから言えないが、今回もそうだったのだろう」

 アッタロスはそれを言って遠い目をした。
 セネカとマイオルがじーっと見ていたのに気づいてアッタロスは話を続けた。

「上位の魔物の中には探知系スキルに敏感な魔物がいるんだ。あのサイクロプスの亜種もそのタイプだったのだろう。いま思えばマイオルのことを狙っていたのかもしれない。異常に敏捷性が高くて、力がある厄介な魔物だった。銀級上位か金級のパーティで当たるべき相手だっただろう」

 マイオルは血の気が戻って来たところだったのにまた真っ白な顔になった。

「手負いの状態でそんなに強い魔物と長時間戦えるアッタロスさんって⋯⋯」

「そうだな。ちゃんと名乗っていなかったが俺はアッタロス・ペルガモン。金級冒険者だ。と言っても今は専業ではなくて、たまにこうして依頼をこなすだけだがな。命令があれば軍属の冒険者として働くこともある」

 アッタロスは冒険者カードを懐から取り出した。そこには金級冒険者の証である印章が刻まれていた。

「やっぱり」

「まぁそうですよね。金級冒険者が相対する魔物と戦えるんですから」

 アッタロスは頷いた。

「俺からも聞きたいことがある。セネカがサイクロプスに放ったあの技はなんだ? あんな速さでお前が動くのを俺は見たことがない。正直、あのまま激突して潰される未来しか浮かばず、目を伏せそうになったぞ」

「あれは居合い。スキルの新しい使い方を思いついたから試してみたらうまくいった」

「⋯⋯。そんなに単純なことには見えなかったのだが、まぁいい」

 セネカが分かりやすく目を泳がせたので、アッタロスは気を使ってこれ以上追求しなかった。

「セネカ、マイオル、今回のことは俺の完全な落ち度だった。予めしっかり説明をしていればマイオルが怪我をすることはなかった。本当に申し訳ない。だが、二人が生きていて本当に良かった!」

 アッタロスは深く頭を下げた。
 二人は目を丸くして謝罪を受け入れた。

「俺とマイオルは上級ポーションを飲んで休んでいるから、セネカはサイクロプスの素材を回収してくると良い。あれだけの魔物だ、良い財産になるぞ! だが、くれぐれも気をつけてな」

 セネカは目をギラギラさせてあっという間に走って行った。





 三人で野営地に戻った。
 明日は一日しっかり休み、明後日街に帰る予定だ。

 野営地に戻る道すがらマイオルは魔力溜まりを探していたが、『根』を断ったからか魔力濃度の高いものは消えてしまった。
 この辺りに何が未知の要素があるようにマイオルは思ったが、アッタロスが口を閉ざしているので、言えないことなのだろうと察して質問しなかった。

 夜、セネカは一人で見張りをすることになった。
 見張りを立てないで過ごす手立てもあったが、疲労感はないし、身体の調子も良いので自ら買って出た。

「レベル3⋯⋯」

 野営地までの道を歩いただけで、自分の身体能力が大幅に上がっていることにセネカは気づいていた。意識とのズレは生じていたものの、身体をどう使えば良いかという面でも能力が上がっているようで大きな混乱はなかった。

「[まち針]」

 新たに得たサブスキルを使ってみる。すると一本の針が出現した。
 針は針だが、頭の部分に赤い花型の飾りがついている。
 念じてもう一本、もう二本と出すと、それぞれ黄色と緑色のまち針が出てきた。

 セネカは直感的にこの能力の使い方を分かっていた。
 針をすっと空間に刺して手を離すと浮いたままである。これが[まち針]の『固定』の能力のようだ。

 次に、五本のまち針が宙に浮いている姿を思い浮かべて魔力を込める。すると、思い描いた通りに[まち針]が出てきた。
 それらに内包されている魔力を圧縮して弾くと[魔力針]と同じように飛んでいく。これが『生成』と『射出』だ。

 [まち針]に込められる魔力は少ないので、遠方からの狙撃には限界があるように感じた。しかしこの能力は【縫う】必要がないので気軽に撃ち込める。さらに、複数の針を同時に撃つことが出来るので、中近距離で面の攻撃が可能になる。

 [まち針]は非常に有用なスキルだとセネカは思った。これだけで戦略の幅が大きく広がる。今は不可能だと思ったことも、熟練していけばできるようになるかもしれない。
 まだ力を得たばかりだ。これからたくさん調べて、また試行錯誤をしていこうとセネカは心に決めた。

 色々と検証をした後、最後に、セネカは立ち上がって刀を抜いた。
 肩まで振りかぶり、昼間のように空気を【縫う】。

『キイン』

 想像以上の速さで前進し、袈裟に斬った。
 会心の太刀だ。

 あの時ほどは魔力を込めていないが、楽に空気を【縫う】ことができる。

 だが、改めてやってみてセネカは己の危うさに気がついた。

「運が良かった」

 あの時は夢中だったが、この速さで動いてしまうと目標に刃を当てるのが非常に難しい。本当にただの偶然で攻撃を当てられただけで、もう一度やれと言われても無理かもしれない。目一杯に魔力を込めたので格段に速かった。

 失敗していた時のことを考えてセネカはブルっとした。刀も危なかった。丁寧に扱わないと折れてしまう。

 しかしそれでも勝てて良かったと思うセネカであった。





 翌日、マイオルとアッタロスは身体を休めながら近場で採集を行った。

 セネカは一人で身体を慣らし、スキルを使って訓練した。

 野営地に戻った後は、マイオルを元気づけるためにヒヨケザルの真似をして樫の木に張り付いてみたりもした。

 ちなみに大好評であった。

 さらに次の日、三人はバエティカに帰り、ギルドに報告をした。
 基本的にはアッタロスが偉い人たちと話をしてくれたので、セネカとマイオルは軽い聞き取りをされただけだった。

 サイクロプスの素材は高く売れ、二人は小金持ちになった。冒険者学校の入学に関わるお金にはもう困らない。

 それからは今まで通りの普通の生活に戻った。

 セネカはマイオルとキトにレベル3になったことを報告して、度肝を抜いた。
 セネカの話を聞いて、キトは自分のレベルを上げたくなったが必死に我慢した。

 何日か後にギルドで尋ねると、アッタロスは人知れず王都に帰ってしまったという。
 寂しいような気がしたが、王都に行ったら会えると思ったので、二人はその時の楽しみにしておくことにした。

 そして一週間後、銅級昇格通知と、王立冒険者学校の特待生合格通知が二人の元に届いた。
しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

処理中です...