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第五章 始動

5.14 『避けられないトラブル』

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 長老の使いの白鳩が私邸に居る俺――ガルシオン――のもとにやって来たのは、俺が山積みの書類を片付けた後だった。
 白鳩は、その首に紫色の小さな玉をつけている。

 それに触れると鳩が、長老の声で用件を話す――――そんな仕組みだ。
 腹黒狸め。今度は何をさせるつもりだ。

 うんざりしつつも俺は鳩の紫色の玉に触れる。

「クルガの転移門で、職員らを含む数十名が惨殺されるという事件が起こりました。クルガの街に邪教集団の何者かが現れたようです。現在は姿を消し消息不明。クルガに宮廷魔導士が数名派遣しており、結界を張って厳戒態勢です。水森英人様の報告によると、帝都の転移門で倒れた“星の救世主”様を保護したとのこと。至急“星の救世主”様と合流してください」

 ――――優花が倒れた? 

 使徒と遭遇したのだろうか。
 帝都か。帝都の……何処だ? 探すには広すぎる。

 転移門で倒れたとしたら、中央。体を休めるとしたら宿屋。東の商業区からあたるか。
 商業区には冒険者ギルドの本部、宿屋や商店が集まる。

 帝都地図を広げ、俺は光属性精霊金の鳥を呼び出す。

 光に溢れた美しい金色の鳥が姿を現わし、俺の肩にとまる。
 目を閉じ、優花の姿を思い出す。栗色の髪と瞳の、柔和な顔立ちの少女。

「優花を探してくれ」

 金の鳥はその姿を金色の石に姿を変える。地図の上に浮かび上がり、淡い光を発しながら転移門から東の方向へ    
――――動き出す。そして商業区の一角で止まる。そこは冒険者ギルドがある辺りだ。

 冒険者ギルドかその近くにある宿。
 キースが建てた宿も近くにあるが、恐らく水森英人が連れていくとしたら冒険者専用の宿屋だろう。
見当はついた。

「ライファ、戻っていいぞ」

 金の鳥がスッと消えていく。
 俺は身支度を整え、部屋を出る。
 
 ヘーゼルに出かける旨を伝え、俺は私邸の地下へ向かう。
 そこにあるのは俺専用の転移門だ。
 
 マトゥーク魔法学院、帝都、フォーレン家に繋がっている。向かうは帝都、だ。
 魔方陣の上に乗り、「帝都ルグランデ」と宣言。

 魔方陣が起動し、目を閉じる。

 次に目を開いた時は、帝都ルグランデにいるだろう。


 ♢♢♢


 妻以外の女性を……、昨今の若者がお姫様抱きとかいうそれをしたのは初めての事だ。
 10代後半の少女は軽く、痩せすぎの体型が痛々しい。

 もしも妻と自分の間に娘がいたら……これくらいの年頃になっていただろうか?
 ふと、そんなことを僕――水森英人――は考える。

 気を失ってはいても、なお大事そうにリスに似た魔獣を抱えている。
 少女はこの魔獣をマロンと呼んでいた。ニーロ曰くこの魔獣は単なる魔獣ではなく、アンバースクウィレルと呼ばれる聖なる貴重種で、しかも“琥珀の女王”と呼ばれる最後の一匹なのだそうだ。

 帝都ルグランデは広い。中央の転移門から宿屋まではそこそこ距離がある。来るとき同様馬車を使っているが、馬車の椅子に彼女を寝かせるわけにもいかず、お姫様状態を維持している。

 とりあえず着いたのは東にある商業区の冒険者専用宿。
 僕が泊っている宿の部屋に連れていく。

 受付の人物の視線を感じる。世間でいう「お持ち帰り」ではない。実際、持って帰ってきているわけだが。

 僕の部屋は後で取り直すとして……。長老のいうお迎えを待つとするか。
 
 少女の靴とショルダーバックを外し、ベッドに寝かせる。
 ショルダーバックが意外にも重い。どうしてこんな重いバックを持ち歩くのだろう?

 琥珀の女王は、なにかクッションのような物の上に置いたほうが良いだろう。
 辺りを見回すと、背もたれが一つだけあった。これでいいな。

 少女の枕元に琥珀の女王を置く。手ごろなタオルがあったのでそれを掛ける。

 そうして僕はようやくソファに座る。
 この宿で一番いい部屋を取っておいて良かった。この広さなら、少女の聖獣が戻っても問題ない。

 ニーロが琥珀の女王の側で様子を伺っている。

「ニーロ、女王の状態はどうですか?」
「だいぶ安定して少しずつ魔力も戻ってきたー。でも、もどった魔力をそのままおいらが張ったバリアの強化に回してる。まとわりついてる邪竜の穢れが優花に行かないようにかな。てか――――無意識にできるもん? すげぇな。愛の力ってやつかー?」

 愛、ですか。

 僕はおもむろにカードをテーブルに広げ、1枚を選んでめくる。
 またしても“ᚺ”ハガル

「僕は何か手助けが出来ますか?」
「んー、いざって時のためにエクストラタイム残しておいたほうがいいかもなー。てか英。さっきのルーン、ハガルだったろー?」
「ええ」

 ハガル“ᚺ“。今の場合は、避けられないトラブル。

 こいつは、これでもかと試練を与えてくれる。
 この時考えることは、「いかに回避するか」ではなく「いかに立ち回るか」だ。
 言いかえれば「いかに状況を楽しめるか」ということ。
 避けられはしないが必ず解決することは決まっているし、事前に分かっているから気持ちは楽だ。 

 ニーロが「まだほかにあるのかー」と、ため息をつく。
 
「英ー、麦酒ほしいー」
「まだダメですよ。これからお迎えが来ますからね、その後です」
 
 僕は曇天の空を見上げた。
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