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第五章 始動

5.13 出会い

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 その魔方陣の中へ入ると、魔方陣が金色の光を放つ。

 いよいよ帝都! ……という時。

 ――――ゾクリ――――。

 背後に、視線。
 振り返ると、柵の向こうに、私をじっと見つめる少女。
 茶色の髪、茶色の目。八歳くらいの、整った容姿の女の子。
 明らかに人でないとわかるのは、背中の大きな黒い翼。

 その少女の髪と目が漆黒に見えた時――――
 少女の唇が動いた。

「わたし、イルガ。優花、ア・ソ・ボ」

 そうして口元がニヤリと嗤う。
 禍々しい微笑み――――

 どうして私の名前を知ってるの?

 一瞬、空気が冷たくなる。
 そして、その場に居た人間たちの首が――――ズレる。
 首を失った体から噴き出す大量の血。

 首と体が床に転がる。
 血で染まった空間の様子をうっとりと眺める少女。

 発動する転移の魔法陣。
 思考を止め硬直した私を、強い光が包み込む。

 
 目を開けると、薄暗い金色の魔方陣の中に立っていた。

 一瞬で切り替わった視界。

 レンガ造りの広い空間。ここは――――帝都の転移門?

 しかし、目に焼き付いた凄惨な光景。
 なに、あれ。夢じゃ……、ない。

 心臓の速すぎる鼓動。
 さっきは一切動けなかったのに、今は震えが震えが止まらない。

 だってあの少女の闇。悪意に満ちていた。
 邪竜の影ほどの闇ではない。だけど、あれは、勝てない――――闇だ。

 今は……。

 周囲を確認するも、邪悪な気配は、ない。
 追いかけてきていない?

 さっきの人達……、あぁ、生き残っている人もいるかも、なんとか助けに……。

 あ――――。だめだ。立って、いられない……。
 私はその場に座り込む。そして、気が付く。

 ――――!
 
 フニオと、マロンはっ?
 気配が、ない。どうして!?

『フニオ、マロン』

 返事はない。ジワリ広がる不安。
 
『フニオ、マロン……!』

 その時、光が一点に集中し、フニオの姿が現れる。
 しかし、いつもは真っ白のモフモフの毛に、所々黒い斑紋のように汚れている場所がある。
 いつも通りキリッとしているもののフラフラだ。背中には横たわるマロン。

「フニオ! マロン!」

 側に行こうとすると、フニオが止める。

「近寄るな、穢れが移る。援軍を呼んだ。もうすぐ、来る」

 フニオはマロンを落とさないように気を付けながら、その場に伏せ込む。
 援軍? フニオの仲間?

「優花から魔力を貰った。かなりの量だ、すまない。優花は魔力切れで倒れるかもしれない」

 魔力切れで私が倒れるほど魔力を必要とするってこと?
 なんらかの理由で私の魔力を必要としてる? 

 フニオとマロンにただ守られる私。
 だけどこれまでと違うのは、私にも出来る事があるということだ。

「わかった」

 フニオとマロンをこんな状態にした、フニオもその気配に気づけない敵。
 もしかしたらマロンも気が付かなかったのかもしれない。
 それほどに強い敵。あんなに多くの人間を一瞬で殺してしまうその力。

 イルガと名乗った、黒翼の少女。

 「アソボ」って言ってた。
 
 今は見逃してあげるけど、ってこと? ううん違う。
 あの少女は、私を追いかけて来る。帝都に――――? 

 帝都でも人が虐殺されるの? 私が居るから……。

 足元から震えがとまらない――――
 不意にドタドタと走ってくる音が聞こえる。転移門の部屋の扉の向こう。

 追ってきた? まずい。このタイミングだと私――――。
 
ヒデー。遅いぞー」

 なんとなく間の抜けた感じの声。

「本当にここで合っているんでしょうね、ニーロ」
「んー、おいらの勘ではここにいるはずー」
 
 羽音……。 鳥?

「麦酒を飲んでないニーロはあんまりあてになりませんがね」
「そうだなー今度から麦酒を持ち歩こうぜー?」

 男性の声も。あれ? 流暢な……、日本語?

「何を贅沢な。まず、ぬるくなります。却下ですね」
「ケチだなー」

 扉の向こうで男性がなにかを唱えている――――

 少しして扉が開く。

 短めの黒髪、黒い目。お洒落な鼈甲のフレームのメガネをかけている。赤いローブ姿の
 どう見ても「日本人のオトナ」の男性だ。
 そして、真っ直ぐに私を見て、にっこりと微笑んだ。 

「あなたが、火口優花さん、ですね?」

 丁寧な口調。

「あなたは……?」
「初めまして。僕は水森みずもり英人ひでとです。優花さんと同じ立場の者って言ったら分かりますか?」

 優しい声……。何処かホッとする。「同じ立場」と聞いて、全身のこわばりが和らいでいく。

 水森英人と名乗る男性が、「名刺はないのでね」とか言いながら私に向かって手を差し伸べた。ガルシオンと同じぐらい大きな手。
 その手を取ると、温もりが伝わってくる。

 そして「名刺」。あぁ、日本人。

「ありがとうございます。私、火口ひぐち優花ゆかです」

 ぽろぽろと涙が出る。それを手で拭うと、英人がハンカチを渡してくれた。
 
「大変な目に遭いましたね。今、周囲は安全なようです。かといって留まるわけにはいきませんが……。まあ、後は僕達に任せてください」

 英人のまわりを飛んでた七色のまだら模様の鳥が、英人の頭の上にとまる。
 小さい体だけど、フェニックスの幼鳥って言われたら納得するような美しい鳥だ。
 その深緑の目が私を見つめる。

「いよう! あんたが優花か。ふむ、可愛い系女子だな。おいらは聖獣ニーロ。よろしくなー」

 鳥に褒められた……。聖獣?
 フニオみたいな感じかと思ってたけど、ぜんっぜん違う。
 でもなんか、和む。

「はじめまして、ニーロさん」

 私はニーロにぺこりとお辞儀をする。

「おい、ニーロ。すまないが助けてほしい」

 フニオがニーロを呼ぶ。ニーロは英人の頭の上からフニオの近くまでふわりと滑空。

「お前が『助けてほしい』なんてなー。槍でも降りそうだ。おっと悪い。こういうのはレディーファーストだろー」 
「……。そうだな。おまえに看てもらいたいレディが背中にいる。俺は今、何の能力も使えない」

 ニーロがフニオの背中の上でぐったりとしてるマロンを診る。

「これが例の琥珀の女王かー、すげえな。こんなちっこい体でよくフニオを守り通したもんだ」
「……全くだ。頭が上がらない」

 マロンがフニオを守ってくれた?
 フニオは邪竜の強い干渉を受けたのかもしれない。ということはマロンも同じように邪竜の力の影響を受けたに違いない。マロン……。

「オイオイ。これ、単なる魔力切れじゃないな。とりあえず邪気は抑えとくけど、おいらじゃこんなの浄化できないぜー。てかフニオ。オマエの穢れもヤべェぞー!」

 ニーロの目が青紫色に輝く。ニーロがなにか呪文を唱え始めるとマロンとフニオの体を緑色のオーラが包み込む。マロンの短い腕がピクンと動く。よかった、生きてる。

「助かる、ニーロ。穢れは聖魔獣様に祓ってもらう――――。戻ってくるまでの間、優花とマロンを頼む」
「一人で行けるか? ミルク呼ぶぞー?」

 ニーロの提案にフニオが首を横に振る。

「優花から魔力を貰った。まもなく優花は魔力切れで倒れるはずだ。英人。後は頼めるか?」

「大丈夫ですよ、お気をつけて。なるべく早めに戻ってきてくださいね」

 にっこりと微笑む英人。穏やかな人だ。
 フニオがチラリと私を見つめる。

「優花。少しばかり離れるが……俺のことは心配するな」

 私は頷く。
 ニーロがフニオの背中のマロンを浮かせ、私は両手で受け止める。

 こんなに軽いマロンの体。

「麦酒を切らしてるからホントに応急処置にしかならないけどー。ま、ないよりましだろー」
「ありがとう、ニーロさん」

 「では行ってくる」急いだ様子でフニオはスッと消えていく。
 毛皮の黒い斑紋、大丈夫なんだろうか……。

 英人に支えられて立ち上がる私。いつ来るか分からない睡魔が怖い。
 足元が少しふらつく。歩けるか、心配だ。

「優花さん取りあえずここを出ますよ。僕の泊まってる宿に案内しますね」
「はい、おねが……い……」

 ああ、意識が遠のく――――
 マロンを抱きかかえたまま、崩れるように倒れる。
 私の名前を呼ぶ英人の声が、遠くにこだまする。
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