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第五章 始動

5.15 安否

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 僕(水森英人)は曇天になった空を見上げた。
 一波乱の前に一降りくるかな等と考えていたら、部屋の片隅に気配。
 
 そこに光の粒子が一点に集まる。それが徐々に大きな獣の姿になる。

 先程転移門で見かけた姿よりも大きな獣だ。暗銀色と白が入り混じった毛並み。こういうのを「モフモフ」ということを知っている。
 青紫色のキリリとした目が優花とマロンに向けられる。

 フニオを見てニーロは嬉しそうだ。
 麦酒を与えてやらないと――――だな。

「ニーロ、いま戻ったぞ」
「おうよー! これでやっと麦酒が飲めるぜ!」

 フニオはニーロのそんな言葉を無視して、琥珀の女王を見つめる。

「マロンを浄化する」

 フニオが琥珀の女王に触れると、小さな黒い竜紋が女王の体に浮かび上がる。 
 フニオの白い霧がマロンを包み込むように丸くなる。

「英、水を作れるか?」

 僕としてはこれから何が起こるのか全く想像もつかない。


「女王を包めるだけの水量でいいですか?」
「ああ、頼む」

 水ならラーグで十分だけれど、浄化なら慈愛のギュフをくっつけておいた方がいいだろう。

「ルーンライティングラーグギュフ:セット・ツーオラクル、融合30%、ラン!」

 右手で宙に二つのルーン文字を描いた瞬間、僕の時計の針が120度程傾く。疲れはするが大したものではない。右手から湧き起こった清らかな水を、琥珀の女王に注ぐ。

 同時にフニオが琥珀の女王に向けて咆哮する。白光霧のオーラが琥珀の女王を包み込む。
 その後水が琥珀の女王を包む水球を作り上げる。

 そしてニーロの祝詞が続く。

「大地霊王アルドウェンよ、我が声を聞け、山河の精と共に、邪を払い清めん。生命の源、力を貸し、浄化の光、世に満ちん――――大地の祈り!」
 

 この魔法はニーロが契約する大地霊王アルドウェンと深く繋がり、大地の浄化の力を借り受けるものだ。この力は、周囲の空間を浄化し、邪悪な力を持つ存在や呪いを無効化することができる――――筈なのだが、麦酒を飲んでいないニーロは本来の力の1/3程度しか出せない。

「珍しいですね、ニーロが大地の祈りを使うとは」

 それほど、深く染みついた穢れ、ということか。

「おいらだってやる時はやるんだい! ドヤァー!」

 僕の頭の上で自らドヤーと言ってしまう残念な鳥を、フニオが見つめる。

「ニーロ。援護、感謝する。後で主に麦酒をおごるように頼んでおこう」 
「オッ。わかってんじゃんー! 頼むぜフニオ!」

 嬉しそうだ。頭上でのステップはほどほどに。

 しかし、まさかのニーロの魔法の乱入で、琥珀の女王は土の卵の中にいる。中には白光する水が琥珀の女王の体を包み、穢れを洗い流しているだろう。

 この穢れが消えると同時に土の卵が割れ、中から元気になった琥珀の女王が現れるはずだ。

「フニオ、マシューの方はどうなってるんだー?」
「優花とリンクしているせいか露木つゆき恵吾けいごにも強い邪竜の干渉波が行ったらしい。それをマシューが全部受けた様でな。聖魔獣様がマシューを浄化して事なきを得た」

 流石マシューだ。この事態を想定して備えていたということ。どこかの陽気な鳥とは全然違う。
 もっとも僕がマシューに会ったのは一度だけ。あの時は……、叱られたな。 

「サクラ様はー?」
「ロキ様とGATEの修復をされている」

「リサやミルクは無事だったんですか?」

 僕がフニオに問いかけると、フニオがそこで何かを考えている。

「英人はリサやミルクと会ったことがあるのか?」
「え? ええ、彼女の歌が聞きたくなりまして、ね」
 
 ニーロの目が泳ぐ。忘れてましたね、報告。
 ため息をつくフニオ。

「無事だ」

 やっぱりか。露木恵吾に影響があれば僕やリサにも影響があっただろう。
 邪竜側はどこまでこのシステムに気が付いているのだろう。
 
 しかし優花と恵吾が守られたなら、全員が守られたと考えていい。
 痛手ではあったが、状況はひとまずおちついたか。

「とにかく皆が無事なら一安心ですね」
「ああ、そうだな」

 そして、当の優花は……。現在昏睡状態にある。

 ニーロの話だと、魔力は順調に回復しているが、意識体が精神的なショックから立ち直れずにいるらしい。目の前で起きた虐殺シーン。平和な地球から来た優花にはショックが大きかっただろう。

 ハガルが告げた予測不可能なアクシデント。

 誰も事態を防げなかった。闇の干渉に琥珀の女王でさえも気が付けなかった――――
 こういう事態はこれから先も有るかもしれない。

「長老には僕が現状を報告しました。今後は優花に護衛を付けて不測の事態に備えると言っていましたよ」

 僕的には仲間が増えるのは正直助かる。
 ニーロによると、護衛を命ぜられたのはショルゼアの人間たちが作り上げた“元救世主”で、剣技に優れた聖騎士なんだとか。

 しかしその聖騎士は中々に厄介な存在らしく、能天気なニーロでさえも、彼を優花に近づけて良いのかどうか悩んでいた。


「じゃあフニオ、楽しみにしてるぜーっ!」

 いや、気のせいか。

 やっぱりご機嫌なニーロに戸惑うフニオ。
 フニオは知らないんでしょうねぇ。ニーロがどれほど飲むのかを。
 優花が後で泣きを見るでしょうけど……、いや。
 そもそも優花はこの話を知らない。

 しょうがない、折半しますか。


 部屋のドアを叩く音。

 フニオは素早く琥珀の女王土のたまごを回収し、優花の影へと潜る。

「長老の指示を受けた者だ、入室許可を頂きたい」
「承知いたしました、どうぞ」

 暗茶色の外套を纏った、黒髪の、若い男性が姿を現す。
 ひときわ目を引く黒と金の目。壮絶な美貌の聖騎士が、英人に聖騎士の礼を取る。

「私はガルシオン・セイラード。優花の護衛だ」

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