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氷姫救出編

第六偽剣

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 扉の隙間から見えたのは部屋というよりはただただ広大な空間だった。
 洞窟をそのままくり抜いた様な場所で天井が果てしなく高い。
 これだけ広大なのにも関わらず柱の一本もないのが不思議だ。普通ならば崩れていてもおかしくないように思える。

 大穴は暗闇に包まれていたが、そこ扉の先には光があった。
 所々に刺さっている巨大な水晶が発光していて、空間全体を照らし出している。

 そこにいたのはヒュドラだった。
 広大な空間の中央で身体を丸めている。扉が開いたのを感じての首をこちらに向けてきた。

 そう、十本だ。

 ヒュドラの首は九本が最大。
 俺が読んだ本にはそう書いてあった。
 道中でウォーデンとカノンにも確認したが十本首のヒュドラなんて話は聞いていない。

 俺の殺気を感じ取ったのか、ヒュドラが巨大な翼を広げた。これも普通のヒュドラにはない特徴だ。

 ……変異種か!

 しかし、それももう不思議ではない。
 奈落の森に入ってから変異種を見過ぎた。特に気にしていなかったがあの魔物の大軍の中にも山のように変異種がいたのだろう。

 ……だが関係ない!

 俺は一歩、踏み込み抜刀した。
 目の前に敵がいるのならばただ殺すのみ――。

「第六偽剣――空位断絶くういだんぜつ

 第六偽剣はことに関して言えば最強の偽剣だ。敵がどれだけ強固な防衛手段を持っていようが関係ない。
 
 何せ斬るのは物ではなく次元だ。
 俺の視界を平面に見立てて、次元を斬る。
 故に防御不可。それに斬っているのは面だ。敵がどれだけ離れていようが斬撃が到達する時間は零。
 刀を振るった瞬間に真っ二つだ。

 一刀が扉ごとヒュドラの首、その全てを断ち切る。それだけに留まらずヒュドラの背後にある土の壁にも深い斬撃痕を刻んだ。
 十本の首が宙を舞う。

 ――カァアアア

 カノンの鴉が鳴いた。俺の頭上を飛び越え鴉十羽が、七本目の首に向けて飛翔する。
 目にも止まらない速さで首に到達し、配置につくともう一度鳴いた。
 鴉の身体に魔術式が記述され魔術を発動する。

 ――呪属性結界魔術:呪皇境界じゅおうきょうかい

 鴉から紫色の線が出て、他の鴉と繋いでいく。やがて立方体となり首を保護する。
 それを残りの二羽が吊るす様にしてカノンの元へと運んだ。
 ひとまず前提条件は達成。あとはヒュドラを殺すだけだ。
 
「カナタ! ウォーデン!」
「「おう!」」

 二人は左右の扉を蹴り破ると部屋へと侵入した。そして待機させていた魔術式に魔力を流し込む。

 ――雷属性攻撃魔術:綴・天壊つづり・てんかい
 
 カナタの手から雷が疾る。それは魔術式を記述する魔術。雷がヒュドラの周りを縦横無尽に駆け巡り、新たな魔術式を記述した。

 ――雷属性攻撃魔術:天壊てんかい

 魔術式が白い閃光を生み出す。轟音を響かせながらヒュドラを飲み込んだ。切断面のみならず身体を焼いていく。

「ウォーデン!」
「おうよ!」

 ウォーデンの握る二槍が白い炎に包まれた。

 ――炎属性攻撃魔術:灼天却しゃくてんきゃく

 凄まじい熱量だ。ウォーデンはかなり前方にいる。だというのに肌がチリチリと焼かれていくのを感じる。
 ウォーデンが二槍を交差させ、振るう。

「燃え尽きろ!」
 
 白炎が溢れ出した。
 それが濁流となってヒュドラを飲み込む。普通の魔物であれば原型すら残さないような魔術だ。
 
 しかし二人の魔術が消え去ってもヒュドラは立っていた。
 だけれど、すでに首は絶っている。その上、傷口も焼いた。再生はできない。
 俺たちはヒュドラが崩れ落ちるのを固唾を飲んで見守った。
 十秒、二十秒と経過していくが変化はない。

「ねえ。これ終わったの?」

 サナが言葉にした瞬間、ヒュドラの足元に巨大な魔術式が出現した。

「まだだ!」
 
 発動した魔術が火傷を治していく。
 それに伴い傷口が蠢き出し、首がみるみるうちに再生を始める。

 ……回復魔術だと!?

 八本首以上のヒュドラは七本首までのヒュドラとは別格だとされている。
 それは各々の首が司る属性に依るところが大きい。
 七本目までの首は基本属性である地水火風、特殊属性である光闇無を扱う。
 光属性には回復魔術も含まれるが、もともと再生能力を持っているヒュドラがこれを使うことはない。
 
 だが八本目からは別だ。
 文字通り別格となる。なにせカノンやアイリスが持つ特異属性を扱うのだ。
 何の属性かは個体によって違うが特異属性はどれも強力無比なモノだ。
 
 その中に回復特化の聖属性があれば、たとえ首が斬られようとも回復魔術を使うことができるかもしれない。

「レイ! 特異属性の首を斬れ!」

 カナタも俺と同じ結論に至った様だ。
 すでに魔術式を記述して、落ちている首に狙いを定めている。
 
 特異属性の首かどうかの判別は至って簡単。
 色だ。基本属性と特殊属性の首はそれぞれの属性に合わせた色をしている。
 つまりそれ以外を斬ればいい。
 
 特異属性の首は三つ。そのうちの二つはカナタの魔術で捉えられるだろう。
 俺は少し離れた位置にある一つ、薄い緑色をしている首に狙いを定める。

「第五偽剣、葬刀!」

 俺が偽剣を放つのと、カナタが魔術を放つのはほとんど同時だった。
 冥刀で放った第五偽剣葬刀が正確に首を両断する。
 カナタの魔術も落ちている首二つを雷で焼き尽くした。
 だがその時には十本の首が再生を終えていた。

「サナ!」
「うん!」

 サナが聖刀フィールエンデを携えて、縮地を使う。
 俺はもう一度、冥刀を納刀し抜刀の構えを取った。

「ハァアアアア!!!」

 サナの持つ聖刀から光が溢れ出し巨大な刃を形作った。そのまま横薙ぎに振るわれる。
 合わせて俺も偽剣を放つ。

「第六偽剣、空位断絶!」
 
 光刃と偽剣がヒュドラの巨体を捉える――。その寸前で忽然と姿を消した。
 俺とサナの刀が空振り、破壊を巻き起こす。

 ……どこいった!?

 周囲を見渡すがどこにもいない。

 ……こういう時は大抵……!

「上です!」

 俺が上を見るのと後ろからアイリスの声が聞こえてくるのは同時だった。
 火属性の首が真っ赤な魔術式を記述している。

「サナ! 下がれ!」
 
 サナは即座に縮地を使い後退した。サナが一瞬前までいた場所に炎の柱が突き立つ。
 次いで緑色と水色の魔術式が記述された。

 ……受けて立つ。

 俺は縮地を使い前に出る。

「カナタ! ウォーデン! 俺の後ろに!」

 大きく息を吐き、冥刀を下段に構える。冥刀から膨大な闇が溢れ出した。
 二人が俺の意図を汲んで後退する。

「第七偽剣――」

 その時、十本目の首が黒い魔術式を記述した。

「ぐっ!」

 魔術が完成した瞬間、身体が一気に重くなった。地面に押さえつけられているような感覚がして耐えきれずに膝をつく。
 これでは冥刀を振れない。

 ……なんだ……これは!

 咄嗟に冥刀を解除し、闇で壁を作り出す。
 直後、轟音を立てて闇とヒュドラの放った魔術が衝突した。

「くっ!」

 凄まじい衝撃だ。破られないように意識を集中させる。

「わたし……も!」

 サナが魔術式を記述して防御魔術を発動する。

 ――光属性防御魔術:絢爛なる城壁

 六本首の時に使ったのと同じように煌びやかな城壁が現れる。
 衝撃がわずかながら和らいだ。その間に何とか体勢を立て直す。

「サナ、助かった。カナタ! 何の魔術かわかるか?」
「……重力操作。……星属性の魔術だ! それにいきなり消えたのは空間属性の転移魔術かもしれない!」

 ……最悪だ。

 俺は歯噛みした。よりにもよって最強の特異属性だ。
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