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氷姫救出編

大穴

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 それからしばらくの間、俺たちは休息を取った。
 ただひたすらに体を休めて、俺以外のみんなは魔力の回復に努めた。
 幸い、魔物に襲われる事はなかった。いまやこの場所は安全地帯と考えていいだろう。それぐらい魔物の気配がしない。

「……レイ。……シルにあの向こうを偵察させようと思うんだけどどう?」

 座っていたカノンが壁に開いた亀裂を指差しながら言った。
 
「……カノン。シルの強さはどのぐらいなんだ?」
「……さっきのヒュドラには遠く及ばない。……だけどさっきいっぱいいたS級ぐらいなら複数相手にできると思う」
「……そうか」

 それを聞いて俺はやめておいた方がいいと感じた。
 なにせ亀裂の向こう側は一切情報がない。もしシルの処理能力を超える怪物がいたらせっかく手に入れた戦力を失ってしまう。
 強いというのだから尚更だ。無駄にしていい戦力ではない。

「……やめといた方がいいだろうな。せっかくの戦力を失いかねない」

 だけどカノンは首を横に振った。

「……その心配はいらない。……使い魔には死という概念がない」
「どういう事だ?」
「……文字通り。……たとえ倒されてもまた召喚できる。……この子達も同じ」

 そう言うとカノンは頭上に鴉を召喚した。
 身体から紫色の魔力が滲み出し、三匹の鴉へと変化していく。
 
「……たしかに顕現させ続けるには依代がいる。……だけど召喚された使い魔は依代ごと召喚者の魔力と同化する。……つまり、わたしが死なない限り使い魔が死ぬことはない」
「それはなんというか……強力だな。でもそういう事ならその鴉が偵察に行くじゃダメなのか?」

 俺は頭上をくるくると飛んでいる鴉を指差した。
 
「……ダメ。……シルぐらい知能が高くないと向こう側の状況がわからない」
「なるほど。なら頼む」

 カノンがコクンと頷くとシルに視線を合わせる。

「……お願い」
「ワン!」

 一声吠えると、シルが壁に向かっていった。助走をつけて三角跳びの要領で亀裂の向こうへと消えていく。
 それを見届けるとカノンは目を閉じ、額に魔術式を記述した。

 ――無属性召喚魔術:瞳結ひとみむす

 カノンの額に紋様が現れた。見方によっては目のようにも見える紋様だ。
 
「それは?」
「……シルの視界を共有してる」
「なにか見えたか?」
「……見えた……けど。……なにこれ……穴?」
「穴?」
「……うん。……見た方が早いと思う。……危険はなさそう。……シル、戻って」
 
 カノンの命令に従い、シルが亀裂から戻ってきた。
 すぐ側に控えるとお座りの体勢になった。

「……ありがと」
「ワン!」
「じゃあ行くか。ひとまずあの壁を壊さないとだな。……第一封印解除」
「――まって」

 闇を集めて黒刀を作り出したところでカノンから待ったが掛かった。

「……この子にやらせてみてもいい?」

 別に俺がやらなくてはいけないわけでもなかったので「わかった」と頷く。
 シルの実力を見るのにもいい機会だ。

「……お願い」
「ワン!」

 シルが俺たちの前に出て、魔術式を記述する。身体中の毛が逆立ち、バチバチと電気を帯びていく。
 そして魔術式が明滅し、電撃が放たれた。凄まじい轟音が洞窟を揺らす。

 ――雷属性攻撃魔術:雷咆らいほう

 一瞬で目標へと到達した魔術が壁を粉々に破壊した。土煙が舞い、岩がゴロゴロと崩れていく。

「雷か。カナタと一緒だな」
「……たぶん顕現させる時にカナタも魔力を流し込んだからだと思う。……わたしもこんなのは初めて」
「じゃあ呪属性も使えるのか?」
「……うん」
「もしかしてアイリスの魔力を流し込んだら聖属性も使えたりする?」
「……やってみないとわからないけど……たぶん?」
「なら次はやってみようぜ」

 回復魔術を扱える使い魔が増えれば戦況を有利に進められる。それも死なないとなれば尚更だ。

「……うん。……アイリス。……次は協力してくれる?」
「もちろんいいですよ」

 アイリスがにこりと優しい笑みを浮かべて微笑んだ。
 
「……ありがと」
「それじゃ行くか!」

 俺は視線を前へ向ける。亀裂が広がり、壁には大きな穴が空いていた。
 その先は暗闇に閉ざされている。



 暗闇の中を進むことわずか数分、ソレは見えてきた。

「穴だな」
「穴だね」
「大穴だがな」

 俺とサナの言葉にカナタがツッコむ。
 そこにあったのはカノンの言った通り穴だった。しかしそのサイズがとんでもない。
 暗闇のせいもあるだろうが、向こう岸が見えない。

「さて。どれだけ深いんだろうな」

 カナタが地面に落ちていた大振りの岩を拾うと穴の中へと投げ入れた。
 岩はすぐに見えなくなった。だが待てど暮らせど地面に当たる音が聞こえてこない。
 それだけでこの穴がどれだけ深いかがわかる。

「ここを下れって事だよな?」

 向かって左を見ると下り坂があった。その坂は穴の外周を沿うようにして遥か下まで続いている。
 まるで降りてこいとでも言われているようだ。

「おあつらえ向きな一本道だな。罠か?」
「だとしても進むしかないよな。帰り道は塞がれてるんだし」
「だな。ちょっと軽く魔物がいないか見てくるから待っててくれ。第四封印解除」

 俺は封印を解除した。溢れ出した闇を背に集め、漆黒の翼を作り出す。
 サナが口をパクパクとさせて驚いていた。だがそれも一瞬で、すぐに瞳を輝かせた。

「なにそれ!? カッコいい!」
「ああ。屋敷で使った時見てなかったのか」
「見てないよ!!!」

 思い返してみれば、この翼を見ていたのはブラスディア家の執事であるライムさんだけだ。
 他にあの暗殺者も見ていたが、すでに死んでいる。

「まあ見ての通りだ。飛べる」

 翼を大きく広げ、羽ばたいて見せる。
 
「羨ましい! カナタ! 魔術でなんかないの!?」
「無いことはないがめちゃくちゃ難しいぞ?」
「帰ったら練習するから教えて!」
「わかったよ」
「んじゃ行ってくる」
 
 俺は大穴に向かって歩いていく。一歩を踏み出したところでカナタに腕を引っ張られた。

「待てレイ。一人で大丈夫なのか?」
「危なかったらすぐ引き返すよ」
「……わかった」

 カナタは何か言いたそうにしていたが言葉にはせずに腕を離した。

「んじゃ行ってくる」

 そう告げ、俺は大穴へと身を躍らせた。
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