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氷姫救出編

召喚魔術

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 ヒュドラの心臓は思っていたよりも小さかった。
 あれほど巨大な身体を持っているのだからそれに見合う大きさかと思っていたが実際は手のひらサイズだった。
 それも小柄なカノンの手のひらサイズだ。人間の心臓よりも小さいかもしれない。

 ……よくこんな小さな心臓で生命活動を維持できるな。

 生物学的にあり得なさそうだが実際にあり得ている。
 魔物というものは本当に不思議だ。
 
「てか回収、間に合ってたんだな」
「……ギリギリだった。……カナタ、助けてくれてありがと。……あと、わたしのせいでごめんなさい」
「おう。それと別に謝る必要はない。怪我をしたのは俺が遅かっただけだ」
「……でも」
「いいんだよ。んで何をするんだ?」

 カナタは気にするなとばかりに手を振って話を変える。カノンは少し納得のいかなそうな表情をしていたが、何も言わなかった。
 
 カノンが手に持っていた心臓を地面に置いて結界を解いた。
 血液が滲み出し、地面を汚していく。カノンは血溜まりに指を突っ込むと血で魔術式を記述しかいていった。
 まるで躊躇いがないのが凄いところだ。回収作業中にも思ったが絵面は完全にホラーになっている。

 魔術師の三人が近づいてきてその様子を覗き込む。

「これは見たことない魔術式だな」
「私もですね。それに血で書くなんて」
「オレもだ」

 特級魔術師と聖女とS級冒険者が口々に言う。
 そんな三人でも知らない魔術らしい。
 
「……これは召喚魔術の術式」
「召喚魔術? 実在したのか?」

 カナタが驚いている。地球には無い魔術なのだろうか。
 ちなみに俺の知識にも無い。禁書庫を読み漁った俺だが召喚魔術の記述は一切無かった。

「珍しいのか?」
「珍しいなんてもんじゃ無い。地球では実現不可能だとされている魔術だ。観測できない世界からどうやって、何を呼び出すって話だな」
「それはこの魔術式を見てもわからないのか?」

 俺の言葉にカナタは首を横に振った。
 
「そもそも見たこともない魔術定数が多すぎる。何がどういう意味を持つのか見当がつかない。このまま研究したいぐらいだ」
「まあそれは後にしてくれ。ってことはもしかしてカノンのあの鴉も?」
「……そう。……召喚魔術で造った」
「造った?」

 カノンの言い方に違和感を覚えた。召喚というからには魔術だと思っていた。だからという表現は少しおかしい気がする。

「……召喚魔術という物は異界から幻霊と呼ばれるモノを召喚する術式。……幻霊にはわたしたちのように身体がないから顕現を維持させるには依代を造る必要がある。……依代の材料で召喚できる幻霊の等級ランクも変わる」
「なるほど。だから欲しがったのか」
「……そう。……みてて」

 カノンが記述し終わった魔術式に魔力を流していく。
 ゆっくりと魔術式が光を放つ。カノンはどんどんと魔力を注ぎ込んでいる。しかしそれでも足りていないのか輝きは少し鈍い。
 カノンは額から汗を流していた。表情もどことなく辛そうだ。

「……カナタ。……わたしの魔力じゃ……足りない。……手伝って」
「ああ。任せろ」

 カナタも魔力を注いでいく。すると輝きがだんだん強くなってきた。。二人の魔力属性ゆえか黒い雷が疾る。
 そうしてしばらくするとヒュドラの心臓がドクンと脈打った。かと思えば魔術式が黒い閃光を放ち、俺たちの視界を埋め尽くす。

「くっ!」

 あまりの光量に眉を寄せ瞼を強く閉じる。
 だがそれも一瞬だった。閃光が晴れ、目を開けた。
 するとそこには一頭の狼がいた。灰を被ったような銀の体毛を持つ美しい狼だ。色合いがどことなくカノンに似ている。
 サイズはそこそこ大きく、日本の大型犬よりも大きい。小柄なカノンならば背に乗れそうだ。

「……成功。……ありがとカナタ」

 カノンが狼の頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振った。
 なんとも可愛らしい狼だ。

「ああ。それはいいんだが、ヒュドラの心臓を使ったのに召喚できるのは狼なんだな。てっきり蛇が出てくるのかと思った」
「……素材がはあまり関係ない。……肝心なのはどれだけ魔力を内包しているか。……ちなみに何が召喚できるのかは完全にランダム」
「そういうものか。ちなみにソイツの名前は何にするんだ?」
「………………なまえ?」

 カノンが不思議そうに目を瞬いた。こてんと首を傾げる。

「あれ? こっちにはペットに名前を付ける習慣はないのか?」
「いえ、付けますね。カノンさんはあの鴉たちに名前はつけていないのですか?」
「……付けてない。……ペットじゃないし」
「じゃあさじゃあさ! 私たちでつけようよ!」

 サナが勢いよく手を挙げた。

「じゃあ言い出しっぺのサナさん。どうぞ!」
「うぐっ!」

 サナが言葉に詰まった。どうやら何も考えていなかったらしい。
 狼はというとカノンの隣にをして大人しくしている。その姿は大型犬そのものだ。

「そうだ!」

 サナが閃いたのか大きな声を出した。嫌な予感がする。

「ポチ!」
「「却下」」

 カナタと言葉が被った。

「えー! いいじゃんポチ! かわいいじゃん!!!」
「安直すぎるわ! もっとなんかひねれよ!」
「じゃあそう言うレイはなんかあるの? 文句言うなら代案出してよ!」
「はー? そう言われてもなぁー」

 俺は狼を見る。
 灰色で大きい犬だ。大人しく、主人であるカノンの隣に控えている。まるで忠犬だ。
 俺の脳裏に某忠犬の名前が浮かぶ。

「ハチ」
「変わんないじゃん! 私とそんな変わんない! よくそれで人の却下できたね!? ダメだよそんなの! カナタは!?」
「俺? ていうかカノンはいいのか? 勝手に名前決められるぞ?」
「……わたしはなんでもいい。……呼びやすければなおよし」
「うわぁカノンちゃんドライだなぁ」
「ちなみにアイリスとウォーデンはなんかないか?」
「私ですか? すぐには思い浮かびませんね」
「オレはいいのがあるぜ」

 自信満々な姿にまたも嫌な予感がするが一応聞いてみる事にした。

「それは?」
「シル。オレの故郷に伝わる御伽話でシルデンシュタルクって英雄がいるんだ。そいつは灰の英雄って呼ばれていてな。こいつにお似合いだろ?」

 ウォーデンが狼の頭を撫でながら言った。満更でもないのか、単に人懐こいのかはわからないが目を細めて気持ちよさそうにしている。
 
「…………なんか普通にいい名前で驚いた」
「失礼だぞ少年」
「……いい。……それにする。よろしくねシル」
「ワン!」

 こうしてカノンの使い魔にシルが増えた。
 戦力アップだ。
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