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氷姫救出編

パーティー

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「よぉ! 飲んでるか少年!?」
「ん? ……酒臭えぞおっさん……」

 その晩、俺たちは勇者パーティのお披露目パーティーに参加していた。
 これからメンバーで挨拶を行うというのに気安く肩を組んできたウォーデンからは酒の匂いがした。
 完全に出来上がっている。

 ちらりとサナの方に目を向ければ、さすが勇者。大勢の人だかりが出来ている。となりにはアイリスがいて貴族相手にフォローをしている様だ。

 カノンはパクパクとひたすらに食事をしている。食べ物を口に入れては瞳を輝かせて頬が緩むので観察していると楽しい。

 カナタはといえば煌びやかなドレスを纏った女の子たちと談笑している。こちらの世界でもカナタはかっこいい部類に入るのだろう。
 ちなみに言語理解の魔術はカナタ自身で習得済みだ。空き時間で勉強もしているようだが、話せる様になるまでしばらくかかるだろう。

 俺はというと試験でやりすぎたのがいけなかったのか誰も寄ってこない。遠巻きに視線を感じるのでなんとも居心地が悪い。
 そんなところに酔っ払ったウォーデンが絡んできたのだ。

 ……酔っ払いの相手はめんどくさいな。

 辟易としながら肩に回された腕を解く。

「もうちょいで挨拶なんだから酔いは冷ましておけよ?」
「わーってるって~」

 ウォーデンはフラフラとした足取りでカナタへと絡みに行った。本当にわかっているのか。
 ちょっとした悲鳴が聞こえて来たがめんどくさくなること請け合いなので無視した。

 この後は勇者パーティの挨拶を行ってから、シルエスタ王国の公爵と話をする手筈になっている。
 時計を見ると挨拶までは少し時間があった。

 ……すこし夜風にでも当たるか。

 俺は会場からバルコニーに出た。奥まで進むと手すりに体を預け、一息つく。
 空を見上げれば丸い月が煌々と輝いていた。こちらの季節にも四季はあるらしく今は少し肌寒い。吐く息もわずかばかり白くなっている。
 
 ずいぶん経った。きっとラナは待ちくたびれているだろう。

 再会したらどんな表情を浮かべるのか。もしかしたら泣いてしまうかも知れない。

 ……まあそれは俺もか。

 俺は月に手を伸ばす。月には絶対に手は届かない。だけどラナには届かせてみせる。

「……待っていてくれよラナ。もう少しだから」

 そう呟くと後ろから足音が聞こえたので振り返る。そこにいたのは仮面を着けた男だった。見るからに怪しい。
 身長は俺と同じぐらいで髪は黒かった。

 ……こっちの世界で黒い髪は珍しいな。

 目を細めながら相手の出方を伺う。感傷に浸っていたというのに邪魔をされて最悪の気分だ。

「勇者パーティの前衛、レイだな?」
「そういうアンタは何者だ?」

 つい声音に怒気が混じる。そんな俺にはお構いなしに男は話す。
 
「私の事はいい。一つだけ質問したい」
「俺の質問には答えずに自分の質問は答えろと?」

 なんとも図々しい仮面野郎だ。斬ってしまおうか。

 ……だめだ。暴力的な思考になってるな。

 これもバケモノの肉片を取り込んだ影響だろうか。あの時から思考が暴力的な方向に寄っている気がする。
 
「……私の名前は……エト」

 俺は驚いた。素直に名乗るとは思っていなかった。もしくは偽名か。
 
「……んで質問ってのは?」
「キミの苗字はなんという?」

 その質問に俺は警戒心を引き上げる。
 仮面から覗く瞳は確信に満ちていた。この男は俺が意図的に苗字を伏せていることに勘付いている。
 男は続けて口を開いた。

「向こうのカナタという少年。日本人だな。そして当然、勇者もそうだ。であるならば初めからいたキミも日本人だと推測した」
「カナタが日本人だとなぜわかった?」
「……ここらにはいない顔つきだ。それにあれだけの実力を持ちながらこの世界で目立たないのは不可能だ。それはキミも含めてな」

 エトの推論は的を得ている。出まかせで言っているわけではなさそうだ。
 
「……なんで俺の苗字が知りたいんだ?」
「……興味本位だ」

 ……嘘だな。

 そう思ったが、なぜここまで固執するのかもわからない。
 念のため伏せているだけであって別に公開したところで不都合はない。

 ……教えて反応を見るか?

 今のままでは何も情報がない。であれば少しでも情報を取るのを優先すべきか。
 少し悩んだ末に俺は口にした。

「……柊木だ」

 俺は変化を見逃すまいと男を注視する。わずかな呼吸の変化すらも捉えてみせる。

「……柊木」

 口の中で噛み締める様に呟いたエトはふっと口元を綻ばせた。しかしそれもすぐに戻った。

「礼を言う」

 それだけ言うと身を翻し、会場へと戻っていった。結局何も分からなかった。
 怒りをぶつけられた方がまだマシだ。それなら警戒することができる。
 だが男の感情は決してマイナスの物ではなかった。

「なんだったんだ?」

 当然、知り合いにあんな仮面野郎はいない。と言うよりもこの世界に来て知り合ったのはアイリスやウォーデン、カノンだけだ。
 他にも城で働いている人たちとも会話をする仲であるが、黒い髪の人はいない。
 
 ほぼ確実にエトとは初対面だ。

「……どうしたの?」

 入れ替わりでカノンがバルコニーに入って来た。俺は首を振って答える。

「いやなんでもない。それよりカノンはどうした?」
「……一つだけレイに聞きたいことがある。……いい?」

 小首を傾げて聞いてくるカノンに俺は頷いた。

「……レイは魔力がない?」

 カノンが俺の底を見透かすような紅い瞳で俺を見た。
 
「ないよ」
「……レイの世界はみんなそうなの?」
「俺ほど無いやつは見た事がないな」
「……そう」
「それがどうかしたのか?」
「……私の眼は魔眼。……魔力を可視化できる。……全く魔力がないのはレイが初めて。……正直言って異常」
「異常か……。まあでも不都合ないしな」
「……それならいい」

 無表情で頷いたカノンは踵を返した。どうやら心配してくれたらしい。表情があまりうごかないので分かりづらいが優しい女の子のようで安心した。

「ありがとな。それと改めてこれからよろしくな」
「……ん。……私も、仲間に入れてくれてありがと。……よろしく」

 カノンは一度振り返ると小さく頷いた。
 と、そこでアイリスがバルコニーへ出て来た。

「やっと見つけました! 挨拶を前倒しにしようと思うのですが、お二人は今からでも大丈夫ですか?」
「ああ。今行くよ」
「……ん。……大丈夫」

 そうして三人でパーティー会場へと戻った。
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