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氷姫救出編

カノン=アストランデ

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「じゃあ次はそっちの女の子。お名前は?」
「……カノン=アストランデ」
「やっぱりアストランデか」

 ウォーデンが呟く。戦闘中にも同じことを言っていた。
 俺もその話は知っている。呪いの魔女アストランデの御伽噺。
 今思うと灰をかぶった様な銀髪と血の様に紅い瞳は御伽話に書かれていた魔女の特徴と合致する。
 およそ無関係とは思えない。
  
「……御伽噺と関係あるのか?」

 俺の言葉にカノンがコクンと小さく頷く。
 
「有名な話ですね。この世界の人間なら誰でも知っています」

 アイリスも知っている様だ。どうやらあのクソみたいな御伽話はレスティナの人々なら知っていて当然の話らしい。

 アストランデの悲劇。それが御伽話の名前だ。
 その御伽噺はとても気持ちのいいものではない。むしろ逆だ。同じ人間にそこまでできるのかと心底気分が悪くなる話だ。
 
「話したくなかったら話さなくてもいいぞ。それでキミを不合格にする事はないと誓う」

 たとえ目的に絡むとは言え、無理に聞き出そうとは思えなかった。それほど酷い話だ。
 しかしカノンはしっかりと首を横に振った。
 
「……ありがと。……でも大丈夫。……これは私の目的にも関わることだから」

 そうしてカノンはアストランデという一族について語り出した。
 
 その昔、北部にアストランデという一族がいた。
 最果てと呼ばれる強力な魔物が生息する土地に住む一族だ。たとえS級冒険者であろうと生きて帰るのは難しいとされているほど過酷な環境。それが最果てだ。
 なぜアストランデがそんな場所に住んでいるのか。

 アストランデは防波堤なのだ。
 
 最果てから侵攻してくる魔物を食い止めるための。それができるだけの力がアストランデの一族にはあった。
 
 特異属性、呪。
 その名の通り呪属性魔術は対象を呪う魔術だ。
 そもそもが特異属性を発現する魔術師は強力だと相場は決まっている。そこに例外はない。故に希少である筈なのだ。
 しかしアストランデは一族全員が呪属性を発現する。

 だからそんな過酷な環境でも生きていける。
 人々はアストランデに感謝した。アストランデがいなければ最果てから侵攻してくる魔物を防ぐことができないからだ。

 故に、アストランデに手を出すな。それが北部の国々での暗黙の了解となっていた。
 もしアストランデが負ける事があったら周辺国家は滅びるからだ。

 しかし、どの時代にも愚か者は存在する。
 北部辺境にあった国、エニスト帝国皇帝もその一人だった。
 エニスト帝国は他国から力を取り込み拡大してきた国だ。国の力になると判断すれば脅迫、拉致、殺人とどんなことでも厭うことなく実行する侵略国家だった。
 
 彼らは魔術師殺しと呼ばれる封魔の枷を開発し、アストランデの子供を拉致した。
 そしてその子供を人質として大人のアストランデを捕らえた。
 防波堤が破られない様に少しずつ。
 
 アストランデは感情の起伏が少ない一族だ。それは呪属性の性質に起因する。
 負の感情が無意識に人を呪ってしまうという性質だ。
 その危険性を知るが故にアストランデは人を恨まない。
 
 しかしエニスト帝国がした所業は決して許されるものではなかった。口にするのも憚られる行為をアストランデの人々に行った。

 感情の起伏が少ないとは言え、無いわけではない。
 アストランデは恨みを抑える事ができなかった。それでもエニスト帝国は封魔の鎖があるからと楽観視していた。
 
 しかし、募りに募った恨みは封魔の鎖すら打ち砕き溢れ出した。
 呪いの濁流は瞬く間に帝国を飲み込み、エニスト帝国は一夜にして滅びた。

 たとえエニスト帝国が悪くても実際に滅ぼしたのはアストランデだ。人々は恐怖した。国を一夜で滅ぼしたアストランデの一族を。
 そしてアストランデという一族は恐怖の象徴となった。

「……そんな」

 話を聞いたサナは言葉を失っていた。アイリスとカナタも顔を顰めている。俺も同じ思いだ。たとえ知っていても胸糞悪い。
 
「……名前の通り、わたしはアストランデの一族。……ご先祖様が国を滅ぼしたのは事実。……でもわたしはそれを悪いことだと思っていない」
「それには同意だな。完全にエニスト帝国とやらが悪い」

 サナも俺に追従して物凄い勢いで頷いていた。
 
「……だからわたしはアストランデを恐怖の象徴から変えたい。……いいえ、変えてみせる」

 瞳に確固とした輝きを宿してカノンが言った。

「勇者パーティに入って魔王を倒せば変えられると?」

 可能性はあるかも知れない。しかし難しい。俺は率直にそう思う。
 人の意識というものはそう簡単に変わらない。俺たち三人は異世界人と言うこともあってアストランデの一族をそれほど恐ろしいものだとは感じない。
 
 しかし、アストランデは恐ろしいものだと教育を受けてきたレスティナの人々にとってはそれが常識なのだ。
 ウォーデンの言葉から察するにアストランデの悲劇はこの世界では一般的なようだ。だから尚更だ。
 差別とはクソみたいな物だがそれ故に根深い。
 
 俺の問いにカノンが首を横に振る。

「……これは第一歩に過ぎない。……難しいのはわかっている。……でもそれが私の夢」

 話を聞いたサナはポロポロと涙を流していた。

「……私! 私! 協力してあげたい! こんなのあんまりだよ!」
「そうだな。協力したいのは俺も同じだ」
「俺もだ。反対する奴はいねぇよ」

 その場にいたみんなが頷いていた。サナは瞳を輝かせた。

「じゃあよろしくね! カノンちゃん!」

 そう言ってサナは手を差し出した。

「……はい。よろしくお願いします」

 カノンはその手をしっかりと握った。
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