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氷姫救出編

会談

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 挨拶は何事もなく終わった。
 あれだけ酔っ払っていたウォーデンだが、酔い覚ましの魔術があるらしくアイリスが渋々と使っていた。
 初めから魔術頼りだった節があり、あのアイリスが珍しく文句を言っていた。文句と言っても可愛らしい物だったが。
 カノンも無表情ながら呆れた様な視線を向けていたので早くもウォーデンの評価はガタ落ちだ。
 
 そうして勇者パーティのお披露目は終わった。後は自由に歓談、食事をする時間だ。
 ウォーデンは挨拶が終わるなり早くも酒に飛びついていた。アイリスが頭を抱えながら深いため息をついていたのがなんとも不憫だ。
 サナとカナタの周りには相変わらず人だかりが出来ていた。

 ……さっきの仮面野郎はいないのか。

 挨拶の時もざっと会場を回してみたが、見掛けなかった。
 会場から出て来た以上、招待された貴族だろうが謎の多い男だ。

「レイさん。この後、キルゼ公爵と会談の席を設けています。今から移動できますか?」
「助かる。俺はいつでも大丈夫だ」
「公爵は先に案内しています。私たちも行きましょう」
「わかった」
「それって私たちも行った方がいいの?」

 話を聞いていたのかサナが言った。カナタもこちらを伺っている。だがアイリスは首を横に振った。
 
「いえ、サナさんは主役ですのでパーティーを楽しんでください。カナタさんもお願いします」
「りょーかーい」
「何かあれば呼んでくれ」

 サナとカナタの返事を聞き、俺はアイリスの案内で公爵の元へと向かった。



 やって来たのは貴賓室だ。闘技場の貴賓室とは違い、煌びやかな内装をしている。こちらは位の高い貴族を迎えるための部屋だとアイリスが言っていた。
 
 部屋に入ると見るからに高級そうな服を着た人物が椅子に座っていた。背後には使用人らしき人物が控えている。
 
 俺たちが現れたのを見ると椅子に座っていた人物が立ち上がり、恭しく頭を下げた。

「これはアイリス王女殿下。お久しぶりでございます」
「キルゼ公爵もお元気そうで何よりです」

 アストン=ルス=キルゼ。
 隣国、シルエスタ王国公爵。白い口髭を蓄えた好々爺然とした老人だった。
 しかしその眼光は鋭い。俺の事を値踏みするように見ている。

 ……流石は百戦練磨の貴族様って感じだな。

「初めまして。勇者パーティ所属のレイです。以後お見知り置きを」

 俺はアイリスに教えてもらった貴族用の礼をする。付け焼き刃だが全くしないよりはマシだろう。
 その甲斐もあってかキルゼ公爵の鋭い眼光がすこしだけやわらいだ気がする。
 
「これはご丁寧に。シルエスタ王国公爵アストン=ルス=キルゼと申します」

 キルゼ公爵も同じ様に礼を返してきたので椅子を勧める。
 
「お掛けになってください」

 キルゼ公爵が座るのも確認してから俺たちも席に着く。

「それで私に何用ですかな?」
「駆け引きは苦手なので単刀直入に。標のペンデュラムという魔導具をご存知でしょうか?」

 俺の言葉にキルゼ公爵は得心がいったとばかりに頷いた。

「なるほど。魔導具ということはブラスディア伯爵と言う事ですね。たしかに私は標のペンデュラムとやらは存じませんが、ブラスディア伯爵であればなにか知っているかもしれません。取り継ぐことはできますが条件を出してもよろしいですか?」

 キルゼ公爵が口髭を撫でる。
 それは当然の提案だし、何かしらの条件はあると思っていた。
 
「条件次第です。まずは聞かせていただけますか?」
「いいでしょう。私と伯爵は旧知の仲でしてね。家族ぐるみで付き合いがあるのです。一月ほど前でしょうか。伯爵から手紙が届きましてね。どうやらご令嬢が病気だそうで。我が国で最高峰の回復魔術師を向かわせたのですが治せなかったのです」

 つまり聖女であるアイリスに診てほしいということか。
 
 聖女は通常の回復魔術とは別の回復魔術を使うことができる。
 魔術は魔術式を記述する事で誰もが魔術を扱える物だ。
 
 しかしそれには例外もある。
 例を出すならカノンの魔術だ。
 基本属性の魔術であれば、たとえ自分に適性の無い属性でも使える。威力が弱くなるデメリットはあるが使用自体に問題はない。
 だが特異属性はその名の通り特異な属性だ。カノンの呪属性魔術は呪属性の魔力を持つ者にしか扱えない。
 
 聖女も同じだ。通常、回復魔術は光属性に分類されるが、聖女に選ばれると聖属性の魔力を扱える様になる。
 
 聖女の扱う魔術は特異属性である聖属性の特別な物なのだ。文献によれば光属性の回復魔術よりも強力だとされている。

 なのでキルゼ公爵は光属性の回復魔術ではなく聖属性の回復魔術を求めている。
 
「聖女である私に診てほしいということでしょうか?」

 アイリスの言葉にキルゼ公爵は頷いた。

「いかにも。一国の王女、そして聖女であるアイリス様に失礼なのは重々承知しています。ですが、できる事ならば伯爵の力になりたいのです」

 キルゼ公爵は机の上に置いた拳を強く握っていた。それだけで公爵と伯爵が身分だけの関係ではないとわかる。

 そしてアイリスはこれを断らない。まだ短い付き合いだがラナと似ている部分が多い。流石姉妹だ。
 知ってしまったからには放っておけない。幸い「魔王を倒す為に魔導具を探す」という大義名分もある。

 隣のアイリスを見るとやはり彼女は頷いた。

「わかりました。治せるとは限りませんが全力を尽くします」
「心から感謝します」

 キルゼ公爵が深々と頭を下げた。
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