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【続編】

138:経験と勘で

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『魔法の薬』を流通させていたとして捕らえられた男性は。炎の力を操ることから、私が寝かされていたあの部屋に連れて行かれ、水をはったバスタブの中に入れられた。

捕えられた時は年配の男性だった。
だがロレンソのシルバークレイ(銀粘土)が解除され、水のはったバスタブの中に現れたその姿は……女性と見違えるような美しい青年だった。

聞くと年齢は17歳、祖先に聖獣……不死鳥(フェニックス)を持つという。つまり魔力はとても強い。だが母親は生まれも育ちもゴメル地区で、娼婦をしていた。美しい娼婦で、男爵に見受けされたが、体が弱く彼――ノエを出産するも亡くなってしまう。しばらくはその男爵家で育てられていたが……。後妻がきて、男子が生まれた。後妻はノエを煙たがるようになり、執拗ないじめが続き、12歳の時、このゴメル地区に男娼として売られてしまう。

それまでノエは自身の魔力や魔法に気付いていなかった。しかしついに客をとらされるなった時。覚醒し、魔法を使い、娼館から逃げ出した。その後は魔法を駆使し、住処を手に入れ、魔法を使うことで、便利屋のような仕事を請け負い、生活していた。

ある時、年配の男性から悩みを相談される。つまり『魔法の薬』につながる相談だ。その男性には娼館から逃げた時から世話になっていた。なんとかその悩みを解決したいと思った。

ノエは不死鳥を祖先に持ち、炎の力と再生の力を持っていた。再生の力は、ロレンソの回復や治癒の力と違い、無機物に対しても有効。死者さえも蘇らせることができる。だが死者の蘇生は、先祖返りをした始祖の不死鳥でなければさすがに無理だった。そしてノエは聖獣へ完全に姿を変えることはできないが、翼だけはその背に広げることができた。

その翼は緋色の炎に包まれている。その炎から落ちる灰。これこそが『魔法の薬』に含まれる灰だった。

灰にすら、不死鳥の力は宿っていたのだ。

つまり、その灰には再生の力がある。これを体内に取り込むことで、うまく機能していなかった器官が再生される。ただ、その再生も万能というわけではない。そもそもその器官がどれだけ不全になっていたか。その度合いで再生具合も変わるのだ。

この灰に、ハーブはそれぞれ血行促進やホルモンバランスの改善に役立つと言われるものを煎じ、加えたものが『魔法の薬』の正体。

不死鳥の灰には再生の力があるわけだが、それはやみくもに使っていいものではない。

「どんな魔力や魔法であれ。体に作用するものは、インパクトを与えます。不死鳥の力は再生だけではなく、炎の力もあります。灰には再生の力は勿論、炎の力も含まれているのです。『魔法の薬』の複数回の連続使用は、その炎の力を体内で作用させることになります。それが神経や筋肉に作用し、肝臓や腎臓などの分解を受け持つ器官に悪影響を及ぼしていたのでしょうね」

そう、ロレンソは分析し、実際にそうなのだと思う。

つまり、一度の使用では問題が起きない。ただ複数回の連続使用が問題だった。ではノエ自身、それを理解していたかというと……。

「そうなのか? それは……知らなかった」

ノエに医学の知識があるわけではない。自身の不死鳥の力についても正しく理解していたわけではなかった。経験と勘から生み出した物、それが『魔法の薬』だった。

「別に、大勢に売るつもりはなかった。世話になっていた男性に渡して、それで悩みが解決したら、それで終わりだと思っていた」

ノエはそう思っていたが。その男性と同じような悩みを持つ男性は……沢山いたようだ。『魔法の薬』はその男性の口コミで広がり、ノエの元に切実に欲しいと願う人が尋ねるようになる。

「ハーブなんてさ。そこら辺に野生で生えているのを使っていた。灰だって翼を広げて少し待っていれば勝手に落ちる。だから元値がかかるのは瓶代ぐらいだ。でもその瓶も衣料品店のビーズが入っていた空き瓶をもらっていたから、コストはゼロに近い。だから最初は欲しいという奴には無料で配っていた。でもだんだん欲しいという奴があまりにも増えて……。勿論、量産が必要になると、瓶代もバカにならなくなったけど、その頃には商売として成立していたから。瓶代で困ることはなかった。ただ、転売目的で買う奴が現れてからは、売る相手は俺が選ぶようにしたんだよ」

『魔法の薬』の存在は口コミでじわじわ広がり、それはゴメル地区に留まらず、街全体に、やがては貴族達にも広がって行く。最初は無料で配っていた。でも欲しがる人が増え、瓶代がかさむようになった。だから有料で販売するが、それでも利益目的ではない。よって瓶代プラス少しの手間賃程度の価格で販売した。

するとそこに転売目的の悪い奴らが現れた。だからノエは本当に必要としている人に届けたいと思い、本物の恋人同士、夫婦であるかを見極め、『魔法の薬』を売るようにした。

姿を頻繁に変身の魔法で変えていたのは、言うまでもない。本来のノエの姿をさらすと、直接ノエのところに『魔法の薬』を求め、人が来る可能性があったからだ。

「貴族だから金を持っている。だから高く売りつけてやろう――そんな気持ちはなかった。ただ、貴族は金があるからなのか、一度に大量に買いたがる。それを止めさせたかった。だからその身分にあわせ、価格を変えるようにした」

そう答えるノエに対し、アズレーク……レオナルドは尋ねた。「それならなぜ、二度目以降は金額を安くしたのか」と。アズレークと私の場合、初回として要求された割引前の金額は、金貨30枚。例え半額でも、金貨15枚は相当な値段だ。薄利多売にはならない。それに対し、ノエは……。
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