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第1章 忍び寄る黒い影

8 どんな困難が待ち受けようとも

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 途端、二人は下を向いて黙り込む。
 そんな二人の様子を見て何やら深い事情があると察したのか、マイヤーは肩をすくめ、ため息をつく。
「言えない事情があるんだね。まあ、こんなご時世だ。そういう輩はそれこそ山のようにいる」
 マイヤーの言葉にファンローゼは両肩を小刻みに震わせた。
 そんなファンローゼの肩に、コンツェットは手をかける。
「これ以上事情は聞かないけど、もしかしたらあんたたちの力になってあげられるかもしれないよ」
 マイヤーはいったん言葉を切り、一呼吸おいてさらに続けた。
「あたしたちは長いことこの山に住んでいる。当然、山のことには詳しいんだ。まあ、言ってみれば、この辺りは庭みたいなもんだね。たとえば」
 マイヤーさんはファンローゼとコンツェットを交互にみやり、意味ありげな笑いを口元に刻んだ。
「スヴェリアへ向かう国境の近道。それも、人目に触れずに越える道をあたしたちは知ってんだよ」
 途端、ファンローゼとコンツェットははじかれたように顔を上げた。
「僕たち……」
 マイヤーはにやりと笑った。
「今さら隠さなくてもいいんだよ。越境しようとする輩は何人も見てきた。彼らが結局無事にスヴェリアへと逃れられたかどうかは知らないけどね」
 コンツェットは膝の上に置いていた手をきつく握りしめ、身を乗り出した。
「僕たちスヴェリアに行きたいんです!」
 それまでほとんど口を開かず、煙草を吹かしていたメッツィンが口を開いた。
「大人でも超えるのに困難をようする道のりだ。それでも行く覚悟があるかね」
 メッツィンは煙を静かに吐き出す。
 紫煙がゆっくりと天井へのぼっていく。
「覚悟はできています。生きるためならどんな困難だって厭わない。だから、教えてください! どうしても僕たちスヴェリアに。どうか、お願いします」
 メッツィンはうむ、と頷きマイヤーに目で合図をする。するとマイヤーは紙とペンをテーブルに置いた。
「ここから東に向かい、しばらく行くと山の中腹に出る。そこからさらに東を目指し」
 説明をしながらメッツィンは紙に地図を書き始めた。
「どうかね?」
 差し出された地図を受け取り、コンツェットは食い入るように見る。
 そして、コンツェットは書いてもらった地図を暖炉の中に投げ込んだ。
 マイヤーもメッツィンも驚いた顔をする。
「大丈夫、ファンローゼ。しっかりと覚えたから」
 万が一、いえ、絶対にそうならないと願いたいが、もしもエスツェリア軍に捕らえられ、この地図が見つかり問いつめられたら、マイヤーたちに迷惑をかけるかもしれないとコンツェットは思ったからだ。
「マイヤーさん、メッツィンさん。ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
「一生って、大げさだよ」
「必ず国境を越えてスヴェリアに辿り着いてみせます」
 そう言い切ったコンツェットの瞳に、強い決意が浮かぶ。
「わしも途中まで付き添ってやりたいところだが……」
 いいえ、とコンツェットは首を振る。
「ここまで親切にしていただいただけで、じゅうぶんです。それに、これ以上迷惑をかけることはできません。僕たち、すぐに出発します。本当にありがとうございました」
「すぐにだって? やめときな。吹雪はまだしばらくは続くよ」
「いいえ、少しでも早くスヴェリアに行って安心したいのです」
「何言ってんだい! 冬の雪山を甘くみてはいけないよ!」
「すみません」
 そう言いながらも、コンツェットは己の意見を曲げようとはしなかった。
「困ったねえ。あんたはどうなんだい?」
 不意に意見を求められ、ファンローゼは隣に座るコンツェットをちらりと見やる。
 気持ちは決まっている。
 コンツェットと同じ意見だ。
 たとえ、この先困難なことがあろうと、コンツェットとなら乗り越えられると信じているから。
 二人の意志が固いと思ったマイヤーは、肩をすくめた。
 あきらめたように深いため息をひとつこぼす。
「そうかい。本当なら天候が安定するまでゆっくりしていきなと言いたいところだけど。まあ、今夜くらいはゆっくり休んでいきなさい。いくら何でもこんな真っ暗闇の中を行こうなんて馬鹿げた考えだけはやめておくれ。それこそ国境を越える前に死んじまう」
「はい、ありがとうございます」
 コンツェットはもう一度深々と頭を下げた。
「部屋は二階の一番奥を使うといい」
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