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第1章 忍び寄る黒い影

9 初めての口づけ

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 ファンローゼは窓の外を見た。
 吹雪はおさまる気配はない。
 それでも、自分たちは行かなければならない。
 早く安全な国境の向こうへ。
 エスツェリア軍の手の届かないところへ。
 食事を終え、二階の部屋に案内されベッドにもぐり込む。
 暖かい部屋、柔らかい毛布が、これほどありがたいと今まで思ったことはなかった。
 窓の外ではごうっと音をたて、風が鳴っている。
 荒ぶる音をたて、風が鎧戸をがたがた揺らす。
 確かにマイヤーの言うとおり、この吹雪の中を歩き回るのは危険だ。
 夜が明ける頃には、おさまればいいのに。
「ファンローゼ、起きてる?」
 隣で眠っているコンツェットの呼びかけに、ファンローゼは身動いだ。
「ねえ、コンツェット。私たちマイヤーさんに出会えてほんとうに運が良かったと思う。こうして暖かいベッドで眠れるとは思わなかったわ。こんなに親切にしてもらえるなんて」
「そうだね。僕たちは幸運だ。神様に感謝しなければ」
 コンツェットは胸のあたりで十字を切り、祈りの言葉を口にのせた。
「ファンローゼ、この国を出たら、スヴェリアについたら……その……一緒に暮らそう」
 ファンローゼは胸をどきりとさせた。
 一緒に暮らそうと言ってくれたコンツェットの目が真剣であった。
「二人で幸せになろう」
 ファンローゼはそっとベッドから半身を起こす。そして、小さく、けれどはっきりと頷いた。
 言葉がでなかった。
 この先もずっとコンツェットと一緒にいられる。
 大好きなコンツェットと。
 思い描く未来に幸せの色を重ね、ファンローゼの胸がぎゅっと痛みに震えた。
 たとえ、どんな困難な状況に陥ろうとも、コンツェットが側にいてくれたら乗り越えられると。
「コンツェット……」
 冷えた頬につと、熱い涙がこぼれ落ちる。
 その涙をコンツェットは指先で拭ってくれた。
「私、泣いてばかり」
 顔を上げるとコンツェットの顔が間近にあった。
 コンツェットの手が頬に触れ、優しくなでられる。
 ゆっくりと、コンツェットが顔を寄せてきた。
 ファンローゼは静かにまぶたを閉じる。
 いっさいの音が遠のいていく。
 吹雪の音も、風で軋む窓の音も。
 軽く触れた唇が、熱を持ったように熱い。
 コンツェットとの初めてのキス。
 満たされた思いで胸がいっぱいで、言葉が何もでなかった。
 コンツェットは恥ずかしそうに視線を斜めに落とした。
「明日は間違いなく大変になる。今夜はゆっくりと休もう」
 明日からはどうなるか分からない。
 きっと想像もつかないくらい困難な道のりとなるだろう。
 それでも前に進まなければならない。
「私、コンツェットの足手まといにならないように……」
 不意に、ファンローゼの唇にコンツェットの指があてられた。
「足手まといとかそんなことは考えなくていいんだ。僕はファンローゼが側にいてくれるだけでいい」
 コンツェットはにこりと笑った。
「さあ、眠ろう」
 二人は手を握りしめ、もう一度ベッドの中にもぐりこんだ。
 身を寄せ合い、互いの温もりを感じながら。
 ほんの少し心が落ち着いたのか、風の音も鎧戸が揺れる音も気にならなくなった。そして、瞬く間に深い眠りへと落ちていった。
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