黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

古巣

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 倒れるようにして眠った翌朝、アドラにもペルフィディが広がり始めたって情報が持ち込まれた。
 ワタルは酷く動揺してクーニャにもう一度背に乗せて欲しいと頼み込んだ。
 ワタルを助けてくれた人たちの居る村、そこの住人をすぐに避難させたいって事だった。

「フィオちゃん……今回私もついていっていいですか?」
「リオ?」
「ワタルを助けてくれた人たちだっていうのは聞きましたけど……それでもやっぱり、心配で……もちろん今のワタルなら普通の兵士にどうこうされる事はないのは分かってるんですけど、それでも――」
「行こう、リオは私が守る」
「ありがとうフィオちゃん!」
 リオが心配してるのは心の方、敵が人間の場合のワタルの不安定さはまだ改善したとは言えない。
 負けないとしても傷付かないって事じゃない……難しい。

「クーニャ、この鞍のデザイン良いよな、素のままでもカッコいいのに更にクーニャがカッコよく見えるぞ」
「そう褒めるな主よ、先程から褒め言葉しか聞いておらぬぞ」
 助けに行ける、その安堵からかワタルは無邪気に笑ってる――少し、違う、嫌な思考を排除したいのかもしれない。

「いや、だって凄いカッコいいぞ、乗り心地も良くなってるし、俺異世界に来てドラゴンが居るって知ってからカッコいいドラゴンに乗るのが夢だったんだよ~」
 ドラゴンの姿のクーニャに頬擦りまでしてる……やっぱり気のせいかな……。
「儂は主の夢を叶えたという訳か、ただ乗せただけで大袈裟な……主は無邪気なものだな」
「旦那様、妾も頑張ったのじゃが…………」
 ワタルがクーニャばっかり褒めるから植物を編み込んで村人を輸送する為の大きなゴンドラを作ったミシャがしょんぼりしてる。
「ああ、ミシャもありがとうな、強度も十分みたいだし、これで助けに向かえる」
 撫でられたミシャの耳がぴこぴこ動いて尻尾も忙しく揺らめいてる……分かりやすい。
 
「クーニャ、出発してくれ」
「うむ、急ぐようだからな、加減せぬぞ。新しい鞍は安全も考慮したようだから平気だとは思うが、気を付けるのだぞ」
「ちょっと! なんで私たちを置いて行こうとしてるのよ」
「だってこの鞍二人が限界なんだぞ」
「ミシャが作ったゴンドラがあるじゃない。私たちはそっちに乗ればいいんでしょう? ゴンドラはミシャのお手柄だから今回はワタルの後ろは譲るわ、でも帰ってきたら鞍を改良してちょうだい、クーニャ大きいんだから私たちが全員乗れるくらいにしてもいいでしょう」
 また置いていこうとするワタルにティナが大声を上げながらゴンドラに乗り込む。
 リオも乗り込んだ事にワタルは眉を顰めたけどリオの表情を見ると諦めたのか口を噤んだ。

「何を勝手な事を言っておる小娘、儂は主だから乗せるのだぞ、獣の小娘は今回ゴンドラの調整で必要だから、普段は余計な者どもなど乗せる気はない!」
「そ~んな事言ってたってワタルが言ったら聞いちゃうんだから意味ないわよ、なら最初から私たちも乗れるようにしておく方が効率的でしょ」
「なんだと――」
「どうどう、さっさと出発してくれ」
 もうさっきまでの表情とは違う、真剣な顔に切り替わってクーニャに出発を促した。
「主よ、儂は主だから乗せているのだ。誰彼構わず乗せるわけではないという事を努々忘れるな、では行くぞ!」
 ワタルに急かされた事でクーニャが羽ばたき空に舞い上がる――アドラ……もう戻ることのないはずだった国、ワタルの大切な人たちが無事でいますように――。

「ワタルー! あの町です。私たちが再会した町ですよー!」
 出発して短時間でアドラ大陸に辿り着いて眼下にあの港町が見えたことでリオが声を上げた。
「クーニャ、麓に町があるあの山の付近を目指してくれ、目的地はあの辺りなはずなんだ」
「承知した」
 ワタルが示した方角に進路を変えてあっという間に山を一つ越えて次の山頂付近に近付いた途端に下の景色が揺らいだ。
 そして広がったのは燃え盛る人里、ここがワタルを助けた人たちの村?

「きゃぁぁぁあああああああああああああああっ!?」
 クーニャに気付いた村人が叫んだのか下から悲痛な悲鳴が響いた。
 その瞬間まだ高度があるのにワタルがクーニャから飛び降りた。
「主! 人の身でこの高さから落ちては――」
「っ!?」
 慌ててワタルを追おうと身を乗り出した瞬間私の体は硬直した。
 あれ、は……混ざり者の盗賊……頭を殴られたような衝撃に思考が止まった。
 人が、死んでる……ワタルの大切な人たちが、私の所属してた盗賊団に殺された……?

「おいおい、なんなんだ? 人が空から降ってき――ぎゃぁああああああっ!?」
「はっはっはっはっは、同じ悲鳴でもお前のは品がねぇーな、何を驚いて――ぎゃぁああああああああっ!?」
 クーニャの姿に驚いた盗賊のみっともない悲鳴が響く中私の思考は鈍りまだ動けずにいた。
「二人は絶対に守ります! 安全な、安全な場所へ連れて行きますから!」
『ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?』
 ワタルが黒雷を纏い盗賊たちを斬り裂いた。
 それを見た瞬間ようやく私の体は動き始めた。
 
「リオー! この娘の手当てを頼む! ミシャとティナはここでリオ達の護衛、フィオとナハトは盗賊を狩るのを手伝ってくれ!」
 慌てて私はリオを連れて飛び降りた。
 村人二人は首を刎ねられて死んでる、子供の方も頭に出血がある……ワタルの表情は……驚くほど何も無い、本当に何も。
 怒りも、悲しみも、表面には無くて、瞳の奥の光さえも失われてる。
「明里さん、遅くなってすいません。助けに来たんです。俺は村の中に入り込んでる連中をどうにかしてきますから彼女たちと一緒に美緒の手当てを……しっかりしてください! 美緒はまだ生きてるんですよ! 美緒まで失う気ですか!」
「航、君? どうして、ここに…………」
 焦点の合って無かった女はワタルに叱咤されてようやくこっちの存在を認識した。
 そしてワタルは簡単な説明をするとあとをリオに任せて駆け出していった。

「私たちも行くぞ――どうかしたのか?」
「別に……」
 人間相手でも戦えるようになってほしかった、でも――こんな事を望んだんじゃないの、ワタルの瞳から光が失われる事なんか――。
 生き残った二人をリオたちに任せて私とナハトは駆ける。

「ハハッ! 珍しい黒髪の女がこんなに居るとはなぁ、抵抗すんなよ? こいつみたいに死にたくないもんなぁ?」
「下郎が、やはりアドラは――」
 民家の庭に盗賊を見つけたナハトが黒刀を抜くよりも速く距離を詰めて四肢を全て折った。

「が、あ、あ……お前、フィオ? なんでお前がこんな所に……」
「あなたには関係無い」
「ま、待――ぺ……?」
 言い終わる間もなく男の首を捻り折った。
 ワタルが人殺しを頼む事なんか今まで無かった、そのワタルが狩る事を求めた。
 早くこの事態を終わらせないとワタルの心が壊れてしまいそうな気がする。

 それに、古巣が今回の事に関わってるせいか私も少し変……別に私がワタルの大切なものを傷付けたわけでもないのに、なんでこんな気持ちに……。
「出ていけ余所者! 人間のクズ!」
「落ち着け、私たちはワタルに頼まれこの村の住民を助けに来たのだ。ワタルの名前に心当たりはないか?」
「それは、少しの間村長の所に居た日本人の……本当にあの人の知り合いなの?」
「ナハト、任せる、私は残りを狩る」
「え、おい待て――」
 早く決着をつけないと――。
 そんな焦燥に駆られて私はその場を離れた。

 次に見えた民家の軒先には親子の死体が放置されてた。
 何度も何度も斬られた傷がいくつもある、ヴァイス達がよくやっていた殺し方、苦しみを与え惨たらしく、自分たちの不満や鬱憤をぶつけるような……これをワタルが見たら……その先は想像したくもない。

「おっ! フィオじゃねぇか、お前ずっとこの村に居たのか? 一人で良い思いしてんじゃねぇよ、こんな良い場所――がぴゅ!? あが、あがぁ」
 探索を続ける私を見つけて笑いながら近寄ってきた男の顎にタナトスを突き込む。
「私は……違うッ」
 仲間であるかのように振る舞う男に苛立ってタナトスを押し込みそのまま頭部を裂いた。
 私は違う、そう思いたい、でも今まで積み重ねてきたことは?
 私は変わった、ワタルが変えてくれた、人間にしてくれた。
 殺し、犯し、喰らうだけの混ざり者とは違う……。

「お前よくもやりやがったなッ!」
「うるさい」
 仲間が倒れた事に怒り心頭の残りの十人の内一人を除く九人が私を囲った。
 顔も、名前も覚えてない、私にとってはどうでもいい存在、それが私の大切な人の大切なものを傷付け犯し殺してる。
 自分の知らないところで自分に関わりのあったものが起こした事態……私は関係無い、なのに……冷静さが保てない。

 私が俯き動かない事で何を勘違いしたのか男たちはニタニタ笑い始めた。
「前からよぉ、綺麗な顔してると思ってたんだ」
「いくらお前でもこの人数の混ざり者相手なら――」
「お、おい、やめろ……フィオに近付くな」
 一人だけ私の状態を悟った男が後退りながら仲間に呼び掛けてる。

「何言ってんだよ、いくらフィオ――でぽ……?」
 転がった首は自分の状況が理解出来ないまま立ち尽くした自分の体を見上げてる。
 残りの八人もそれぞれ自身に起こった事を理解出来ないまま絶命してる。
「フィオ、フィオ落ち着け、何が望みだ!? 言う通りにする、だから――だかるぁ?」
 ワタルが――私が望むのはこの村に居る盗賊の全滅、ただそれだけ。
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