黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

惨状

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 村を駆けて見つけた盗賊たちは最初はまた私を戦力として使おうと下卑た笑みを浮かべながら近寄ってくる。
 タナトスが血に濡れてるのも村人斬ったんだと思い込んで警戒一つしない。

 私が同じであるように、であるように声を掛けてくる。
 盗賊たちの態度が、行動が、その全てが私を苛つかせる。
 私は違うッ――。
 そう思うのに胸の奥の不快感が消えない。
 もう何も関わりはないのに……。

「おいどうしたんだよ? 久しぶりに会ったからびっくりして呆けちまったか?」
「お前が消えた時はヴァイスが怒り心頭で大変だったんだぜ? まぁこんな安全な場所を一人占めしてたって知ったらまたブチキレそうだけどな」
「そうだぜホント、こんな隠れ家を見つけてたんならの俺たちに――」
「黙れ」
「あん? 何だよ――あぁ、労働力削ったから怒ってんのか? お前にしては結構生かしてたみたいだし食い物作らせる奴隷として残してたんだろ? まぁ女は生かしてあっから俺らでまた増やしてやっから気にすんな――」
「黙れッ!」
『ッ!?』
 大声を発し地面を砕いて威嚇した私に驚いて盗賊たちは怪訝な顔をしながらも武器を構えて距離を取った。
 さっきまでの間抜けとは少し違う。
 でも関係無い。
 もう私の枷は外れたから。

 私の異様さをようやく察してそれぞれが後退り逃げる算段を始めてる。
 その程度で……今の私から逃げられると思ってるの?
「何キレてんだ! 文句言いてぇのはこっちの方だっての、にこんな便利な場所――」
 もう正気を保っていられずに男の頭を割った。

「囲んで押さえ込め、いくらフィオだろうとこの人数を捌けるはずが――」
「馬鹿がッ! 全員退けッ! あいつに近付くな!」
 仲間を殺され逆上して戦う選択をしようとした男を遮って叫んだ奴が一目散に逃げていく。
 逃がさない、ワタルの大切なものを壊してワタルの心を傷付けた罰を――。

 盗賊を追おうとした私の行く手を炎が遮った。
「ナハト……?」
「落ち着け、逃げるなら放っておけ」
「なんでっ!?」
「あんな指示を出したがワタルはお前が血に塗れるのを望んではいないと思うぞ、それに怪我をした村人も居る、早く見つけてリオ達の所へ連れて行った方がいいと思うが?」
「それは……」
 まだ生きてる人が居る……手遅れになる前に手当てを済ませるのを優先するべき……それは分かる、分かるけど――。

「はぁ…………わかった」
 深く息を吐いて目を閉じて溢れ出してた殺気を断つ、盗賊を殺すよりもワタルの大切なものを生かす。
「私はこっちに」
「ああ、お前なら大丈夫だとは思うが、逃げられず民家に隠れている場合もあるから見落とすなよ」
「ん」
 今度は殺す為じゃなく生かす為に駆け出した。

 改めて村を探索したけど私が向かった地区は酷いものだった。
 どの民家の軒先には住民らしい死体が転がしてある……ワタルの向かった方はどうだったんだろう……?
 もし向こうもこっちと同じ状況だったら……誰か、生きてないの?

「ここが最後……」
 やっぱり他と同様に滅多刺しにされた死体が転がしてある。
 民家の中を覗いて見ると数人が生活してた跡がある、軒先の死体は一つ……目を閉じて周囲の音に集中する……微かな物音、それに、息を潜めてるもの独特の気配と視線――。
「上」
 そう呟いた瞬間隠れている者が息を飲むのが分かった。

「私はワタルに頼まれて来た、雷の覚醒者、分かる? 向こうの民家で私の家族が怪我の手当てをしてる、怪我が無くても大事な話があるから来てほしい」
 無理に引っ張り出すことも出来たけど後で面倒な事になりそうで出来るだけゆっくりこっちの目的を言葉にした。
 室内の空気は張り詰めてる――小さな得物――たぶん包丁かナイフ、天井裏に隠れてる人の緊張が伝わってくる。

 私に気付かれた時点で殺気を漏らしたのにまだ動かないのは男ばかりのはずの襲撃者とは違ってたから、そしてワタルの名前が出た事で迷ってる。
「ワタルはクロイツに居た、だからヴァーンシア人を連れてるしエルフも獣人も居る、外の盗賊は排除した。もう敵は居ない、出てきて」
 ……二人か、この地区には結構家があったのにたった二人、ナハトの方は何人見つけたのかな……少しでも多く生きててほしい。

 天井裏の二人は警戒を解かずまだ姿を見せない。
 どうにも出来ない惨状がワタルに与える影響への焦りが私を苛立たせる。
「お願い、ワタルが村人の安否を気にしてる、生きてる人の姿を見せてほしい」
「……本当に日本人の如月航さんを知っているの?」
 縋るように呟いた言葉にようやく返事が返ってきた。
「知ってる、女みたいに髪が長くて雷の覚醒者」
 どの程度ワタルの事を知ってるのか分からないから簡単な特長を答えると天井板が外れて女と子供が怯えた様子で顔を覗かせた。

「私はワタルを助けた村のあなた達を絶対に傷付けない」
 警戒を解く為にタナトスとアゾットを床に置いて距離を取るとようやく二人が下りてきた。
「あなたは本当に如月さんのお知り合いなんですか?」
「知り合いじゃなくて家族」
「家族?」
 女が呆けた顔で聞き返してきた。
 何か変だった?

「ワタルと結婚する、だから家族」
「それで、ですか……」
 訝しむように上から下まで観察した後に女は息を吐いた。
「たぶんもうこっちに盗賊は残ってないけど向こうにある家に集まってほしい」
「……少し、待ってもらえますか? 夫をあのままにはしておけないので」
「ん、手伝う」
 外の遺体を家の中に運び込んで綺麗にした後女とその子供を連れて最初の家に戻った。

「そっちは二人だけ、か? …はぁ、またワタルが気を病むな」
 先に戻ってたナハトと一緒に八人ほどが民家の庭に集まってる。
 この規模の村でたった十人……?
 あの時の、クロイツの地下でのワタルの姿が頭を過ぎった。
 またあんな風になってたら…………どうすればいいのか私には思い浮かばない。
 ティナがここに来た目的を告げると今すぐは答えられないと言って死んだ村人を弔いに行ってしまった。

「日本に行ってせっかく元気になったのに旦那様きっとまた落ち込んでしまうのじゃ……」
 尻尾も耳もしゅんとしたミシャが悲しそうにワタルが向かった先を見つめてる。
「ほらほら、そんな暗い顔しないの、ワタルを元気付けてあげないといけない私たちまで暗い顔をしてたらワタルがつられて更に暗くなっちゃうわよ?」
「そうは言うがティナ、助ける為に来たのにこの現実はあんまりだ……しかも恩人まで殺されては辛すぎる」
「それでも、ワタルは足掻いて藻掻いて前に進もうとするんだから私たちがちゃんと支えてあげないとダメでしょう?」
「うにゅ、ティナの言う通りなのじゃ」
 足掻いて藻掻いて……ボロボロになりながら進んでいく……弱いのにどうしてそこまで出来るんだろう?
 やっぱり隣で見てないと危なっかしい。

「って待ちなさいフィオ」
「どうして?」
 ワタルを探しに行こうとした私をティナが引き止めた。
「ここを襲った盗賊の中に今のワタルが苦戦するような相手は居るの?」
 盗賊団の中では私以外ならヴァイスが一番強かったけどあの頃と変わってないなら余裕だと思う、ツチヤの能力が成長してたとしても弱者を襲う事を繰り返しての成長ならたかが知れてる。
 今のワタルが対処不可能なんて事は絶対にない、けど――。
「ワタルは負けない、でも――」
「それなら自分で帰ってくるまでは少し待ってあげなさい、支えてあげないとダメだけど一人で気持ちの整理をする時間もあげないとダメよ」
「でもっ……」
 またあの姿が頭を過ぎる。
 あんなのはもう……。

「フィオちゃん、落ち着いて、ほら」
 リオが指差した方を見るとワタルが村人を二人連れて戻ってくるのが見えた。
「おぉ、戻ったか主よ、あの娘だが状態が芳しくないようだぞ、急ぎ戻り治療を受けさせた方が良いとの事だ」
「ワタル、フィオと一緒に村中回ったが盗賊はもう残っていないようだ」
「おいおい、お前の仲間ってのは日本人じゃないのか!?」
 ワタルの隣を歩いていた男が私たちを見て顔を顰めた。
 そして一緒に歩いてた子供は刀を抜いて構えた。
 素人……でも、血の臭いがする。
 何人かは斬ってる、興奮状態なのか今にも動き出しそうで、押さえ込む為に前に出るとワタルが遮った。

「待て美空、落ち着け、こっちの角の生えてるのはクーニャ、さっき話しただろ、今は人の姿をしてるがドラゴンなんだ。脱出を手伝ってくれる、それでこっちのナハトはエルフでアドラ嫌い、フィオは混血者だ、三人とも俺の――」
 表面的にはあの時ほど落ち込んではない、のかな?
「婚約者だ」
 ナハトが私たちの立場を告げた瞬間ワタルが変な顔になった。
 何も間違ってないのに…………クーニャが入ってた。
「今そんな事はどうでもよくって――」
「どうでもいいとはなんだ。とても大事な事だ。これ以上増やされては堪らないからな」
 たしかにそれは大事、なにしろ相手はロリだし、ナハトが釘を刺した事でワタルは疲れたようにため息を吐いた。
 
「はいはい……それにしても流石だな。盗賊を片付けた後村中の確認までしてくれてたのか」
「あ~……それなんだがな、殆どの者はフィオの姿を見て逃げ出していった。打ち合う事もなくだ。まったく、強者と悟ると逃げ出す。弱者を虐げるだけの最低の者たちだ」
 ナハトは私が盗賊をある程度殺した事は言わなかった。
 気を遣ってくれたのかな、ワタルの状態も思ってたよりはずっといいみたいだし、よかった。
 人死んでるからよくないけど、それでも、よかった。
 少し安心したからかため息が漏れた。

「それよりクーニャ、芳しくないってのは?」
「うむ、傷の手当はしたが意識が戻らぬのだ。人間は脆いだろう? それに頭部の怪我だ。治癒能力のある者に見せた方が良いとリオが言っていた」
「意識が戻らないって美緒の事!? 助かるの? 大丈夫だよね? ……嫌だよ、これ以上誰かが死ぬのは……大事な友達なのに」
 リオが手当てした子供の容態を聞いた瞬間、子供は持っていた刀を落としてワタル取り縋った。
 ワタルはそれを優しく撫でて落ち着かせようとしてる。

「大丈夫だ。クロイツに行けば治療出来る人が居る、だからもう泣くな、大丈夫だから、な?」
「…………うん」
「ならすぐにでも出発しないとな、ナハト達が向かった方で無事だった人は?」
 ワタルの質問で私たちに緊張が走った。
 今の様子を見る限りそこまで酷い状態にはならないとは思うけど……やっぱりどうにも伝えづらい。
「十人ほど居て一度ここに集めてペルフィディの話をしたのだが、今は亡くなった者たちを弔うと言って出て行ってしまった。家族を失った者ばかりで住み慣れた土地を離れるというのは堪え難いものがあるのだろう、共に行くと決めた者は居なかった」
「そんなっ、ここに居ても確実に死ぬか喰われるかなんだぞ!? ……美空は、親父さんは行きますよね? クロイツは安全で色んな人が居て、食べ物も美味しくて良い所で住みやすくて、迫害もないから隠れ住む必要もないんですよ」
 移住を決めた人がいないと知ったワタルはかなり焦った様子で必死に親子に訴えかけた。
 
「ああ、俺ぁ美空連れて一緒に行かせてもらうつもりだ。変な病気がこの国に広まり始めてていずれここもそれに呑まれるってんなら大事な娘をそんな所に置いておけねぇ、ただ、他のやつらの気持ちも分かる。今まで一緒に暮らしてきた村の仲間が殺されちまったんだ、弔いの一つもせずに村を出るわけにはいかねぇ、弔いが済むまで待っちゃくれねぇか?」
「分かりました弔いが終わるまでは」
 移住を口にした男のおかげでワタルは落ち着きを取り戻してそう告げた。

「おお、そうか。助かる」
「クーニャ、お前は一度美緒を連れてクロイツへ戻ってくれ、怪我の具合が心配だから早めに治療を受けさせたいんだ」
「ふむ、娘と母親を送り届けてここへ戻ってくるのに一日ほど掛かるぞ。それで良いか?」
「ああ、頼む」
「承知した」
 最初に助けた母娘をリオに託して見送ると私たちは村人の亡骸の片付けを始めた。
 これだけの人間が殺された……ワタルを助けてくれた大切人たちが……ワタルとは比べるべくもないけど、それでも私もこの惨状に少なくない衝撃を受けてる。

 簡単な弔いを済ませて墓地に埋葬する頃には日はすっかり暮れて夜になっていた。
 冷たい風が吹き抜けて行く中村人の去った墓地にワタルはまだ立ち尽くしてる。
「航、みんな寄合所に行っちゃったよ」
「ああ、俺たちは桜家で一晩過ごす事にする。何かあったら呼びに来てくれ」
 村人が去った後も私たちに付き合ってワタルを待ってた美空にそう言うとようやくワタルは最初の民家への家路を歩き始めた。

「ワタル……大丈夫?」
「うん、まぁな……それよりごめんな、あんな事頼んで」
「いい、頼まれなくてもやってた」
 戻ってからも暗い目をしたワタルは縁側に座って月を眺めてた。
 手招きされて傍に行くと膝枕をしてくれた。
「フィオも疲れたろ? ありがとな、ゆっくり休んでくれ」
 ゆっくりと頭を撫でながら優しい声音でそう言われると張りつめていたものが切れてしまったのか急に眠気に襲われた。
 もっと、話したり慰めたりしたいのに…………。

「やれやれ、君とその家族は少々過保護だね」
 白い空間に白い女。
 どこかで見た事があるような気がするけど……思い出せない。
「何をしてるの?」
「クルシェーニャの動向の観察だよ」
「クーニャ?」
「もうそれが定着してしまっているね……まぁ本人が喜んでいるから仕方ないのだけど、それはともかく、君たちは彼に対して過保護じゃないかい?」
「どこが?」
「うぅむ、自覚無しか、人間とは弱い生き物だけど、それでもしぶとく環境に適応して生きていく生き物でもある、あまり過保護が過ぎると成長の機会まで奪ってしまう、だから君たちは彼を心配し過ぎじゃないかと思ってね、まぁ君の場合は血によって繋がっているから君自身に何かしらの影響が出て不安に駆られているのかもしれないけれど」
 血で繋がってる……?
 それはなんだか、とっても嬉しい事のような。
「それにしても、もう簡単にこっちに来てしまうようになってしまったね……よくないのだけど、そもそも最初に手を貸してしまった私の責任だから何とも言えないな――っと、そろそろ戻りなさい、あの村にはもう一波乱ありそうだよ」
 女がそう言うと私の意識は白に解けた。
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