黒の瞳の覚醒者

一条光

文字の大きさ
上 下
366 / 464
番外編~フィオ・ソリチュード~

望む事

しおりを挟む
「くそぅ……失敗だ……誘拐の黒幕を潰す機会があったというのになんと間が悪いのだ私というやつは…………」
 陣の使用が可能になってすぐに戻ったナハトは事の顛末を聞いて甲板の上で膝を抱えてる。
 そしてティナは――。
「おぇぇぇっ……きぼちわるいぃ」
 吐いてる…………。
 ミシャとリオが作った酔い止めは効かなかったみたい……。

「フィオちゃんの実力は理解したけど、本当に戦うの? 航の剣を使っても万全とは程遠いだろう?」
「問題無い」
「でももしもの事があったら――」
「天明は大切な人を奪われた時大人しく待ってられるの? 私には出来ない。私にとってそれくらいワタルは凄く特別で――ワタルがくれたものも全部特別、だから――」
「っ!? ……分かったよ。だからその殺気は仕舞ってくれるかな、荒事に関わっていても尚君が纏うそれは団員達には強烈過ぎる」
 キオリの惨状を見たのに未だに渋る天明を納得させる為に私の殺気覚悟を見せたら甲板に居た騎士団員たちが腰を抜かしたみたい……船室に居たのも何かを感じ取ったみたいで殆どが慌てて飛び出てきた。

「本当に分かった? 私はもう待たない」
「ああ十分に分かったよ、降参だ。一人で飛び出されるより近くで見てる方が安心出来そうだからね」
 むぅ、カラドボルグが使えるようになったから問題無いのに……まだ私を守る対象と思ってる。

「ティナそろそろだぞ、本当に大丈夫なのか?」
「ええ……あの時ワタルは来てくれたもの、私だって同じなんだって示したいもの、絶対に行くわ」
 青い顔してふらふらの状態なのにティナは剣を握る。
 大切なものは自分の手で取り戻したい。
 その気持ちで私達三人は一致してるからナハトもそれ以上問い掛ける事はしなかった。
 その代わり少しでも改善するようにってワタルがしてたみたいにマッサージしてる。

 印のある海域に辿り着いて能力の無効化を発動させた瞬間目の前に小さな島が現れた。
 小さいけど接舷用の港まで作ってあって五隻の大型船が停泊してる。
 それを確認した瞬間炎が弾けた。

「もう逃さん、貴様らが犯した罪、とくとその身で味わってもらうぞ! 行くぞティナ、フィオ!」
「あ、ちょ、ナハトさん待って――」
 天明が引き留めようとするのを振り切ってティナの能力で一気に島の内陸部へ移動する。
 爆発に慌てふためいた海賊達が島に点在している小屋から港へと走って行く。

「な、何だこいつら――ってこの女エルぶっ!?」
 二人を見て目の色を変えた海賊の一人がナハトの回し蹴りで吹き飛び小屋の壁を破壊して倒壊させた。
「乱暴ねぇ、もっとこう――綺麗に出来ないの?」
 飛び掛かってきた男の背後に回って腕を捻り上げて折ったティナが呆れたような視線をナハトに向けてる。

「それのどこが綺麗なんだ……まぁいい、私は私のやり方でワタルを取り戻す」
「無駄な破壊も血を飛び散らせてもないのだから綺麗じゃない、その地図大まかな場所は分かるけれど細かい場所が分からないのが難点よね……帰ったら世界地図版と各国版を作らない?」
 なにそれ凄く欲しい!
「そうだな、だが今はワタルの奪還が優先だ!」
「私は女海賊を探す」
 私の失敗でワタルの能力も私の力も奪われた。
 だから私が取り戻さないといけない。

「相手は二人だったな? ……私もワタルを弄んだ奴には用がある、ワタルに与えた屈辱は私がこの手で倍返しにしてやる――それに、こういった輩は頭を叩けば大人しくなる。ティナ! ワタルの捜索は任せるぞ? こんな奴ら程度に遅れを取るほど鈍ってはいないだろうな?」
「あらナハト、今私がどれだけ怒ってるか分からないほど耄碌したのかしら?」
 ゴミでも払うように海賊を薙ぎ倒す二人の間を抜けて海賊達が湧いてくる洞窟へと侵入する。
 結構入り組んでる……ツチヤみたいなのが拡張させた?
 あの女達身なりはちゃんとしてた……なら普段過ごす場所はきちんと整備してるはず、逆に奴隷用に捕らえた人間をちゃんと扱う理由はない……天然じゃなく掘り進めて整備したであろう綺麗な通路を選択して奥へ奥へと進んでいく。

 洞窟には似つかわしくない扉を蹴破るとあの女が、船長って呼ばれてた方のが居た。
「これは驚いた……まさかあの子を追ってこの島にまで入って来るとは……感情なんて無さそうな面して随分と執着するじゃないか」
 感情が無い? それは大きな間違い――私は今本気で怒ってる。
 今の私は昔の私とは違う、みんなに貰った色んなものが私を私にしてくれた。
 その大切なものを――取り戻す!

「無視かよ、こんなお嬢ちゃんが固執するなんて俄然興味が湧くね。あの子は是が非でもあたしのものにしたい」
「ワタルの全部、何もかも私の――私達のもの! 一欠片だって奪わせない、全部返してもらう!」
「加速した!? シズナが抜いたはずじゃ――っ!? おいおいおいおい!? こいつはオリハルコン製だぞ!?」
 こっちの剣撃を受けようと構えられた剣に僅かな光を見てそこを的確に切り裂くと剣はいとも簡単に二つになった。

 見える。
 この女を斬り裂く軌跡が――手加減なんて考えてなかった。
 剣を切り裂いたところから返す刃を振り上げ、そして軌跡をなぞって女に触れる瞬間私は我に返って後ろに跳ねた。
 殺す、ところだった……怒りに囚われて色んなものが頭から抜けてた。
 約束、ワタルの能力の戻し方……聞き出さないといけない情報も多くある。

 距離を取ったまま深呼吸する。
「ナメてるのか? コケにしてくれるね」
 私はここへ何をしに来たの?
 ワタルを取り戻しに――他には? ……ワタルの能力を、体を万全の状態に戻す。
 私のしたいことは何?
 ワタルの望む事全部――ワタルは人殺しを望まない、人殺しは嫌われる、やったら駄目……。

 敵は殺してしまえばいい――染み付いたそんな考えを抑え込む。
「敵の前で瞑想って、本当にナメてくれるね!」
 壁に掛けてあったミスリル製の剣を抜き放って斬り付けてくるけど、一歩体を動かすだけでその一閃は逸れていく。
 そこから横に薙ぐ軌跡から体をズラしてもう一度相手の剣を折る。

 どうしよう……カラドボルグを使えば殺す事は簡単に出来る、攻撃を躱すのも捌くのも出来る。
 でも純粋な力が無くなってる今の私だと押さえ込んで捕獲ってちょっと難しい……。
 ワタルだって悪い奴には怒るしキオリとかにしたみたいに少しなら壊してもいいかな…………ダメだ……相手が女だとワタルは甘くなるし怒るかも――。

「どこ見てんだい!」
「あなたには見えないもの」
 相手が動く軌道の光の軌跡はそこを通過するかなり前の段階で見えてるから避けるのはわけない――無いんだけど……むぅ、タナトスで斬る?
 細かく傷を付ければ弱っていって捕獲出来るかも――あぁでも、リオは私が怪我したらちょっとの傷でも女の子だからって凄く心配する。
 だったら女にいくつも傷を付けたらワタルも怒るかも?

「このガキがッ!」
 ……もういいや、見える傷って分からなかったらいいんだから――折っちゃおう、このまま回避を続ける不毛さに飽きてそう決めた。
 拳を振るう振りをして袖から出した手投げナイフを突き出して突っ込んでくるのを躱して相手の勢いを利用して引き倒しそのまま腕を捻り上げて――折れない……ここまで腕力が落ちてるなんて――。
「放せこのガキ――っ!? ぐっ、ああっ!?」
 背中に馬乗りになった状態から捻ってる肘を足で蹴り付けてどうにか肩を外した。

 一応無力化した……よっぽど痛みに慣れてない限りは動けないはず――。
「船長! 無事ですか――この娘あの時の客船の――退け!」
 女の呻きを聞き付けて男が一人飛び込んで来た――あの時襲撃してきた異界者の一人で肩を外したのに気絶した仲間を連れて逃げた、名前はたしか……日本人じゃないみたいな変な名前の――。

「アブナイソリューションひら?」
「アブソリュートだ! っていうかなんで平は覚えてんだよ、ワザとかガキ!」
「が、き…………」
 少しだけ、頭にきた。
 両手に逆手持ちしたナイフを構えるアブソリュートを脱力しながら眺める。
 構えがブレてる……元々きちんとした構えや戦い方じゃなかったけど――あぁ、肩を外したのがまだ響いてるんだ。

「お前あの時はよくもッ、しかも船長にまで手を出しやがってッ」
「あたしはろくに動けない、シンタ、あんたがあのガキ捕らえな! 出来たら何でも褒美をやるよ、
「ほ、本当ですか!? うっしゃ、見ててください!」
「シズネに天武の才を奪われて尚あたしの肩を外しやがったイカれたガキだ。価値は下がるが多少欠損してたって構わない、行きな」
 褒美に釣られたのかニタニタ笑いながら突貫してくるけど……直線的過ぎる、私の動きが
 船長の方は私の挙動から次の動きを予測するような反応が見られたけど……これは駄目、全くの素人、武器を持って脅せば言うことを聞かせられると思ってるチンピラみたいなもの。
 今の状態で、もしも軌跡が見えなかったとしても対処出来る、その程度の相手、身体強化にあかせて動いてるから簡単に捉えられる。

「くだらない、邪魔」
「ギャァァァッ!?」
 カラドボルグを鞘に仕舞ってそれで腕を絡め取ってそのまま折った。
 身体強化の能力なのに体自体は船長よりも脆い、外す予定だったけど手応えで折れそうだったからそのままやった。

「あ――ぐ、クソッ……あ、はぁ、なんで力も無くしたガキ程度に――」
「敗因は自分の実力を見誤った事と経験と技術の不足、そして私達の大切な人に害を成した事」
 再び抜き放ったカラドボルグを痛みで蹲る二人に突き付ける。
 アブソリュートの方は苛立たしげに口を開こうとするけど船長の方はオリハルコンすら切るカラドボルグが触れればどうなるか悟って大人しくしてる。

「やっと追いついた……やれやれ、君は何でも一人でやってしまうんだね。もしなにかあったら――」
「もしなにかあったらワタルが凄く甘くなるからそれはそれで嬉しい」
「…………」
「冗談、ワタルが泣くような事はしない」
 天明の呆れ顔が治らない……まぁ別にいいんだけど。

「イザ・ディータ騎士団団長、玖島天明の名の下にこの島に居る海賊全員を捕縛します。これ以上無駄な負傷をさせる事は望みません、抵抗しないように部下に呼びかけてください」
「はん、王女の寵愛を受ける騎士団長様かい……随分と強引な行動に出たじゃないか、海はあんたらの管轄じゃなかったと思ってたけど――」
「キオリ・ルイズは王族としての権利を剥奪されました。今後今まで重ねてきた悪事の全てを裁かれます、そこに手を貸した者達も含めて――ドラウトの膿は全て出し切ります」
「は、ははっ、それはそれは……参ったねこりゃ、あたしら廃業じゃないか」
 もしもこの場を切り抜けてもこの先今までのようにはいかない事を悟ってか女は完全に諦めたみたいだった。

「フィオちゃん、ティナさんがワタルを見つけたよ。それにナハトさんもそこの船長にそっくりな女性を捕らえている、ワタルを元に戻せるよ」
「そう……良かった――なに?」
 私を見てた天明が変な顔をして固まったから何かあったかとカラドボルグを握り直す。
「あぁいや、凄く良い笑顔だったから少し意外というか……ありがとう」
「意味が分からない」
「あいつに寄り添ってくれてる人が居るのが嬉しいんだ。だから、ありがとう」
 好きで一緒に居るからお礼を言われる謂われはないけど……少し嬉しい。
 日本でのワタルは一人みたいだったから、こういう知り合いも居たんだって思ったらほっとした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢の私は死にました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,704pt お気に入り:3,995

この庭では誰もが仮面をつけている

BL / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:74

煌めくルビーに魅せられて

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

処理中です...